窓から流れる景色を横目で追う振りをして、隣で本を読む彼の横顔をずっと眺めていた。
いつ見ても綺麗な横顔だと思う。鼻筋が通っていて、涼しげな眼差しで……身につけている眼鏡さえ何か特別なものに感じてしまう。
(本当にかっこいいなぁ……)
時折、私の熱視線に気づいてか、ちらりと彼の視線もこっちに向けられて心臓が跳ねる。
(あ、慌てない慌てない)
「私はただ窓の景色をみているだけですよー」、と言わんばかりに余裕をもって、いや余裕である振りをして、少しだけほほ笑みかける。
そうすれば手塚くんは納得したように小さく頷いて、また視線を本に戻す。
私は内心冷や汗をかき、胸を撫で下ろして、再び彼を見つめ続ける。
こんなやり取りを小一時間程していたら、車内からは話し声が消え、代わりにあちこちから寝息が聞こえてきた。
無理もない。三泊四日の林間学校は楽しかったが、中々ハードなスケジュールだった。夜遅くまで話し込んで、ろくに寝ていない人達も多いのだろう。
(それにしても)
私は小さくため息をついて、冷たくなった自分の腕をさすった。
(こんなに寒いのに皆よく眠れるよね……)
車内の冷房がかなり効いていて寒い。最初は心地よかった冷たい風も、今では体を刺すようにさえ感じる。
(いや、自業自得だよね。外が暑いからって上着を脱いで、しかもそれを荷物に詰めなければよかった……)
ため息をつきかけたが、さっきの自分の行動を思い出して飲み込んだ。
出発の際、何も考えずに脱いだカーディガンを旅行カバンに詰めて、それをトランクの中に入れてしまったのだ。
つまり、到着するまでカーディガンは手元に戻ってこない。もっと先のことを考えておけばよかった。
到着するまで約二時間弱……なんてぼんやり考えていると、隣で人がごそごそ動く気配がした。
見ると、手塚くんが上着を脱いでいる。
(寒くないの……?いや、私が寒がりなだけ?)
驚きつつ、でも自分を納得させつつ、上着を脱ぐ様子を見守っていると、急に手塚くんはこっちに向き直った。
「朝倉」
私の名前と共に差し出されたのは、ついさっきまで彼が着ていた上着。
「え……?」
とりあえず上着を受け取った。でも、何故上着を渡されたのか、これをどうすればいいのか分からない。
「羽織っていろ、寒いんだろう?」
戸惑う私に、手塚くんはこともなげに言った。
「あ、ありがとう、でも手塚くんは?寒くないの?」
「俺はいい」
とにかくお礼を言ったら、素っ気ない返事が帰ってきた。
上着はありがたいけど、手塚くんは本当に寒くないのだろうか、この上着を借りてしまっていいのだろうか。
「ちょっと、ごめんね」
目の前のしなやかな筋肉のついた白い腕に、そっと指先で触れてみた。
ひやりとした冷たい感触。お世辞にも、温かいとは言えなかった。
「肌、冷たいよ?」
手塚くんは一瞬だけ目を見開いて、それから私の手を自分の腕から引き離した。
「別に寒くない、気にしなくていい」
そうは言われても、申し訳なくてとても借りることなんてできない。
私のためにそう言ってくれてるのは嬉しいけど手塚くんが風邪でもひいたら大変だ。
私は手に持ったままの上着を彼の膝にかけた。
「ありがとう、でも私も大したことないから」
手塚くんは強情だな、と小さく呟いた。と思ったら次の瞬間、私の肩に上着をかけ、肩をぐっと抱き寄せた。
「え?」
私、今、抱き寄せられてる?手塚くんに?
「あ、あの……?」
「俺はこっちでいい」
そう言うと手塚くんは手に力を込めて、私をさらに強く抱き寄せた。
顔が彼の体に思いきりうずまり、少し苦しい。
(私、手塚くんに抱き寄せられてる?え?私があったかいの?)
働かない頭でようやく状況を理解した直後、ぼっ、と火がついたように顔が熱く、赤くなった。
やだ、恥ずかしい、沈まれ、沈まれ……どんなに念じても私の思いとは裏腹に、更に体温は急上昇していく。
「じゃあ、あの、せめて」
私は気が動転して、とっさに手を伸ばして、擦るようにゆっくりと手塚くんの腕をさすった。
「……効き目ないね」
「そんなことはない、続けてくれ」
少し冷静になって、我ながら何をしているのかと思って手を止めようとしたけれど、どうやら手塚くんはご満悦のようだ。
きっぱりとそう言われてしまっては、止めるにも止められない。
(傍から見たら私、変態だよね、これって……)
無言でさすり続けながら手塚くんを見上げると、気持ちよさそうに目を閉じている。
まあ、その、何はともあれ良かったのだろうか……。
色々と考えるのを止めようとした私の頭に、ふと、一つ疑問が浮かんだ。
「あの、どうして私が寒いって分かったの?ずっと本を読んでたのに……」
手塚くんはああ、と軽く頷いて言葉を続けた。
「急に視線を感じなくなって、気になって隣を見たら朝倉が寒そうにしていたからな」
「え、ええ?!」
驚きで声が裏返る私を見て、手塚くんは目を細めた。まるで笑ってるみたいに。
「ああああごめん、私が見てるの、分かってたんだ……」
「あれだけ見つめられればな」
(甘かった、ごまかせてなかった。手塚くんには何でもお見通しだった。いや、冷静に考えてあれは流石に無かったかも……。)
頬を真っ赤にするのは、一体これで今日何度めだろう。恥ずかしさに耐えかねて俯く私に、手塚くんの優しい声が落ちてくる。
「別に、悪い気はしないが」
私の肩を抱き寄せていた彼の大きな掌は、いつの間にか私の頭を撫でている。
恥じらいを堪えて、そっと見上げれば、彼もまた頬を染めて、まっすぐに私を見つめていた。
バスが到着するまで、あと、どれほどなのだろうか。