ふたりの時間
2

 それに藤堂は根っこが真面目だから、下世話な話が好きじゃない。というよりは、あまり昔の自分に触れられたくないのかもしれない。

「あの人の言うこと真に受けないでくださいよ。反応を楽しんでるだけなんですから」

「んー、それはわかってはいるんだけどなぁ。なんか言われて改めてハッとした。もしかしなくても我慢させてるのかなって」

 あいつの性格はよくわかっているので、性欲云々という話は大して気にしていなかった。けれど藤堂のこと考えたらなんとなく気になってしまって、考えだしたら聞かずにいられなくなった。
 多分きっと藤堂のことだから、僕に歩調を合わせてくれているのだと思う。時折試すように触れてくることはあるけれど、無理強いは絶対にしない。やはりこの男はひどく優しいのだ。

「……今更、ハッとしないでください」

「悪い」

「まあ、そういう鈍い佐樹さんが好きなので、良いですけど」

 拗ねた顔をする藤堂の頭を撫でたら片手に抱いていたクッションをよそへ放られ、覆い被さるように抱きつかれてしまった。重いと冗談交じりに呟いて抱きしめ返せば、耳元で小さく笑われた。

「お前といると変に落ち着いてだめだな」

「どうしてですか?」

「いや、違うか。やっぱりなんとなくそっちの雰囲気に持って行きたくないのかも。お前に触られるとなんかこうふわふわするっていうかドキドキするし」

 こうやって一緒にいると安心するし、触れるだけで落ち着くけど、やはりいまだに心拍数は上がる。それに言葉にするのは簡単だが、藤堂とそういうことを――って想像するだけでちょっとめまいがしてしまう。いつもと違う視線で藤堂に見つめられると心臓が壊れそうになる。
 実際、男同士はどんなものなのかと明良に色々と聞かされはしたが、想像通りいままでの経験はまったく役に立たないだろうというのがわかった。やはり一線を越えることがなんとなく、怖いのかもしれない。

「佐樹さん。また、一人で考え込んで自分の世界に入らない」

「……う」

 ため息混じりで額へ落とされた唇に心臓が跳ねる。
 だめだ。一度意識するとなにもかもが恥ずかしいような気分になって来た。さっきまでは全然平気だったのに。

「無理、しなくて良いですよ」

「別に無理じゃ、ない。ちょっと、急に気恥ずかしくなっただけだ」

 自分でも赤くなっているだろうことがわかるほどに顔が熱い。でもそれを誤魔化すように顔を背け、腕で隠そうとしたらそれを容易く阻まれた。
 さり気なく僕の腕を避けたその手で髪を梳いて撫でられれば、いやでも肩が跳ね上がる。

「ストップ、やっぱりだめだ。そういうムードは、なんか心臓に悪くて」

「……ほんとだ」

 とっさに目の前の肩を力一杯押したら、ゆるりと目を細め笑みを浮かべた藤堂に左胸の辺りを触れられた。

「馬鹿にしてるだろ!」

 楽しげに笑う藤堂に反してこちらはさらに心拍数が上がった気がする。

「佐樹さんってほんとにだめですよね、こういうシチュエーション。いまだにキスする時もすごい動揺するし」

「う、受け身でいる感覚が落ち着かないんだよ」

「なるほど、言われてみればそうですね。主導権を握った佐樹さんは、普段の可愛さから想像出来ないくらい男前ですし」

「うるさいな」

 図星を突かれるとそれ以上の言葉が出ない。開き直ると肝が据わるのは毎度のことだ。とはいえその瞬間に見せる、藤堂のうろたえた姿を見るのが好きなのだから、お互い様かもしれないけど。

「じゃあ、ムードが出る前に移動しちゃいますか」

「ど、どこに」

「あっち」

 にっこりと微笑んだ藤堂に首を傾げた途端、立ち上がった彼の肩に担がれるよう抱き上げられた。不安定なその体勢に慌てて彼の背を掴めば、スタスタと歩いて寝室の戸を器用に足で引く。

「ちょっ」

「しないですよ」

 あっという間に寝室のベッドに下ろされ、思わず逃げるみたいに後ろへ下がってしまった。そんな僕を見ながらそっと端に腰掛けた藤堂は困ったように笑う。

「俺は佐樹さんの嫌なことは無理にしたくないし、いままで通りでも良いですから。俺はあなたの気持ちをなにより大事にしたいんです」

「……」

「とりあえず今日はもう寝ましょうか」

 口をつぐんだ僕に対し、藤堂は肩をすくめて立ち上がる。けれど気づけばとっさに彼のTシャツの裾を掴んでいた。

「佐樹さん?」

「……する」

「え? あの、ほんとに無理しなくても」

「無理じゃない」

 大体、こんなことであっさり引いてしまうような藤堂は、またこちらがこんな風に持ちかけなければ絶対に手を出してこないだろう。いま尻込みをしてこのタイミングから逃げたら、一生ない気がしてきた。
 ここはやはり開き直りが肝心だ。

「お前は優しすぎだ。こういうことはもう少し強引に押してくれないと、こっちだって……気まずいだろ」

「まあ、そうなのかもしれないですけど。佐樹さんに拒まれたり、泣かれたりするのは嫌なんですよね」

 ふっと息を吐いた藤堂は肩を落としながらも再びベッドの端に腰掛ける。そんな彼の困惑した表情を見て僕は軽く首を傾げた。

「男同士ってやっぱり慣れないと大変? あっちでやるから面倒?」

「あ、いや、それは誤解です。必ずしもってわけじゃないですし、触れ合うだけってこともありますし、人によりけりで」

「ふぅん。最初は痛い?」

「だから、あの……そっちは無理にする必要はないと思いますけど」

 うろたえる藤堂が可愛くて、しつこく質問を繰り返していたらさらに困ったように眉を寄せた。

「藤堂は触るだけで満足?」

「さっ、佐樹さん、変な予備知識をつけないでください」

 頬を赤らめ口ごもる藤堂をじっと見つめれば、なんとも言いがたい表情を浮かべる。

「俺はなにも深く考えずに、お互いが気持ち良くなれるよう触れ合えれば、それだけで充分です」

「そっか」

 真顔でそんなことを囁かれると激しく羞恥を感じる。でも藤堂の真っ直ぐな視線に誘われるよう目を閉じたら、やんわりと口づけられた。なんとなく、いつもよりもずっと甘い。

「なぁ、藤堂。痛いのもキツいのも嫌だけど、全部受け止めるから」

「そんなこと言って、後悔しても知りませんよ」

 苦笑いを浮かべた藤堂にそっとベッドへ横たえられる。つられて彼の首に腕を回しかけるが、僕はふいにその動きを止めた。

「あ、そうだ」

「なんですか?」

 突然素に戻った僕に怪訝な表情を浮かべる藤堂は、ベッドの棚に手を伸ばす僕の背中をじっと見つめる。

「これ明良から」

「……」

「藤堂に渡せばわかるって」

 無造作に掴んだ紙袋を差し出すと、一瞬ぴくりと藤堂の眉が跳ね上がった。

「なんだそれ」

「……中、見てないんですか」

「ん、なんとなく」

 もしもの時に渡せば良いと言われていたので、わざわざ中を確認する気にならなかった。相手が明良だから余計かもしれないが。

「なに?」

「まあ、必要最低限なものですよ」

 袋の中身を覗いた藤堂が小さくため息をついた。

「もしかしてそれ、ゴムとかそういうの?」

「ええ、まあ。でもそこまではしないですから。安心してください」

「なんでだよ。ちゃんと全部、して良いって言ってるのに。やっぱりはじめてって面倒?」

 再び藤堂へ腕を伸ばしたら、強く身体を抱き寄せられ思わず肩が跳ねた。そしてそんな僕の反応を彼は意地悪げな顔で覗き込む。

「だから、そんなに可愛いことばっかり言わないでください」

「……可愛くない」

「じゃあ、遠慮なくいただきます」

 からかうようにそう言った藤堂は浮ついた気持ちを誤魔化すみたいに肩口へ額を押しつけた僕に対し、楽しげに笑いながらそっとTシャツの裾から手を忍ばせる。
 背筋を這う指先に小さく身体が震えた。

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