02.ある日、森で出会った

 笑っている顔、照れたような顔、困り顔――どんな些細な表情も愛おしさしかない。小津との恋は光喜にとって初めてのことばかりで、すべてが新鮮で色鮮やかに見える。一年が経とうとしているのにまだまだ彼が知りたいと思う。

 いままでの恋はあっという間にスイッチが切れてしまった。どんなに愛おしいと思っていても、その感情はパチンと音を立ててなくなる。
 しかもそのことに対してなんの疑問も持たずにいた。それなのにいまの光喜はしがみついてでも小津を手放したくないと思っている。

 男女の恋人同士なら結婚してくださいと言えるのにと、時折ため息をついてしまうくらいだ。同性同士というのは色々と制約が多い。いまだに母親は小津と付き合いに難色を示していた。
 これまで彼女に否定的な態度を取られたことがなかったので、正直言えば気持ち的にひどく堪える。しかしだからと言って気持ちも曲げるなんてできない。時間が解決すると父親になだめられたが、光喜の複雑な胸の内は相変わらずだった。

「小津さんまだ仕事してるのかな。メッセージ送って気が散ったら悪いか」

 勝利や鶴橋と食事を済ませて最寄り駅に着いた時には、二十二時を回っていた。けれど携帯電話を確認したが小津からの連絡はなく、家に向かうのも少し躊躇われてしまう。しかし会わないまま自分の家に帰るのも気が進まず、彼のアパートを目指すことにした。

「そうだ、このあいだ発売になったプリンが美味しかったんだよね。買っていってあげようかな」

 まっすぐと向かってもまだ仕事中なのは目に見えてわかる。小津が一段落していて光喜に連絡を寄こさないことは考えにくい。だから少しでも遠回りして時間を引き延ばそうと思った。けれど本音としてはいますぐにでも駆け出してしまいたいくらいだ。

「あ、こんばんはぁ」

「こないだ出たプリンある?」

「ありますあります」

 コンビニに足を踏み入れると、よく遭遇する店員に声をかけられた。おそらくこの時間帯のシフトなのだろう彼は人なつこくて、いつも光喜に声をかけてくる。ぴょこぴょこと歩く小さな背中についていけば、お目当てのプリンがちょうど二つあった。

「そういえばこれ、あの人の最近のお気に入りみたいですよ」

 プリンを二つ捕獲して満悦な顔をしている光喜に店員は棚から一つデザートを取り上げる。それに視線を移すと手の平より少し大きいくらいのホールケーキ。商品名を見ると焦がしキャラメルのプリンケーキとある。

「え! なにこれっ、こんなの出たの?」

「結構人気で、あんまり店頭に残っていること少ないんですけど」

「買う!」

「ありがとうございまーす」

 プリンとプリンケーキでプリンづくしだが、あの人はお菓子の中で一番これが好きだ。毎日食べてもいいかな、と言っていたのを聞いてから光喜のお土産の定番になってきた。有名店の高級プリンから町のケーキ屋さんのプリンまで、かなり貢いでいる。

「そういや最近、あの人は来ないですね」

「ああ、いま仕事が忙しいみたいだから」

「いつもありがとう、って優しく笑ってくれるのに癒やされてたのになぁ」

 ここは小津のアパートから五分程度なので彼は頻繁に利用している。この一年で光喜の利用頻度も随分と上がった。よく二人で買い物に来ることもあるのですっかり顔を覚えられている。
 本人たちにあまり自覚はないが、どちらもとても目立つと言われるのでそれゆえだ。

「ねぇ、あの人をもし動物にたとえるならなんだと思う?」

「えー? そうですね、やっぱりクマさんですかね。森のクマさん。落とし物を拾ってくれそうですよね」

 レジで会計をしてもらいながら問いかけると、悩む素振りは見せたが答えはわりと早かった。やはりあの人に対するイメージは世間一般から見ても変わらないようだ。
 落とし物を拾ってくれそう、その言葉に思わず光喜が吹き出すと、優しいですよねと目の前の彼も楽しげに笑った。

「ありがとうございましたぁ」

 ビニール袋を下げて光喜は気分が上がったまま足を外へと踏み出す。するとそれと同時か、コートのポケットで携帯電話が震えた。それに気づくと取り出して真っ先に通知を確認した。
 届いたメッセージは待ちわびた小津からのものだ。

 ――いまどこにいるの?
 ――近所のコンビニ。いまから行ってもいい?
 ――迎えに行くよ
 ――歩いて五分だよ
 ――もう夜も遅いし

 子供のおつかいでもないのにわざわざと光喜は笑うけれど、心配は本気だったようで、道の途中で進行方向から歩いてくる姿が見えた。手を振れば足早に歩み寄ってくる。
 本当に迎えに来てくれた恋人に、光喜はにんまりと笑みを浮かべて抱きついた。そんな行動に小津は驚いて肩を跳ね上げたが、そっと手を回して抱きしめ返してくれる。ようやく触れられたぬくもりにすり寄ると優しく頭を撫でられた。

「仕事は終わった?」

「うん、さっき終わったところだよ。まだ来てなかったから心配になっちゃって」

「あ、そうなんだ。邪魔しちゃ悪いかなって思って、ゆっくりめで行動してた。お疲れさま」

「ありがとう。光喜くんになにもないなら良かったよ」

 抱きしめた身体を離して顔を持ち上げればやんわりと笑う。この人が笑みを浮かべると癒やされると言うコンビニ店員の気持ちがよくわかる笑顔だ。優しいぬくもりですべてを包み込んでくれるような温かさがある。
 バイトでひどく疲れていても小津の顔を見るだけで大抵のことは乗り切れた。光喜にとっての彼はまるでサプリメントみたいな優しい効能がある。

「小津さん、ご飯は? なにか買ってきたら良かったかな」

「大丈夫だよ。あり合わせで食べられるから」

「そっか、あっ、あのね。プリンケーキを買ったよ。これ好きなんでしょ?」

「それ、売ってたんだね。結構売り切れが多いんだけど。そっちは新作だ」

「もう食べた?」

「ううん、まだ。最近忙しくてコンビニに寄れてなかったから」

「良かった」

 どちらのお土産も喜んでもらえて光喜は嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべる。そして夜道なのをいいことにそっと隣にある手を握った。大きくて分厚くて温かい手。職人の手らしく指の先などが少し硬くなっていて、頑張り屋の手だ。
 抱きしめた時の安心感も好きだけれど、手を繋いでいる時に感じる体温が光喜は一番好きだった。すぐ傍にいることを実感して気持ちが浮き立つ。

「小津さん、これちょっと早いけどホワイトデーのお返し」

「え? わざわざ買ってくれたの? プリンで十分なのに」

 アパートについてソファでひと息ついた頃に光喜は小さな紙袋を差し出した。それに驚いた顔をして小津は袋の中身を覗く。そして恋人の視線に促されて中身を取り出した。

「可愛いね。このあいだくれたマグカップと合わせて使えそうだ」

 ステンレス製のティースプーンは柄尻の部分に小熊があしらわれている。シュガーポットは白い陶器製でつるりとした質感。蓋の取っ手の部分がお座りをしたクマになっている。
 どちらも主張するようなデザインではなくさりげなく普段使いできそうな範囲だ。

「これを買ったお店がもうどれも可愛くて目移りしちゃった」

「光喜くんって、クマが好きなの? そういえばキーホルダーもクマだったよね」

「えっ、ああ、うん。好き」

 なんの疑問も抱かずに問いかけられて光喜は少し言葉に詰まる。もしかしたらみんな、彼のことをクマのようだと思っていても本人には言わなかったのかもしれない。そう思うとはぐらかす言葉も見つからず、曖昧な笑いをしてしまう。
 どこをどう見ても温厚な優しいクマさんと言うイメージだが、見た目をなにかに称するとからかいを感じる場合もある。おそらく本人に似て周りの人たちは優しい人が多かったのだろう。

「せっかくだからコーヒーを淹れようか」

「俺、やるよ! 小津さんはそのあいだに晩ご飯を用意して」

「うん、じゃあ、お願い」

 ソファを立った小津のあとを追いかけて光喜もキッチンへと向かう。最近はインスタントコーヒーではなくミルで挽いたコーヒー豆で淹れるようになった。挽き立てのコーヒーは香りも味も良くて、二人で色々な豆を飲み比べしている。
 豆によってブラックで飲んだり、砂糖とミルクを入れてカフェオレにしてみたり。ゆっくりと過ごす二人の時間に欠かせないものになった。

「光喜くん、明日はどこか行きたいところはある?」

「んー、小津さん仕事明けですごく疲れてるでしょ? 家でゆっくりでもいいよ」

「大丈夫だよ。それに光喜くんと出掛けるの楽しみにしてたし」

「そっか、じゃあどこに行こう」

「これと言って決まってないなら遊園地に行こうか。このあいだ営業さんに割引券をもらったんだ。それほど大きなところじゃないけどジェットコースター系もあるって」

「いいね! すごく楽しそう!」

 思いがけない提案に光喜は気持ちを跳ね上げる。二人で遊びに行くのはいつぶりだっただろうかとわくわくとした気分になって、一気に明日が待ち遠しくなった。

[BACK] [NEXT]
[TOP]
[しおりを挟む]


MAIN
HOME
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -