いつも通りの思いつきというか衝動というか、昼休みが始まると同時に一年の教室から拉致してきた女の子ふたり(信助は風邪で休みで、剣城はいなかった)が弁当箱片手に居心地わるそうに縮こまるのを見るなり昨日の今日で朝から不機嫌だった倉間が舌打ちひとつで教室を去ろうとするのを引き留めたりびくつく速水を宥めたりして、机を五つ、くっつけるところまでこぎ着けるのにかなり時間がかかってしまった。

「いっただきまーす!」

 まばらないただきます、がいくつか続いてからは見事にまっ平らな沈黙が広がる。まわりのざわつきと各々黙々と口を動かす音だけが響くという状況が、昼休みの教室という空間には不釣り合いで、俺以外は乗る気がしていないのはわかっていたけどなんというか、我ながら気まずい。

「お、玉子焼きもらいっ」
「あ」

 その空気を作ってしまったからにはなんとかしたくて、というのもあるが単純に食べてみたい気持ちで正面に座る天馬の小さめなお弁当箱の中、丁寧に巻かれた鮮やかな黄色を摘まんで口にふくんだ。綺麗に折り重なった甘さと塩味がふわり広がる。作った人の心を映すような、優しい味。

「うっま!天馬、これうまっ…え?」

 先ほど聞こえた、あ、の口のまま信じられないと見開かれたおおきな瞳に膜が滲んで、隣のマネージャーがあららと苦笑する。

「天馬ってば、玉子焼きがすっごい好きで…。最初にいっこ食べて、最後にもうひとつ食べるのいつも楽しみにしてるんです」

 いままで行儀がわるいとたしなめられたりひっぱたかれたり三日無視されたり呪いを呟かれたり、といろいろ報いを受けた行為ではあるけれどこんなに悲しい顔をされたのははじめてで、奪った指先からじわりじわりと罪悪感がわく。

「わるい、天馬。まさかそんな大切な玉子焼きとは知らんくて…」
「え…いっ、いえ!気にしないでください玉子焼きくらい…!いつでも食べられます、し…」

 そうは言っても、ぽつんと空いた隙間に向ける視線は悲しい。あいにくと早弁をしたために今はパンをかじるのみの俺があげられるものはツナマヨの具がないところだけだ。今度からもうちょっとゆっくり食べよ…と、しゅんとしたところになんだか黄色いものが視界を横切った。ころん、と寂しげなスペースに転がる玉子焼き。

「玉子焼きくらいでぎゃーぎゃー騒ぐな」

 だんまりのまま天馬から目線を逸らせて、無表情でつついていた倉間のステンレスシルバーにちらり覗いた時にはあったはずのそれはなくて、てっきりマネージャーが、と即座に判断していた俺らは予想外の事態にぴしりと固まる。

「あの、倉間先輩。俺、本当に大丈夫ですから」

 何度も何度も瞬きながら困ったように、投げ入れられたそれを箸で持ち上げた天馬にはじめてぎらり向く眼光。速水がひっと悲鳴をあげて俺の肩を掴む。

「一度口付けた箸で掴んだもん俺に戻すな」
「…っ、はい…すみません…」
「え、それ倉間もじゃむぐぐう」

 肩を掴んでいたはずの手のひらが慌てて俺の口を塞ぐ。余計なことは言うなと言わんばかりだが、待って待ってこれ正論じゃね?

「……気分わりい」

 言葉のわりにすこし不機嫌が和らいだというか、むしろ頬があかい気がする。そう茶化したくて引き留めようとする言葉も塞がれていたので、手早く乱暴に弁当を片付けた倉間が教室から去るのを、もがもが喚きながら見てるしかなかった。ほうと安堵をもらした速水の指が外れて、地味に苦しかった息を整える。

「…俺、昨日から倉間先輩怒らせてばっかですね」
「天馬くん、ええと、今のに限ってはですね…」
「さっきの先輩は別に怒ったわけじゃなくて…」
「あれはただの照れ隠しっしょ」

 伸ばそうとした腕を諦めて、華奢な肩を沈ませ落ち込む天馬にかける言葉を状況がわかりすぎたがために迷うふたり。それを横目にきっぱり告げ、照れ隠し?と繰り返す天馬に力強く頷く。

「そう。てか昨日のも、なんていうかなあ…ほら、倉間って背ぇ低いじゃん?」

 答えにくそうに目線を逸らしたマネージャーと目を見開いた天馬とむせた速水。いたら殺されてますよ、と咳き込みながら言った速水に今はいないからなあ、と椅子に寄りかかりながら返せば呆れたようなため息をつかれた。デリカシーのなさは百も承知だけど、これは仕方ない。たぶん、このままじゃお互い独りよがりのままだ。だって倉間が一番好きなのも玉子焼きなのに。

「FWやるの、ってやっぱある程度体格がないときついじゃん。それぜんぶ努力で補って来てっから、たぶん、天馬のこと同じ次元で考えちゃってる」

 似てるようで、まるで違う。男子と女子だ。悔しくて悔しくて仕方なくても、埋められないものはある。冷静に考えられればわかるだろうに、あの性格だから、俺とは違う意味で思ったことが口に出てしまうんだ。

「だから、結局だれもわるくないっちゅーか」

 神童の考えとかはちょっと読めないけど、あっちは霧野に任せよう。俺はこれでいい。サッカー部だって、いろんな人が去って入って戻ったように、個人の意思も事情もあるけれどいま、

「俺は、こうやって一緒に弁当食えるだけで十分だし」

 天馬が悩んで悩んで苦しんで出した結論なら、俺はいつも通りなんにも考えず思いつくままに行動するしか出来ない。迷いが見えたら引き上げるけど、揺らぎないならなにもすることはない。その分、変わりたくないってわがままを言うんだ。

「ま、時々付き合ってくれよ。そんで、倉間とはまたちゃんと話せばいいからさ」

 あいつ良いやつだから、とにっかり笑ってやると、ぐっと唇を噛んで頷いた天馬。歪みそうになる眦を堪えるように、箸で掴んだままだった玉子焼きを口に入れる。一度食べたことがある身としては止めたほうが良い気はしたけれど、ここばかりは倉間のために空気を読んでみた。

「…あっっまあ…」

 目を白黒させながら、歪んだ眉。うっ、と吐き出しそうになるのを必死で耐えて飲み込んだ健気なその姿に慌てる二人の中、やっぱりと笑った。これで三日無視された俺は報われないなあ、てふと思いながら。












(あまくてしょっぱい日常ひとつ)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -