第二章
02
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 立ち尽くしたままの小塚に苦笑いを浮かべ、亮平は傍へ寄るとその肩を叩いた。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ? 電話したんだし。いくら待ってもこないから来ちゃったよ」

「あぁ、そうだったな。悪かった」

 亮平の声に我に返ったのか、小塚は何度か瞬きを繰り返してから頭を掻いた。

「あ、あぁぁっ! もしかして昨日の電話!」

 肩をすくめた亮平の背後で宮田が再び大声を上げる。そしてその声に亮平が鬱陶しそうな表情で振り返ると、目の前に指先が突き出されていた。

「やっぱり! 面倒ごとを持ち込むのは小塚さんじゃないですか! よりによってデビル王子を招くなんて」

 目を細めた亮平を余所に、宮田は崩れ落ちるように膝を折ると、うな垂れ床に手を突いた。

「招かれてやったんだ、光栄に思え」

「誰が思うか! っていうか、この手!」

 打ちひしがれるように頭を垂れて伏した宮田の顎を亮平の指先が持ち上げた。そしてその手を宮田が両手で払うように避けると、その様子を見ていた小塚が笑いを堪えきれずに思わず喉を鳴らした。

「王子っつうより魔王だな。宮田、諦めろ。おめぇじゃキングに敵わない」

「な、なにを暢気なことを! 小塚さんはどっちの味方なんですか! あぁ、俺がいままでこのデビル王子にどれだけの迷惑をかけられてきたことか」

 腹を抱えて笑い始めた小塚に宮田は床を叩きながら声を大きくする。

「ふぅん、そんなことを言うのかこの口は」

「いぃぃぃぃーーーーっ!」

 目の前でしゃがんだ亮平に思いっきり両手で口の端を引っ張られ、思わず宮田は悲鳴のような声を上げる。

「上からの覚えもめでたく、ここに異動できたのは誰のおかげだっけ? いままで助けてきてあげたのに、酷い言われようだよなぁ」

 不機嫌そうに眉をひそめる亮平の声が一段と低くなる。
 あまりの痛みに宮田は慌てて亮平の腕を叩き逃れようとするが、それに反してますます指先に力がこもった。 

「おいおい、お前らいい加減にしろよ。そこまでだ」

 見かねて小塚が声をかけると亮平は黙ったままその手を離した。その視線の先では物言いたげに宮田が睨み上げてくる。

「あんたは黙ってお巡りさんしてれば良かったんだよ」

「は? 俺だってこれでも努力してるんだぞ!」

 突然ふて腐れたように口を曲げた亮平に唖然としながら、宮田は思わず声を荒げた。

「人間向き不向きがあるんだよ」

「どういう意味……っ」

「自分で考えろ」

 不意に立ち上がった亮平を宮田が目で追えば、不機嫌そうに目を細め小さく舌打ちをされた。そして薄く平たいもので額を叩かれた。

「ちょ、なんだよ!」

 頭からひらりと落ちた封筒に気がつき宮田がそれを受け止めると、亮平は身を翻し何も言わずに階段を上っていった。

「なんだよあれ」

 いつしか視界から消えた亮平に宮田は大きく息をついた。

「そう言うな。あれでもお前のこと気に入ってんだよ」

「は? どこがですか」

 笑って肩をすくめた小塚の言葉に宮田は耳を疑った。

「お前に会いに来たんだろ、あいつ」

「違いますよ! 小塚さんに用があるって」

 にやにや笑う小塚の表情に宮田は血の気が引いた気がした。出会い頭にあの調子で、会いに来たなどと言われても堪ったものではない。

「ま、それは冗談だが。お前にも一応用があったんだろ」

 青褪めて唇を慄かせている宮田に苦笑いを浮かべると、小塚は亮平の置き土産を指差した。

「なんですか、これ」

 手にした封筒を気味が悪いものでも見るように目を細め、宮田は指先で摘んで小塚の目先へ近づける。

「俺が知るかよ」

 その仕草に小塚は顔をしかめて片手を振るとそれを払う。

「それよりお前、なんか見つけたか?」

「なんかってなんですか?」

「なんかはなんかだろ。気になったものなかったかって聞いてんだ」

「いえ、聞かれてないと思います」

 主語のない小塚の言葉に宮田は大きくため息をつく。だが、間髪入れずに小塚に頭を叩かれた。

「空気読めよ」

「う、覚えがあるなぁって思った調書をたまたま見かけましたけど」

「おぉ、だったらそれ調べて来い」

「は?」

 それはどこかで覚えがあるやり取りだった。それもそう遠くない記憶、小一時間ほど前の記憶だったような気がする。

 口篭もる宮田に小塚はにやりと笑う。けれどさすがに納得がいかないのか宮田は小さく唸り口を曲げた。

「俺って邪魔ですか」

「人間ってぇのは適材適所だ。自分の価値を知るのも大事だぜ」

「そ、それって」

「ぐちゃぐちゃ言ってねぇで、さっさと仕事しろ」

 言い募ろうとする宮田の腕を掴んで引き上げると、小塚はその肩を叩いて亮平のあとを追うように階段を上っていく。

「それと、顔冷やせよ。爺さん婆さんが見たら泣くぞ」

 小塚の言葉に宮田は一瞬目を見開き手にした封筒に視線を落とした。

「お巡りさんが別に嫌なわけじゃないんだぞ」

 小さくそう呟きながら、宮田もまた階段をゆっくりと上っていった。



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