始まりの風
02
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「メレイ……なんでここに」

 少年が見上げた先では、降り注ぐ木漏れ日をまとったとても華やかな少女が仁王立ちになっていた。

 大きくパッチリとした青い瞳、サラサラと風になびく長い黄金色の髪。華奢な見た目とは反し、日に焼けた肌と少年を見下ろす力強い眼差しは、彼女の勝ち気な性格を見る者に知らしめる。
 服装までも性格を現すように少年じみていて、動きやすさを重視した薄手のシャツに膝下までのズボン、革長靴といった出で立ちだ。

 そんな見た目と、女の子らしい顔立ちとが相反する自信に満ちた表情を浮かべる目の前の少女は、見間違え様もなく少年の幼馴染みだった。

 唖然としながら口を半開きにして見上げてくる少年に、メレイは目を細め呆れたように息を吐いた。

「アラン、あんたがいる場所なんてここしかないじゃない?」

「え? 僕になにか用?」

 メレイの言葉に心底不思議そうに少年、アランは瞬きを繰り返した。

「なにか用? じゃないわよ。目を離すとすぐいなくなるんだから」

 そう言って不機嫌そうに口を曲げたメレイの様子に、ますます首を捻りながらアランは彼女を見つめ返した。その表情に更に大きなため息をつくと、メレイはアランの傍らにあった本を指差した。

「勉強? いっつもルゥイさんの側でするのね。完璧な魔法使を目指すのやめて神官になるの?」

「そういうつもりじゃないけど、なれたら良いなぁって」

 先ほどまで手にしていた魔法書を膝に戻し、手のひらで表紙を撫ぜてアランは苦笑いを浮かべた。

「なれるんじゃないの? 今だって風の精霊がついてるじゃない。神官って精霊が護りについていて、国から認められればなれるんでしょ?」

「無理だよ。アークは元々お父さんの精霊だから僕の護りじゃないよ。ちゃんと自分で見つけなくちゃ駄目なんだ」

 生まれ持って神から魔力を与えられている魔法使と異なり、神官と呼ばれる位を国から戴くためには、精霊からの加護を受け誓約を交わし、彼らから魔力を与えられなくてはならない。似ているようで間違えられやすいが、精霊使いとも呼ばれる神官は魔法使の痣のような目に見える特徴はなく、ただいつも精霊が傍で主を護り続けているというもの。

 けれど人間に心を開き難い精霊を護りにつけるのは、魔法使が生まれると同じくらい稀なものだった。だからこそ、神々を信仰し人々を導く役割を神官が担うのだろう。神官は神の子と呼ばれる魔法使とは一線を画する、人と神とを繋ぐ橋渡しなのだ。

「ふぅん。よくわかんないけど、アランはアランの精霊を自分で見つけないと神官にはなれないんだ。……早く見つけられれば良いのにね」

 興味があるのかないのか、半ば曖昧な相槌を打ちながらメレイはアランの傍らに腰掛ける。その微妙な反応に首を傾げながらアランが隣に座った彼女を覗き込むと青い瞳と目が合った。

「なに?」

「んー、どうしたのかなぁと思って」

 目があった瞬間に目を細められ、訝しげな表情をされたアランは困ったように口篭もりながら眉を下げた。

「最近は村だけじゃなくて神殿も変じゃない? 新しい神官のオールさんもなんか最近変な感じ……なんか嫌だ」

 困ったような笑みを浮かべたアランに小さくため息をつきながら、メレイは立てた両膝に顎を乗せるとくぐもった唸り声を上げてそこに顔を埋めた。

「だから、アランが神官になってくれればこの村もまた昔みたいになるかなぁって思ったの」

 ますます顔を埋めて両腕で膝を抱えたメレイがアランの肩に寄りかかる。そこから不思議と彼女の不安が伝わってくるようで、ほんの少しだけアランが身体をメレイに傾けると、その肩に預けるように小さな頭が乗った。

「目に見えないところでなにかが変わっている。そんな感じがするよね」

 アランの小さな呟きに膝を抱えるメレイの腕の力が強くなった。そんな不安を湛えたメレイに気が付き、アランはそれを和らげるようにそっと背に腕を回し優しく撫でた。

「アランとルゥイさんだけが変わらないから安心する。この場所だけは変わらないで欲しいな」

 そう言ってメレイは小さく笑みを浮かべた。けれど目の前で笑った彼女の瞳はいまだ不安に揺れていて、アランは思わず腕を伸ばして抱きしめた。

「もっと僕が魔法使として有能だったら良かったのに。そうしたらメレイを不安にさせることも、お父さんを失うこともなかったのかもしれない」

 突然アランに抱きすくめられたメレイは一瞬驚いた表情を浮かべたが、自分を抱きしめるアランの小さな震えに気が付き、その優しさに応えるように腕を伸ばしてアランの背を抱き返した。

「馬鹿ねぇ。アランが弱っちくて、へなちょこなことなんか昔から知ってるわよ。でも、あんたの誰にも負けない強さも優しさもあたしは知ってる」

「メレイ……嬉しいけど。へなちょこは余計だよ」

 腕の中で笑うメレイに少し口を尖らせると、アランはそっとメレイから身体を離し彼女を恨めしげに見つめた。その表情にますますメレイは堪えきれないように笑い出した。

「良いの、アランはアランのままで」



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