※0223(にんぷさんの日)ってことで妊娠話です









 剣城、といつもより少し硬い声が俺を呼んできゅっと意志の強い眉が寄る。俺の部屋、ふたりでは狭いフローリングのうえ、きれいに正座をした松風は最近どことなく思い悩んでいて気になったから連れてきた。慰めを口にするのは得意じゃないが、聞くくらい出来る気がするしなにより付き合ってもう3年にもなる…誤魔化しがきかないくらい大切な存在になっていたから。

「オレ、就職先が決まったんだ」

 まっすぐな眼差しをそのままに、告げられたのはただいつの間に、と思うことだった。俺は早々にプロリーグからのスカウトを受けて進むべき道を決めていたが、中学卒業と同時に選手でいることを辞めた松風はそれからスポーツ医学に興味を持ちマネージャー業の傍ら、ない頭で懸命に勉強に励んでいたもんだからてっきり大学に進むんだとばかり思っていたんだが。

「仮、だけど。…というか返事待ち?うん」
「そりゃよかった…かはまだわかんねぇのか。でも相談くらいしろ、お前」
「ごめん…俺もずっと混乱してて、タイミングわかんなくてさ」

 ええっと、とさらに言葉を選ぶさまはもしかして言えなかったことは今告げられた、進路の変更のことじゃないのかと悟る。もともとはっきりと自分の考えを表明して周囲の心配も懸念も振り払い進むような奴だったからなおのことわかりやすかった。

「おい、まつか」
「つっ、つつつ剣城!お願い、あるんだけど!」

 この際だ、問い詰めてやろうとした俺に、紅潮した頬で迫る松風はサッカーを語るときとはまた違う、どこか吹っ切れた強さを持っている。この眼に惚れて手に入れたんだよな、と一瞬恥ずかしい想いに捕らわれた俺にあのね、とひとつ躊躇いを挟んだがぶわわっと思いっきりさけぶ

「赤ちゃんできたから剣城の隣に就職させてくださいっ!!」

 三つ指ついてお願いします。なんだか言葉でしか聞いたことしかない光景がまさしく眼下に広がっていたが、ちがう、そこじゃない、ちがう、あ、いまこいつなんつった?いや、確かに2ヶ月前あたりゴム代ケチったような気がしないでも…いや、ちげぇそこはいい、よくねぇけど、ねぇけど!

「っの…」
「あっ、ごめん!急?急だよね、でっ、でも俺堕ろす気とかぜっったいないから!産むから!剣城の赤ちゃん、ぜったい!」

 怒鳴ろうと、した。なんですぐ言わねぇんだバカ野郎、俺がそういうとか思ったか、現実みろ、一人じゃ無理だろ、大事なことばかり背負い込んで笑って、おまえは、おまえは、ほんとうに。

「ばっ…かか。おまえ、すこし、弱くなれよ…頼れよ」
「剣城?」

 いつも松風から抱きつかれるのを抱き返すような間柄だったが、いまばかりは自ら小柄な身体を抱く。とっさに腹を庇った手のひらが、ひとり貫こうとした強さを語っていた。俺はずっと、お前のそんな強さに寄り添いたいと思っている。いや、そうするのだと本当はずっと昔から決めていた。

「俺がふたり養う稼ぎも出来ない選手になると思うか」
「…う?ううん」
「じゃあ産め、産んで、大人しく剣城天馬になれ」

 回りくどさとキザったらしさをすこし悔やんだが、松風はひゅう、と不器用な呼吸をするとうあ、だとか唸って肩に額を押しつけてきた。ぐしゃり、強く押しつけた前髪が浮いてゆがむ。

「いっ、いまの、録音したかった、かも」
「はあ…?」
「だって、プロポーズ、でしょ?うわあ、うわあ、どうしよ、しあわせ、わ、意味わかんない、しあわせっ」

 ぐりぐりと、混乱から首を振る肩口にぬるい雫が染み入る。泣いてんのか、嬉し泣きか、だろうな。…俺も、泣きたいくらい恥ずかしくて嬉しいんだよ。

「松風、おい、鼻水はやめろよ」
「ううう、むりぃ…」
「ばっ、おま、既に拭いてんじゃねぇか…!」

 さっきまでのシリアスっぽい雰囲気なんかどっか行って、ぎゃんぎゃん騒いでティッシュを探したり、いつまでもうわあんうわあんと子供みたいに泣く松風は、けれど素直にガキみてぇだなと告げたらぴたり泣くのを止めた。あまりに唐突でなにごとかと思ったが、ただ単にお母さんになるからそんなんじゃやだ、らしい。…本当にまっすぐなバカだな。

「あ、そだ、剣城。俺、もっひふぉつだけっ…いいたいこと、あるんだよ」
「…奇遇だな、俺もだ松風」

 垂れ流される鼻水を拭いてやっていた時に照れくさそうに目線をすこし流して言われたが、その恥じらいが鼻水に対してじゃねぇのはどうなんだ…今さらか。

「名前呼んでくれる?」
「京介って呼べよ」

 なんとなく読めてはいたが、おなじこと。またひとつのはじまりに心を落ち着けるように呼吸をして、こいつはたぶん覚えてないんだろう、中1のあの日に呼んで以来タイミング逃し続けて言えなかった言葉を。紛れない幸せの形をした、大切なヤツの名を唇に乗せる。

「…てんま」
「京介、大好き」
「恥ずかしいな、おまえ」
「京介には負けるよー」

 ふふっ、と鼻先くっつけて笑うような単純で綺麗なしあわせをこの手に掴んだ日、確かな宝物と、まだ見えない絆を守ると決めた。









(優しさをあげるためにうまれたのよ)




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