※リクエストボックスより


ユイはキスが下手だ。
事に及ぼうと、いざ顔を近づけると彼女は唇を引き攣らせて硬直してしまう。
唇を寄せてみれば、思っていたものと違う無機質な固い感触が唇をなぞるので、どうにも違和感が拭えない。
唇と唇を重ね合わせると言うよりは、俺が一方的に唇を押し付けていると言った方が正しいような有様だった。
ユイと付き合い始める前から、彼女が大人しい性格だと分かっていたし、付き合い始めた頃はお互いに気恥しくて何となくぎこちなかったように思う。
それでも次第に打ち解けて、以前にも増して会話が増えて、互いに名前で呼び合うようになって……要するに順調にやってきたつもりだった。
しかし改まった雰囲気になると、ユイは身を堅くしてしまう癖があり、それが何時まで経っても抜ける様子はなかった。

放課後、生徒会室。実質、顔合わせに過ぎないような簡単な会議の後、俺とユイだけが生徒会室に居残って、他愛のない会話をしながら二人で資料の整理をしていた。

「冬は日が落ちるのが早いね、まだ5時前なのに」

ユイは手首の腕時計をちら、と見る素振りをする。帰らなきゃ、と立ち上がるユイの手を俺は自分の元に引き寄せた。
ユイを腕の中に収め、そのままキスをしようとして……今に至る。

俺はユイの鼻先から自分の顔を離した。
彼女は生徒会室の大窓から差し込む夕日から隠れるように、俺の視線からも逃れたいかのように、俺の胸元で微動だにせず俯いている。
俺はしばらく紅い斜光に照らされた、ユイのほっそりとした頬を見下ろしていた。
否、見惚れていた。見るからに柔らかそうな頬に、思わず手が伸びる。
我を忘れ、ただ思いのままに輪郭に指先を這わせると、ユイの肩がひくり、と僅かに跳ねた。
そんな風に反応されては、流石に罪悪感が湧く。いや、俺は悪いことをしている訳ではない、はずだ。多分。
自分自身に確認するように問いかけながら、ゆっくり手を離す。
ちら、と伺うように顔を上げるユイと目が合った。前髪から覗く瞳の中には、余裕の無さそうな俺の姿が映り込んでいた。

「ユイ、もっと力を抜いてくれ」

俺の言葉にユイはごめん、と呟いて強張った肩をストンと落とした。
そっちじゃない。
言葉足らずで俺に非があると分かっていても、何だか気が抜けて溜息が出そうになる。

「違う、こっちだ」

人差し指で軽くユイの唇に触れる。
艶やかで、柔らかく、弾力があり、熱を持っている唇。「唇らしい唇」だ。
この無防備な状態のままでいてくれればいいのに。
ユイの顔が真っ赤になっている。俺は急いで唇から指を離した。

「慣れてなくて、その、緊張する、というか」
「……無理はしなくていい。お前の嫌がることはしたくない」

だが。
俺は言葉を切って、不安そうな顔をするユイの肩に手を乗せた。

「お前に触れたい」

思っていることを素直に口にしたは良いが、自分でも余りにも恥ずかしい台詞だと思う。
体の方も憎いほどに正直だ。頬に血が上って、みるみるうちに熱くなっていくのが分かる。
苦し紛れに顔を背け、眼鏡を直してみたりなどするが、自分の情けない顔を誤魔化せてはいないだろう。

「私も、触れて、ほしい」

消え入りそうにか細い、ユイの声が耳を掠めた。

「手塚くんが、好き、だから」

たどたどしい、その小さな言葉に、心臓が容赦なく突かれた気がした。
俺は目の前の彼女を、どうしたいのか。
ゆっくりと慈しみたい、勢いに身を任せたい。相反する感情が自分の中でぶつかり合って、軽い眩暈すら覚える。
こんな時に、どうすればいいのか、何が正解なのか、俺はまだ知らない。誰が教えてくれるわけでもない。
手探りで互いに触れ合う、この感覚が、言い表せない程にもどかしい。
滑稽だろうか、それでも俺はお前が好きだ。

「好きだ」

ユイの体を抱き寄せた。
ユイは一瞬大きくびくりと体を跳ね、しかし腕の中に納まるようにゆっくりと体を預けた。
頼りなくも、確かな重みが俺の胸を満たす。
ユイの顔をそっと窺う。
彼女の顔は、これ以上は堪えられないと言わんばかりに真っ赤に染まって、少し震えていた。

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