「大根は縦に1センチに短冊切り、葉っぱは小口切り」
「分かった、油揚げは頼んだぞ」
私は油揚げを袋から取り出しながら、手塚くんの後ろ姿をしげしげと眺めた。
手塚くんとエプロンの取り合わせなんて考えたことも見たことも無いけれど、よく似合っている。
スタイルが良いから何を着ても様になるのかな、腰も細いなぁ、なんて考えているとエプロンの紐が綺麗にちょうちょ結びされてるのが目に入った。
手塚くんとちょうちょ結び。何だか可愛らしくて、でもちょっとシュールで私は密かに笑ってしまう。
六人ごとに班を組んでの調理実習で、私は手塚くんと二人で味噌汁を作る事になった。
ガチャガチャ金属の音や、はしゃぐような大声が混ざり合って、周囲はかなり騒がしい。
けれど手塚くんは全く気にする様子もなく、黙々と大根を刻んでいる。
よく集中できるなあと思いながらも、私も黙ってヤカンの湯を棹の上の油揚げに満遍なくかけた。
「油揚げの湯抜きは終わったか?」
「うん」
「じゃあ、ついでに切るからこっちに移してくれ」
そう言う彼の手元のまな板からは、さっきまであった大根が跡形もなく消えていた。隣のボウルの中には綺麗に切りそろえられた大根が入っている。
「もう終わったの?」
「ああ」
私はちょっと感動して、まくし立てるように褒めちぎった。
「早いね、凄いね、手塚くん料理できるんだね」
「そうか?」
手塚くんは少し照れたように目をそらすと、そっと油揚げを摘んでまな板の上に乗せた。
そのまま油揚げを切り始めたので、私は大根だけを火にかかっている鍋に入れた。
「根菜が先なんだな」
「煮えるのに時間がかかるから」
料理はあまりやったことが無いのだろうか、隣で興味津々に鍋を見つめている手塚くんがちょっとかわいい。なんだか視線がこそばゆい。
私は恥ずかしさと緊張で手が震えるのを堪えながら、頃合いを見て油揚げと大根の葉っぱを鍋に投入した。
「味付け、頼んでいいか」
「うん」
お玉の先で直に味噌を目分量でとり、菜箸で手早くお湯に溶かす。何度か味見をしながら、沸騰寸前を見極めて火を止めた。
「どうぞ、熱いからね」
「ああ」
汁椀にほんの少しよそって手塚くんに手渡す。自分ではそこそこ美味しくできたと思うんだけど、どうだろう。彼の口に合うかどうか少し緊張する。
「美味しい」
「良かった」
「これなら嫁に来れるな」
手塚くんの言葉に胸を撫で下ろしたのも束の間、彼の何気ない言葉に私は固まった。
そんな冗談言うんだ。というか、「お嫁さん」だなんて。そこに深い意味はないと分かってていても、どうしても過剰反応してしまう。
「ありがとう、そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいな」
照れてるのが分かったら恥ずかしい。ほんの少しでも舞い上がってしまったのが、本気にしてしまったのがばれたら、もっと恥ずかしい。
何でもないふりを装って鍋の蓋を閉じようとする私に、彼は更なる爆弾を投下してきた。
「もし朝倉と結婚したら、こんなふうに朝倉の味噌汁が毎日食べられるのだろうな」
「……へ?」
「悪くないな」
彼はつらつらと何でもないように言葉を続けるが、私にはその意味が一気に飲み込めなかった。
結婚?毎日?悪くない?それって、そういうこと?
思考が完全にフローオーバーしてる。自分に都合の良すぎる解釈しかうかばない。頭の中には「プロポーズ」の五文字が浮かんでは消え、また浮かんでは消える。
いや、それは自惚れすぎ。いくら何でもありえない。普通に褒めてくれてるだけだから!
けれど、必死に自分を現実に引き戻そうとする私に、手塚くんは止めの一言で追い討ちをかけた。
「まだ、通じないか?」
ため息混じりに、眉間に皺を寄せ、少し頬を染めながら、こう言われたら、いくら何でも分かる。手塚くんは本気だ。
嬉しくて、でも信じられなくて、思わず変なことを口走ってしまった。
「あの、不束者、ですが」
いくらなんでも、私もっとろくなこと言えないの?本当に結婚するつもりなの?
自分で言っておきながら、自分に突っ込む。あまりにも恥ずかしくなって顔を覆った。
「こちらこそ、よろしく頼む」
その言葉に顔を上げると、手塚くんがほんの少しだけ口元を緩めて、嬉しそうに笑っていた。