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※白鳥の湖の粗筋
ある国の姫は悪魔に白鳥の姿に変えられてしまう。夜だけは人間に戻ることができるが、完全に呪いを解くには誰にも愛を誓ったことのない青年が彼女に永遠の愛を誓うしかない。これを聞いた王子は彼女を救うことを約束し、花嫁選びの舞踏会に彼女に愛を誓おうとする。
しかし舞踏会に悪魔が姫にそっくりな自分の娘を連れてくる。王子は勘違いして、彼女に永遠の愛を誓ってしまう。騙されたことを知った王子は湖に向かう。
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冷たいそよ風が頬を撫で、湖に波紋を描いた。
月の光を受けて輝く水面は、鬱蒼とした真夜中の森を歪に映し出している。
ふと、昔読んだ童話を思い出した。森に住む恐ろしい魔物が子供達を連れ去ってしまう。他愛ない、よくある話だ。あの頃は、悪魔なんて信じていなかった。おとぎ話の中の存在だと思っていた。

気づいた時には、やっとの思いで広間に着いた時にはもう遅かった。 私のいなかったあの広間は、幸福で満ちていた。真実を知る私一人を除いては。
豪勢な大広間で、大勢の人々が二人を囲んで祝福している。恍惚とした表情をした、私によく似た、いや、私の顔をした彼女。そして、とても優しい瞳で恭しく彼女の手をとる国光様を。

『愛してる、ユイ』

低く通りの良い声が広間に響きわたる。その言葉を聞いた瞬間、胸を突くような絶望感に打ちひしがれた。涙も流れず、声も出なかった。私にできたのは、喜びに沸く広間から静かに立ち去ることだけ。
やっとの思いでこの湖にたどり着いた時には立つことすらままならず、地にひざまづき自分の肩を抱いて泣きじゃくった。
仕方の無い事だ、誰のせいでもないと解っていてた。でも、頬を伝う涙は止まらなかった。苦しみと悲しみが胸の奥底からひたすらに湧きあがった。

「私はこうなる運命だった」

自分に言い聞かせるように、呟いた。
もう呪いが解けることは無い。もう私に道は残されていない。まともに彼の顔を見ることさえ、できないのだから。
私は森に背を向け湖を見据えた。
一歩、ニ歩、三歩。冷たい湖に足を入れる。
空を見上げれば、丁度雲の切れ間から満月の光が差している。私はあまりの眩しさに目を細めた。

「……国光様」

満月を見ると、あの人を思い出す。優しくて、眩しい。そして満月の光と彼だけが私の支えだった。

『ユイ』

目を閉じれば、瞼の裏に彼の姿が蘇る。あの低くて優しい声を思い出す。本当に好きだった。心の底から愛していた。そして、彼を巻き込んでしまったことを謝りたかった。
でも今の私ができるのは、これ以上彼を巻き込まないように、黙って消えることだけだ。
意を決して、また歩み出たその時だった。

「ユイ!」

闇に響きわたる、想い人の声。弾かれる様に振り向けば彼の人がそこに佇んでいた。
大きく肩で息をしている。いつもと違う、初めて見る姿。

「うそ、どうして」

彼は湖の中で棒立ちになっている私に駆け寄った。ざぶり、と水音がしたかと思うと、一瞬のうちに彼の腕の中に閉じ込められていた。

「やはり、ここにいたんだな」

彼は耳元で苦しげに呟いて、それきり黙り込んだ。私達二人を包む夜の静寂や冷たさ、耳鳴りに目眩を覚える。

「このような体では、もう長くは生きられません、だから、私はこの世から去ります、巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」

暖かな腕から引き離し、嗚咽を堪えながらとぎれとぎれの言葉を紡ぐ。ぎゅっと目を閉じた目から大粒の涙がこぼれ落ちる。彼は黙って私の頬をゆっくり撫でた。

「謝るのは俺の方だ、お前に愛を誓っておきながら、俺は全くの別人に、悪魔の娘に」

「でもあれは」

仕方のない事だった、あなたは何も悪くない、と訴えようする私を遮って彼は言葉を続けた。

「お前を悲しませた、救えなかったのは紛れも無い事実だ。だが、これ以上お前に辛い思いをさせたくない」

彼は一息置いて、私の目を真っ直ぐに見据える。

「俺も行く」

彼の言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。私は今、どんな顔をしているのだろう。でも彼の眼鏡の奥の鋭く涼しげな瞳は全く揺らぐことなく、それが余りにも強い意志を感じさせた。

「何を、仰るのですか」

絞り出した声は、みっともなく震えていた。

「俺も行くと言った。お前だけに行かせない。」

「そんな、嫌です、私は」

この人は優しすぎる。これ以上何もいらないのに、もう充分すぎるのに。
溢れ出る思いを、言葉にすることができなかった。ただ、うわ言のように彼の名を呟き泣きじゃくる。

「くに、みつ、さま」

「あの時言っただろう。お前を愛している、と。あの言葉に嘘偽りは無い」

「私は、貴方に生きていてほしい、幸福でいてほしいんです」

「なら、お前は俺に、お前のいない世界で一人孤独に生きろと言うのか?」

「違う、違います、でも」

言葉の二の次が繋げず、私はかぶりを振る。けれど彼の腕は、決して私を離そうとはしてくれない。

「何度でも言う、ユイ、愛してる」

「…っ」

優しい掌が、私の頬をゆっくりと撫でる。私は彼の胸に顔を押し付けた。
私の嗚咽だけが静かな森中に響くなか、月と白鳥達だけが、私達をただ黙って見つめていた。
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