※僅かですが10月7日VRイベントのネタあり



「可愛い!」

いつもは大人しい、声を荒らげることなど滅多にないユイが弾けるように歓声を上げた。
その様子に俺は思わず少し仰け反った。

「これ、幼稚園の時?じゃあ十年前くらい?」

俺自身には一瞥もせず、ユイは俺の携帯に齧り付き、夢中になって画面をのぞき込んでいる。

「ああ、まあ、それぐらいだ」

我ながら歯切れが悪いとは思うが、はい、そうです、と快活に返事をする気にはなれなかった。
携帯の画面に写っているのは俺が幼稚園の頃、家族が撮った写真だった。
頭に動物の耳のついた被り物をした小さい男の子が、恥ずかしそうにダンスを踊っている。
何分小さい頃の記憶なので朧気だが、確か発表会のような場で、ダンスを振り付けを間違えたのだろう。
写真の中の俺は、他の子供たちとは明らかに違うポーズをとっていた。

「……ユイ、もういいか」

正直恥ずかしい。
自分で自分の写真を見ることすら気恥ずかしいのに、同級生に、よりによってユイに見つかるとは思わなかった。
元はといえば学校の授業で小さい頃の写真を持ってくるように言われ、それを母や祖父に伝えたら嬉嬉として山ほど自分の写真を渡された。
その中で一番家族に推されたのが件の写真だ。
俺は写真を見て何とも言えない気持ちになった。写真の中の自分と今の自分があまりにかけ離れているからだ。自覚はある。
しかし「この写真がいい!」と言い張って譲らない二人の勢いに言い返せず、しかし実物を学校に持ってくるのは気が引けて、とりあえずカメラでその写真の写真を更に撮った。
さてどうするか、これを本当に使うのか…と端末を眺めながら学校で思案していると、偶々通りがかったユイに声をかけられた。
ユイが俺を「いつもと様子が違う」と気にかけるので、事情を話し、そして今に至る。

「もうちょっと、もうちょっと見せて、お願い」

珍しく頑固だ。
ユイは俺の携帯を離そうとしない。
そこで俺は初めて自分の失態に気がついた。
この写真を見られたくない相手に、俺はなぜ易々と携帯を渡してしまったのだろう。
加えて、傍から見たら変哲のない写真になぜユイはここまで齧りついているのだろう。
ユイのことだから、この写真を見て俺を馬鹿にしたり、変に面白がって囃し立てたり、そういう事は無いだろうと思っていたが。

「あまり、面白いものでもないと思うが」

少し心に暗雲が立ち込めて、思ったままを口にすると、ユイは携帯から顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

「そんなことないよ、楽しい……って言ったら語弊があるけど、嬉しいというか」

「嬉しい?」

意外な言葉に俺は思わず言葉を反芻した。
嬉しい、俺の写真を、その変哲もない写真を見ることが、なぜ。

「ええと、手塚くんもこんなに小さい頃があったんだなって……それは当たり前の事なんだけど、私の知らない手塚くんをこうして見れるのが、嬉しいなって」

少し口ごもらせながら、彼女から途切れ途切れに紡がれる言葉に、俺は言い様のない気持ちになった。
瞬間、俺の写真を囲む祖父と母の姿が思い浮かんだ。
一枚一枚、大切そうに手をとって、これがいいあれもいいと口々に写真を差し出す俺の家族。その眼差しは、こそばゆい程にとても穏やかで優しいものだった。
今、目の前にいるユイも、同じ目をして俺の写真を眺めている。

「手塚くん、こんなに小さかったんだね」

ぽつりと呟いて、目を細めるユイは、何故だろうか、無性に懐かしく感じた。
父や母や祖父は、こんな風に俺の写真を眺めていたのだろうか。
そしてユイも、いつか誰かの親となり、こんな風に誰かの写真を眺めるのだろうか。
いつかあった過去を、いつか来るであろう未来を、思った。

「あっ、ごめんね、見せてくれてありがとう」

やっとユイの手から俺の元に返ってきた携帯の中の写真は、何だかさっきとは違って見えた。

「テニス部の奴らには、この写真のことは秘密にしておいてくれ」

「ふふ、もちろん」

でもやはり、他の人に見られるのは恥ずかしい。それは変わらない。
特に部活の奴らに、乾や不二辺りにこの写真が見つかったら…何に使われるのかと思うと寒気さえしてくる。
ユイはくすりと笑った。

「そういえば、ユイも自分の写真を持ってきているんだろう?」

突然の俺の言葉に、ユイは動揺したように一拍置いて返事をした。

「え?う、うん。持ってきてるけど」

「見せてくれないか?」

「うーん、手塚くんの写真見せて貰ったし、いいけど……本当に普通の写真だよ?」

「構わない」

やはり自分の写真を誰かに見せることは抵抗があるのだろうか。
しかし色良い返事ではないものの、ユイは頭を少し捻らせながらも、鞄の口を開いて写真を探し始めた。
俺の知らないユイは、どんな顔をしているのだろう。
俺の知らないユイは、どんな人生を辿ったのだろう。
目の前のユイを見つめる。
俺は小さい頃のユイのことは何一つ知らない。
けれど、ユイのこの綺麗な、優しい目は、きっと写真の中の小さいユイと変わらないのだろう。
確信にも似た穏やかな感情の波に任せ、俺は口許を緩めた。

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