夏日
43
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 川辺で魚を焼いたり母のお弁当を広げて食べたり、キャンプ気分をたっぷりと味わったあと僕たちは、陽が沈む前にのんびりと帰路についた。重い荷物のほとんどは僕ら男性陣に任せて、母たちは身軽に前を歩いていく。
 夕方からの祭りを楽しみにしている彼女たちは、いまから浴衣を着るのが待ち遠しいのか浮かれた様子で笑顔を浮かべていた。川から実家までは歩いて十分ほどだ。のんびりと歩いても十五分はかからない。

 川からほぼ一本道である砂利道をたわいもない会話をしながら歩いていると、次第に家の門が見えてくる。なに気なくそちらに視線を向けて、僕は首を傾げた。門の傍に人が二人立っている。
 近づくとその二人は至極見覚えのある組み合わせだった。その二人に僕は思わず驚きの声を上げてしまう。まさか彼らがこんな場所にいるとは思いもよらない。

「どうしたんだ二人ともっ」

 声を上げて僕はつい走り寄ってしまう。顔を見合わせ立ち尽くしていた二人は僕の声に顔を跳ね上げこちらを振り返った。
 それは見間違えようもない慣れ親しんだ二人だ。一人は茶色いふわふわの髪に優しい細目、そして背の高さが目立つ男子。もう一人は黒髪を肩先で整えた目のぱっちりとした美少女と言っても過言ではない女子。

「先生っ」

「西やんっ」

 僕のかけた声に振り返った二人――片平と三島は明らかにほっとした表情を浮かべた。そして走り出した僕のあとを付いてきた藤堂に、二人は表情を曇らせる。

「ごめん優哉」

 二人ほぼ同時に力なく藤堂に向け謝罪の言葉を紡ぐ。三島に至っては申し訳なさそうな、泣き出しそうな顔に変わった。そんな二人の表情になにかを悟ったのか、藤堂は困ったように眉を寄せ、小さく息をついて「悪かった」と二人に謝る。

「それにしてもよく僕の家がわかったな」

 なにかあったのはなんとなく察したが、二人がここまでやってきた驚きがいまだになくならない。

「あ、それは、渉さんと以前に連絡先を交換してて、私が先生の実家の住所を聞いちゃったの。勝手にごめん」

「ああ、渉さんに聞いたのか。それはいいけど、バスでここまで来たのか?」

 片平の言葉になるほどと納得して、それでもこんな遠くまでよく来たものだと心配にもなる。

「ううん、弥彦のお父さんが車でここまで送ってくれたの。私たちはふた駅先にあるキャンプ場に泊まりで遊びに来てたんだ」

「もしかして、藤堂もそのキャンプに参加してることになってるのか?」

 なんとなく言葉を交わしているうちに話の流れが見えてきた。ぎこちなく頷いた二人の表情で余計に確信めいたものを感じる。先ほどの藤堂への謝罪といい、急な二人の登場といい、これは訳ありだと僕は悟った。そしてその原因にも目星がつく。

「どうしたの、お客さん?」

「えっ、あ……」

 四人で顔を突き合わせていると、後ろから追いついてきた母が僕に声をかける。その声で我に返り振り返れば、そこにいた姉たちや保さんまでもが一様に不思議そうな顔で僕たちを見つめていた。

「あ、えっと、二人はうちの学校の生徒で片平と三島。ちょっと藤堂に急用があってきたみたいで」

 そんな視線と表情に慌てて僕は片平と三島を母たちに紹介する。けれどまだ驚いているのかその反応は鈍い。しかしそれでも母はなんとなく僕たちのあいだに流れる微妙な緊張を感じ取ったのか、じっとこちらを見つめ小さく首を傾げた。

「とりあえず立ち話もなんだから中に入りましょう。詩織と佳奈は着付けとか準備あるでしょ? 先に支度してなさい。保さん荷物の片付けお願いしていいかしら」

 テキパキとみんなに声をかけた母は、安心させるように片平と三島に優しい笑みを浮かべて家の中へと促した。
 家に入ると姉たちは二階へ行き、保さんは納屋のほうへ釣り道具やテーブルなどを片付けに向かった。そして僕と藤堂、片平と三島は母に促されてリビングへと通された。

 そわそわとしている片平と三島をソファに勧め、僕と藤堂も向かい側のソファに腰を落ち着ける。するとさほど時間を置くことなく、母がグラスに入れた麦茶を人数分トレイに乗せやってきた。

「外で待ってて暑かったでしょう」

「大丈夫です。そんなに待ってはいなかったので、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 テーブルに置かれたグラスに片平と三島は頭を下げて笑みを浮かべる。けれど落ち着かない様子を見せる三島同様に、普段は取り乱すこともない片平もまだどこかそわそわした雰囲気を隠せずにいた。
 そしてそんな様子に母は恐らく気づいているのだろう。けれどその場を離れることなく、背もたれのない一人がけのベンチソファに腰を下ろした。そして視線を藤堂へと向ける。

「優哉くんなにがあったのかおばさんに教えてもらってもいい?」

「あ、はい」

 その視線に少し背筋を伸ばした藤堂が応えると、母はまた優しく微笑んだ。問い詰めるような雰囲気ではなく、母は受け止めるような姿勢なのだろう。
 それからしばらく藤堂が主軸に、時折片平や三島も混じりながらことの経緯を話してくれた。最初の問いかけ通り、藤堂は片平と三島の家族と共に、ここにいる三日間はキャンプに参加していることになっていたようだ。けれどたった三日でも藤堂の母親は藤堂の動向が気になって仕方がないらしい。

 いや、実質二日も経っていない。けれど片平や三島、そして二人の実家にまで電話をかけてきたらしく、転送機能で三島の父親と片平の母親のところにも電話がかかってきたという。そういえば昨日の夜も藤堂は電話を受けていたようだし、よほど藤堂の母親は藤堂自身に執着しているように感じる。
 いま藤堂の母親の精神状態が落ち着いていないという、込み入った話は出さなかったけれど、異様なまでの執着は母にも感じ取れただろう。

「ご迷惑かけてすみません。もし母のことで面倒が起きたら二人のほうに合流するつもりで」

「優哉くん」

 一通り話終わると、藤堂は母に向かって頭を下げる。しかしそれに対して母は藤堂の言葉を若干遮りつつ満面の笑みを浮かべた。

「お母様から二人に電話が来た時、優哉くんがそこにいればいいのよね?」

「え、あ……はい」

 急に向けられた笑みの意味がわからなかったのか、戸惑ったように藤堂は眉を寄せた。けれどまっすぐに視線を向ける母にぎこちなく頷く。すると小さく首を傾げて母は思いもよらぬ言葉を発した。

「だったらこのまま今夜は三人一緒にいたらどうかしら?」

「え?」

 それには藤堂はもちろん、片平や三島も驚きのあまり固まってしまった。当事者でない僕でさえ一瞬、母の言ってることがわからなくなりそうな困惑が押し寄せてくる。

「二人のお父さんとお母さんにはおばさんが連絡を入れてあげる。今夜は近くの神社でお祭りがあるのよ。二人も一緒に行きましょう? 夜は車でキャンプ場まで送ってあげてもいいし、なんなら二人とも泊まっていく? 夜に一緒にいることがわかればお母様も少しは信じるんじゃないかしら」

「母さん、いいの?」

 いつかかってくるかわからない電話だから、確かに母の言うとおり三人一緒にいるのがいいかもしれない。けれど母は人をたばかったりするのは好まないタイプだ。それなのにそんなことをさせてしまってもいいのかと、少し心配になってしまった。

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