「ね、冷めちゃうよ?」
「それ待ってんだよ」

 むうう、と不機嫌な上目遣いで見つめられたって食えないもんは食えない。目の前で高らかな湯気をあげるハンバーグが、匂いや見た目からもいまが一番うまいことはわかる。一口サイズに切り分け冷えやすいようにして、腕組みで待機するまでに何度か味わおうと努めたが口をつけた瞬間に本当は情けなく叫びたいくらいの拒絶反応が起きて眉間に皺が寄るダメだ熱い!

「剣城が猫舌なのはなんか納得だけど、せっかく作ったのに…」
「…仕方ねぇだろ、昔からダメなんだ」

 俺だって「明日お休みだし、晩ごはん作ってあげるね」とわざわざ家に来た松風が丁寧に丁寧に作り上げたもんを、こいつが一番に望んでいる状態で食えないことは彼氏、として情けない限りだとは思う。弁当で美味さは確認済みだから惜しいとも思うが本当に、熱いもんを熱いまま食えない受け付けない。

「自信作なのに」
「なら冷えても美味いだろ」
「そういう問題じゃないし」

 俺が食べないからと止まっていた箸を再開させ、むぐむぐと小さな一口を飲み込むと「ほらおいしー」との自画自賛とともに残念そうにする松風のじとっとした視線に気圧され未だに湯気の残るハンバーグを口に運ぶ俺に、きらっきらと輝きだした眼差しがいたい、がそれが舌に触れた瞬間の熱さの方がきつかった。

「あっつ…!」
「うあ、ほらお茶…っ!」

 ひりつく舌に差し出された冷たい茶を流し込みながら涙目を隠す。舌先に触れたソースはそりゃ美味かったが、熱に焦がされた痛みが先だって薄れてしまうのすら本当に、情けない。

「…大丈夫?ごめん、やっぱり無理しなくていいから…」
「いや、だい、じょうぶだ…」

 無理強いしてしまった、としゅんとされるとますます情けなさが際立つ。飲み干したコップに冷茶を注ぎ、俺の前に戻すという慣れた気遣いを見せながら心配そうにこちらを見る松風に改めて平気だ、と告げれば安心したように頷いてまた箸を取った。

「んー、でもさ、猫舌の人って舌の使い方が下手、っていうよね?」
「…そうなのか?」
「うん、こないだテレビで言ってた」

 テレビなんざロクに見ない俺には耳慣れない情報だったが、そう考えると矯正のしようもあるのか?といよいよ情けなさがピークに来ていた俺はそのあとの情報を聞き出そうと口を開こうとしたが、何か思い返すように斜め上へ視線を投げる松風に遮られる。

「でも剣城ってキスはうまいのに猫じったああ!なっ、なんでチョップ!?」

 うらめしげな膨れ面から顔を背けてばしばしと机を叩きたい衝動を堪える。真っ直ぐなことはいい、俺がこいつに惚れた一因でなによりの長所だがこういうところは不意打ちすぎて心臓が、もたない。

「おっまえはもう少し、恥じらいを、もて…」
「なんで?本当のことだし…って、そうだそろそろいけない?」
「はあ?なにが…」
「ほらハンバーグっ」

 表情と同じくらいめまぐるしい主語の変化にも対応出来なかったが、それ以上に身を乗り出し自分の箸で俺のハンバーグを摘まむという行動の意図をはかりかね戸惑うがすぐにわかった。もう十分に冷めてるとは思うハンバーグに、ふうふうと息を吹き掛けてからはい、と俺の前に差し出された自信作。にっこにこの笑顔で、いわゆるあーん、てやつ で。

「なっ、おまっ……」
「ほらほら、口開けて?あーん」

 楽しげな笑顔からはおそらくチョップされたことへの仕返しの意味があることが読めたし、今まで松風が口に含んでいた箸を口に入れることに抵抗のようにざわつく胸があったが、ここで気恥ずかしさに断るのは散々情けない姿を見せた分、敵前逃亡のような悔しさがあるのでぐぐっと腹をくくる。これくらいなんだ。所詮ただのあーん、だろうが。

「……どう?」
「…うまい」
「ほんと?やったあ!」
「おい、松風」

 無邪気によろこぶ松風が、この熱すぎる顔に気づかないことを願うが無理だろう。既にによによと得意げな表情を覗かせて俺のことを楽しんでいた。それが美味い、と告げたことに対してなのかあーんが成功したことに対してかはわからないが、どちらにしろこのままでは男としてやりきれない。達成感をまとわせて食事に戻ろうとした手首を掴み、なるべく不敵に、俺らしく、にやついてみせた。

「これからずっと、俺に熱いメシ食わせろよ」

 とはいえ、面白いくらい真っ赤になる松風を単純にざまあみろと思っていたため、まるきりプロポーズなセリフをはいたんだと気づくのは、翌朝、先に目覚めた布団の上だった。












(さあダーリン、ご責任を)




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