※シュウくん幸せになれっていう希望的観測











 ぼくの悲しみを きみはしらないでしょう。ぼくの痛みを きみはわからないままでしょう。生きる時も場所も、すべてからそのいっさいが別たれていたぼくは共にある奇跡にすら怯えて、それでも繋いだ指を、掌を、なぜでしょう美しく思えたんだ。

「ありがとう、天馬」

 遠くなる空の下で、ずっと笑っててよ天馬。
 別れの憂いに震える肩を止められなかった僕だけど、君がくれた強さとサッカーへの熱さを抱いていける。幸せだよ。決まりきった結末の淋しさに締めつけられる心臓があって、伝えきれなかった後悔にわななく唇があって、ああ ああ と感情をなげうった筈のまなじりから滔々と溢れる涙があるんだ。みんな君からもらった。うつくしいね、きれいだね、ようやく僕は、僕を愛してあげられそうだ。

サッカーが大好きな 僕を

「消えるのか」

 ぎりり と眉をつり上げた姿が木々の間から現れて、つま先から舞い上がる光のさ中僕は振り返る。

「参ったな。僕いまひどい顔してるでしょう?」
「気にするような仲か」
「んー、それはそうか」

 光に包まれ始めた手の甲で涙を拭う僕に、ふう とため息を吐いてから白竜はもう一度、苦虫を噛み下すみたいに言った。消えるのか、って。なんで君ってば最後までそんな不機嫌なの?あの試合の後くらいすがすがしく笑ってくれればいいのに。

「そうだね。そろそろ行かないと」

 自ら溢してしまった過去へ、ごめんねを伝えに行かなければ。それが、高らかな風に救われた僕の行方。

「苦しくはないんだ。安心してよ」
「そんなことは聞いてない」
「じゃあ何しに来たの、君」

 白竜は僕の疑問に、寄せていた眉をすこしゆるめて俯く。らしくなく言葉を選んで、拳を固めた彼に首をひねる。無駄なことは嫌いなはずの白竜がここに来た理由ははじめからわからなかったけど、ますますわからなくなった。ありがとうは済ませたはずで、さよならなんてわざわざいらないはずの僕らだったから。

「…俺は雷門にいく。あいつらとプレーしてみたくなった」
「それ、今の僕に言う?」

 こんな状況なのに て思わず笑ってしまう。その決断自体には間違いも嫉妬もない。いいんじゃないかな、としか言うことはないけれど。

「今のお前だから、言いに来た」
「……どういうこと?」
「……お前は違うのか」

 ぐい と上がった鋭い眼差しが、僕の闇色を掴む。深く沈めた真意を引きずりだすそれに息を飲んだ。何が、だなんて聞きたくない知りたくない。だってそれはとても苦しい。

「未練はないのか。本当に苦しくないのか」
「やめてよ」

 首をふる。僕を飲む光の粒子が目の前で揺れて、鎖骨あたりでわだかまる迷いを呈す。綺麗な気持ちのままで消えたかったはずなのに。

「俺はサッカーがしたい」
「やめろ」
「雷門でもっともっと上を目指す。あいつらと、お前とも共に…」
「…っ、だまれ!!」

 今更、いまさらだ。お願いだから、きらきらしい風に洗い流された未練を思い出させないでよ。僕にはもういらなくて、忘れるべきものなんだわかるだろう、君なら!

「ではなぜ泣いた!!」

 激昂が、森のしじまをつらぬいた。掴まれた肩がいたい。まだ形を保つ僕の身体は、忘れたかった未練を表すみたいでどうして、どうして。とっくに消えたはずなのに…僕も未練も。

「本当は、ただ見送るだけのつもりだった。今さらお前を惑わせたくなかった。でも、泣いてるお前を見て…気が変わった。わすれられないんだろう。サッカーも、天馬も…忘れ、られないはずだ」

 違う。だって、僕はここにいちゃいけない。ただの過去の遺骸だ。既に心ごと終わった存在が、もう一度幸福を掴めただけで糾弾されるべきもので、これ以上なんて求めちゃいけない。それなのに、それなのにどうしてだろう、ねえ。

 サッカーも天馬も白竜たちも

「白竜って、意外とお節介だったんだね」

 忘れられそうにないや


「シュウ、お前」

 ぽたり、涙が笑顔と共にこぼれる。それが行き着く先で光は弾けて、風に流されて掻き消えた。
 ごめん、××。まだお前に会いに行けそうにない。

「お節介ついでに責任持って連れてってよ、白竜。僕も雷門でサッカーがしたい」
「…ああ。ああ、もちろんだ」
「あーもう泣かないでよ。らしくない」
「だっ、だれが!泣いてなどいない!」

 こっそりすんと鼻を鳴らす白竜に驚くくらい素直に笑えた僕は、大切なものを幾らも取り逃がしてしまった手のひらを差し出す。許されない未来への道を、共に歩いてくれる友へ、それでもチャンスをくれた大切な存在へ。

「君ってコミュニケーション下手だから、僕が行かないと心配だし」
「…ぬかせ。お前こそ天馬にしか発揮しないだろう」
「ははっ、否定しない」

 引かれた掌が温度を持って、僕に生きているを教えてくれる。ねえ、天馬。僕の悲しみも痛みもわからなくていい知らなくていい。僕の知らないところでそれを推しはかってしまう前に、伝えきれなかったありがとうを伝えに行くよ。
 いいよね?なんて見上げた空の答えはどこまでも広く、青かった。









(風が繋いだ幸福論)





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