ドアを開けたその瞬間、後ろから国光に抱き竦められた。
目の前に回された腕にそっと手を添えれば、それに応えるように抱きしめる力が強くなる。

「ユイ」

耳元で熱っぽく自分の名前を囁かれ、背筋がぞくりと粟立った。胸が跳ねるように高鳴り、そのまま微動だにせずにいたら彼に頬を撫でられた。恐る恐る後ろを振り向けば、彼は覆い被さるようにして私に口付けた。

「くすぐったい」

「すまない」

彼の少し癖のある髪が肌に触れて、思わず笑みが溢れる。国光は咳払いして、また私を抱きしめた。
体勢を変えて、向き合うようにしてもう一度キスを受け止める。
最初は触れるだけのキス。
少しずつ角度を変えて、段々と激しさを増していく。
キスの合間、唇が離れるほんの一瞬のうちに切れ切れの呼吸を整える。でも流石に息が苦しくなってきて、頭が少しぼんやりしてきた。

「ん……?」

一寸待ってほしいと言おうと国光の顔を伺い見た、その時に妙な違和感を感じた。

「ちょっと待って」

「む」

キスを続けようと顔を寄せる国光の口元に、掌を押し付けて遮った。少し不服そうなくぐもった声が返ってくる。
手を離して国光の顔をじっくりと見つめると、唇にほんのりと赤みがさしているのに気がついた。

「なんだろう……唇が赤い?」

そういえば待ち合わせの直前に化粧を直したのを思い出した。だから唇に紅がまだ乗っていて、それが国光の唇に移ってしまったのだろう。
私は頭を傾げる彼に唇を指さした。

「……ああ」

国光は親指で唇を擦り、その指に移った紅をまじまじと見つめてようやく合点がいったようだった。
なんだかその様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。

「化粧落としてくるね」

これではキスもろくにできない。良く考えたら国光の部屋に帰ってきてからずっと立ちっぱなしだった。
まずは洗面所で化粧を落としてシャワーも借りて、寛ぐのはそれから……と、気を取直して腕を振りほどこうとした。
が、国光の腕はびくともせず、腕の中に閉じ込められたまま動きがとれない。
私は国光が何を考えているのか分かりかねて、彼の顔をまじまじと見つめた。

「気にするな」

「え?でも」

国光は私の言葉を遮り、腕に力を込めぐっと胸元に引き寄せた。
目の前には白いワイシャツの生地が見える。皺もシミも無い、手入れが行き届いてるのが几帳面な彼らしい。

「……ファンデーションが、服に付いちゃうよ」

そして、その綺麗な服を汚してしまいそうで気が気ではなかった。
でも私が懇願するように訴えても、国光はそんなのお構いなしだ。この人は一旦スイッチが入ると、なりふり構わず突き進む所がある。そして、そうなると止められない。

「構わない」

やはり国光は私の言う事をさして気にとめずに私の顎をくっ、と持ち上げた。

「今は、こうしていたい」

刹那、どくん、と心臓が揺れるのを感じた。
余裕のない彼の顔や仕草は、何とも言えず艶めかしい。いつもの通りのいい涼やかな声とは違う、吐息の混じった掠れた声が私の心を掻き立てる。

「お前はどうなんだ」

唇を親指でなぞられれ、思わず生唾を飲み込む。もちろん答えは決まっている。ただ、口に出して言うのははばかられた。
だって口に出してしまえば、その言葉に乗せた思いが夜の闇に消えてしまいそうな気がしたから。
だから私は、少し背伸びして恐る恐る国光の唇に自分のそれを寄せた。
私からのキスは、恥ずかしいから殆どしない。だから、このキスが私の最上級の答えだ。

「……よし」

彼は満足そうに目を細めて私の髪を撫でた。
私は期待と興奮、今更ながら恥じらい、そして何故かは分からないけれど妙な切なさを感じて胸を焦がす。
そして、国光の眼鏡に手をかけた。

夜は長い。まだまだ、これから。
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