※全員性転換してます







「あっ、京介!」

 くるくる丁寧に巻かれたマフラーに白い吐息を掠めさせながら、おはよ!と腕に抱きついてきた松風の頭をなだめるようにぽんぽんと叩いてやればえへへと擦り寄ってくる。サッカーを通じて和解した日から妙になつかれてしまい通学路で廊下で見つかるたび飛びつかれることに初めこそ戸惑いも抵抗もあった。シードとして厳しい環境に身を置いていたために女子らしい空気とは無縁だった俺には、ただのスキンシップと呼ばれるそれにひどく動揺したりあらぬ期待を寄せたりと忙しかったが、いつだって能天気に笑いながら西園にも狩屋にも影山にも抱きついていく松風に慣れと諦念を覚えたのが最近。とりあえず、先輩ってことでそんな馴れ馴れしさを発揮する訳にはいかないらしいキャプテンたちよりずっと近い位置にいられることは嬉しいような、気がしている。

「ね、京介は甘いもの好き?秋にいが今度、ケーキ焼いてくれるって」
「甘いもん?…さあ。しばらく食ったことねえし」

 自分のせいで不自由を強いられている姉さんを差し置いて、との思いが異様に強かった幼年期、食事から厳しく管理されていたシード時代、そしてフィフスセクターから離れた今では嗜好品に掛ける金がない。フルーツのような自然な甘さは平気だが、ケーキのようなものが好きかと聞かれればわからない。そのくらい遠い記憶にしか、甘くふわやかなそれは存在しなかった。

「じゃあ、もしかしたら好きかも。大丈夫、食べれなくてもいろいろ用意してくれるように頼むから」

 抱きついたまま、歩きにくそうにした俺に気付いて代わりに繋いだ手袋越しの掌を揺らしながら、ね?と頬を染める。寒さのせいとわかっているそれを直視して勝手に照れる顔をゆるく巻いたマフラーに隠しながら小さく頷くと、ぱあと満開の笑顔を見せた。

「よかったあ。秋にい、この時期クリスマスケーキの試作してて、山ほど焼くから…木枯らし荘のみんなじゃ食べきれなくて」

 もしかして単に食べ手が欲しいだけだったのか、と心の中だけですとんと落胆する俺の隣で着々と時間を打診してくる松風のきらきらした声に後ろからおおい、と重なる低い位置からの高らかな声。

「天馬ー!剣城ぃ!」
「あ、信助!」

 紅葉みたいな小さな掌を精一杯振りながらぴょんぴょん主張して駆けてきた西園を、俺と繋いだ左手を離しむぎゅうと迎える。おはようおはようと言い合う二人へ、早朝の寒さに縮こまる連中から向けられるあたたかい視線を共に受けることに耐えられず、襟首をひっつかみ朝練はじまんぞ、と急かした。

「信助は今度の休み予定ある?」
「んー、ないけど、なんで?」
「秋にいがケーキ作ってくれるから、来ない?京介も誘ったんだ」
「えっ、いいの?」
「もちろん!ね、京介?」
「俺に聞くなよ」
「なら行く!行きたい!」

 サッカー棟までの道のりですら絶え間なくきゃっきゃはしゃぐ二人のせいで結局は注目を浴びる。はあ、と吐くため息に既に嫌悪感なんて混じらないことに我ながら呆れつつも歩幅に気を遣い歩く俺の隣を、さらり他人の振りをして通り過ぎようとしたチームメイトを見つけ、肩をがっつり掴んだ。

「おはよ、狩屋」
「…や、まじ、ありえない。なんで捕まえんの」
「あ、マサキっ!おはよー!」
「おはよー!」

 面倒くさいのに、とあからさまに眉を寄せる狩屋の考える通り飛びついていった小動物二人。ああでもなんとなく嬉しそうじゃん。はじめこそ猫を被って一定の距離を保とうとしていた狩屋もおそらく、俺と似たような葛藤と経緯をもってすっかりほだされてしまっていた。他人事の冷静な目で見てみると、こいつらのやすりみたいな強かさには圧倒されてしまう。

「マサキは今度のお休みひま?」
「暇じゃないほんと忙しいびっくりするぐらい忙しいあーいそが」
「秋さんがケーキ焼いてくれるって」
「え、じゃあ行く」
「なにそれー!」

 掌を返して当日の時間なんかを気にし始めた現金さをからかう二人も、それにむくれた狩屋もどうやら今現在の時刻を見る習慣が欠落しているらしく、遂に本格的な打ち合わせを始めてしまった。置いていくことも考えたが、それはそれで後々面倒なことになる気がする、と踏み出す俺を、ほわほわした足音が遮る。
「みなさん、朝から元気ですねー」

 暢気なやわらかい声に、俺が振り返るより早く飛びついて行った松風と西園にもおはようございますーとすっかり慣れたように対応するこいつの順応力の高さを(育った環境と性格ゆえだろうが)この流れで見ると地味にすごいとすら思う。慣れない身としては、尚更。

「ね、京介、マサキ。輝も来てくれるって!」
「はい、楽しみです!」
「ええっ、それって取り分減らない?」

 いつ話したんだよ、ってくらい瞬く間にまとまった話にせせこましく唇を尖らせた狩屋にそれはない、と松風は首を振った。

「うーん、たぶん四人来るってだけで四倍張りきるからなあ、秋にい」
「なにそれむしろ体重気にした方がいいみたいな?」
「えええ、それは…困りますね」
「そのあとサッカーすればなんとかなるよ!」
「そしたらお腹減ってまた食べちゃいそうだね」

 ようやく進み出した、きゃあきゃあと心地よく胸にしみる喧騒に耳を傾けながら少し後方を歩く。俺の交友関係をいつも心配そうに気にしていた姉さんが、今の状況を見れば胸を撫で下ろしてくれるのだろう。そういう意味では、ひとりでなくなってよかったなんて思う。慣れないけど、嬉しいなんて、面と向かっては絶対言わないけど。

「…松風?」
 考え込んでいる間に歩幅を緩め横に並んでいた松風が、にこにこと冷えきった俺の掌をもふもふと暖かな手袋でぎうと握る。じわり、指先と心臓を中心にひろがるぬくもりにゆるむ表情、きっと情けない顔でわらってる。

「ほら、いこ?京介」
「はいはい」

 そうして、白にくすむ冬の朝を寒さを忘れさせてしまうくらい騒がしいやつらと並んで歩く。飛び交う言葉たちにいろんなものを手探りながら、輪に加わることへの躊躇いを引いてくれた掌を、そっと握り返した。










(青い冬に咲いた友愛)