松風が、化粧をしてきた。幼げな顔にファンデを乗せ、淡い桜色を唇に掃き、決して長いとは言えないまつげに背伸びをさせて。普段の快活さからすれば不相応なそれらは、けれどコンシーラーで覆ってもうっすらのぞく隈の憂鬱さにまとめられて違和感を排する。

「似合わねえ」

 それでも俺は否定した。机に肘をついてどうでも良さげに携帯をいじりながら、唇の内側を噛んで。うつむいてしまいたい衝動に耐えて、うん、と苦笑いした松風を苛立ちのままにふわついたリボンごと壁へ叩きつけられれば、どんなに楽だろう。おもむろにゆうらゆうら揺れる、短くされたスカートの延長線から覗く筋肉のついた女らしくない脚。それをコンプレックスだと認めた瞬間からこいつはどうしようもなく女だった。

「ふられちゃった」

 意外で、なんとなく察して、望んでいた言葉。メニュー画面を開いては消し消しては開いた指先を止めて、喉元近くの唾を飲む。柄にもない動揺を隠すために。

「…そうかよ」
「うん、相談乗ってくれてたのに…ごめんな」
「別に。てめぇが勝手に話してただけだろ」
「うん、ごめん」

 わすれてしまえと口ずさみ、強がる空気を塞いでしまうずる賢しさと勇気があれば、互いに開いた心の隙間をぴたり合わせて縫ってしまうことも出来たのだろうか。落ちた沈黙にうまくはめる言葉すらない俺には、到底無理なことだったが。

「これ、お化粧。秋姉がしてくれたんだ。頼んだのは俺だけど」
「…だろうな」

 日焼け止めすら幼なじみに塗りたくられていたやつが、昨日今日でこんなに完璧な隠蔽工作出来るはずがない。それはわかっていた。松風自身が頼んだというのは、予想していなかったが。

「剣城が言う通り、似合ってないけど…きれいにしてくれたから」

 だからもう これで泣けない。

「…は?」
「崩れたらだめだから。泣かないようにしたくて、頼んだんだ。そしたら思った以上にばっちりされてさ」
「…ん、だよそれ」

 無理におどける松風に、待ち受けから動いていない携帯が音を立てて落ちた。あ、と拾おうとする手首を掴んでなにか、なにか手酷い罵声を吐こうとした喉は貼り付いて動かない。

「剣城?」

 強調されたまあるさは、意気地なしを責めるように無垢な青。たった三文字を告げる勇気も華奢な背中へ腕を回すずる賢しさも持たない俺に、あいつのために泣かないことを選んだこいつを責めるなにがあるんだ。はじめから入り込む隙間なんざなくて、それが揺るがない事実として俺と松風の間に未だに横たわっている、それだけの話。

「…なん…でもねぇ…」
「そう?ごめん、もしかして気分悪くした、とか…?」
「…なんで俺がてめぇの愚痴ごときで気分悪くすんだよ」
「うわ、なにそれ」

 ひどいなあ、ゆるむ目じりがよれる。サッカーだけだった心に埋めつけられた恋慕は松風をこんな時すら泣かないほどに弱く強い―正しく女にした。甘く育つそれからなんでもない、ただ自己防衛のために逃げたであろう憎々しい存在が過る。きっといまごろしらじらしく無恥な自責に苛まれているその頬だけは、ああ殴らない自信がねえなあ。

「…ありがとな、剣城」

 そのときくらいは、俺のせいでないてしまえ。






(意気地無しなりの恋でした)



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