しあわせのカタチ
1.コイゴコロ
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 仕事の業種が違えば、相手と休みが被るなんてことは少ないだろう。サービス業とオフィスワークともなると、ほとんど合わない。
 けれど最近になって、月に一度くらい向こうが休みを合わせてくるようになった。

 休日が一番忙しい仕事だと言うのに。
 しかし二人で休みだからと言って、どこかへ行こうなんてアクティブにはならないので、一緒に家で過ごす時間がぐんと増えただけ。

 二人でぼんやり映画を見て、一日が終わることも多々ある。
 もちろんこちらが一人になりたい時は、向こうも料理の練習をしたり、数日分の家事に追われていたり、基本自由。

 離れている時間が長くなれば、様子を見計らいながら勝手にべったりと寄り添ってくる。

 最初は鬱陶しいと思っていたが、いつの間にかそれにもかなり慣れきってしまい、いまではすっかり気にならなくなってしまった。

 それもどうなのかと考えはするけれど、別に嫌な気分になるわけでもない。
 二人でいる時間は思ったよりも穏やかだし、たまに賑やかな笑い声や話し声がするものの、耳に障ることもない。

 引っ越しをして正式に二人暮らしになってから、ようやく人と暮らしている実感できたのだろう。「おかえり」や「ただいま」という挨拶も当たり前になった。

 そしてイベントごとにも、ようやく気が回るようになってきた。

「とは言ってもな」

 いまさらどんな顔をして、誕生日を祝えばいいのかわからない。しかも知ったのはその日の数日後で、もう当日は過ぎている。
 はっきり言えば終わったものに気をかけるのはなんだか面倒くさい。

 しかし知ってしまったのだから、なにもしないでいるのも気にかかってしまう。
 いままで一度も祝ってやったことがないのだが、向こうはしっかり俺の誕生日を覚えている。

 その日にケーキを買ってきてくれるし、毎年プレゼントも欠かさない。
 これまではそれも大して気にすることではなかった。けれど改めていまの状況を鑑みれば、家を買って二人暮らしを始めた。

 それはもう言葉にしていなくとも、付き合っているということに入るだろう。現にあいつはそう思っているようだし、俺もそこをあえて否定もしない。

 ただいままで付き合った相手は、欲しいものを欲しいというようなやつらばかりだった。
 だからあいつのように俺がいればそれだけでいい、などと抜かす男は扱いに困る。

「広海、まだ悩んでんのか?」

「……っ! いきなり背後に立つな! そしてパソコンを覗くな!」

「え? お前がなんか真面目な顔して悩んでるから、仕事で詰まったことでもあんのかと思ったんだよ。まあ、全然関係ないみてぇだけど」

 ふいに耳元で声がして、飛び上がるほど驚いてしまった。
 我に返って後ろを振り向けば、上司である九条がニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 それに気づいてとっさにブラウザを閉じたが、おそらくその顔を見る限りしっかりと見られているのだろう。
 ついこのあいだも電話口で、誕生日の話をしているのをちゃっかりと聞いていたし、まったく油断も隙もない男だ。

「指輪、買ってやれば?」

「はぁ? 指輪? んな重たいもん買えるかよ」

「そうか? ミキちゃん喜ぶと思うけどな」

 いつもはきつい印象を与える眼差しが、やんわりと細められた。一度会ってから随分とあいつのことを気に入ったようで、なにかと話題にしてくる。

 名字で呼ぶので、職場の人間はそれを女だと勘違いしているようだが、開けっぴろげに話題にされるのは正直言ってうざったいし、やめて欲しい。

 さらにあいつのことを、料理もできるし健気で純粋で可愛い、などと称するので、周りのイメージがどんどん膨れ上がっていく。

 本当のことを知られたところでどうということはないが、勝手な印象が形作られていくのは迷惑だ。

「春日野さん、もしかしてプロポーズですか?」

「違う! ただの誕生日だ」

 こうやってくだらないことを、言われるのが嫌なんだ。俺と九条のやり取りに笑う、女子社員に思わず顔をしかめてしまう。
 するとさらに周りから生暖かい目を向けられ、その悪循環に俺の顔はますます険しくなった。

 昼休憩だからと、職場で調べたりしたのが失敗だった。しかし早くなにか決めてしまわないと、日にちばかりが過ぎていく。

 だがあいつはおしゃれにはまったくの無頓着だ。着るものにはこだわらないし、持つものにもこだわらない。
 基本的にあれは、料理と家事くらいしか興味がないのではないかと思う。

 だからなにを選べばいいのか、わからなくて悩むのだ。調理器具はあいつが選んだものが揃っているし、家事をする上で必要なものなんてますますわからない。

「広海がいいと思ったものを贈れば、それで充分だと俺は思うけどな。毎年その調子じゃ渡すものもネタが切れてくるぜ」

「わかってる、そんなことぐらい」

「ふぅん、まあ、大いに悩めよ。これは俺から、ミキちゃんに渡して」

 肩を叩くと九条は紙袋をデスクにおいて去って行く。茶色い手提げ袋は無地で、中を覗くとラッピングリボンの付いた紙袋が見える。

「なんだ、これ?」

「え? ミキちゃんもお前も楽しいもの、だと思うぜ」

 遠ざかる背中を呼び止めれば、ニヤリと口の端を上げて笑う。そのうさんくさい笑みに、なんとなく嫌な感じがするが、勝手に突き返すわけにもいかない。
 ろくなものじゃなかったら捨ててやる、そう思いながらそれは足元に置いた。

「昼飯、行ってくる」

「はーい! いってらっしゃーい」

 あいつのおかげで、昼休憩を半分も消費してしまった。またパソコンにかじり付いても、なにかが浮かぶとも思えないので、とりあえず外に出て気分転換することに決めた。
 コンビニで適当にパンでも買って、いつもの公園へ行こう。

「ん、あいつも休憩か?」

 掴んだ携帯電話をポケットに入れようとしたら、小さく震えた。なにげなく視線を落とせば、メッセージを受信している。
 誰のものかを確認する前に、思い浮かぶのはあいつくらいで、歩きながらそれを開く。

 ――明日は雪が降るらしいよ! 今夜は冷えそうだから鍋焼きうどんにしよう。今日は早番だから、一緒に買い物して帰ろうね。

 絵文字やスタンプが賑やかに付いたそれを眺めながら、少し肩をすぼめる。道理でやけに寒いはずだ。
 年が明けて少し暖かい日が続いていたが、今日は朝から少し風が冷たかった。

 家を出る間際に風邪を引くといけないからと、あいつにマフラーを巻かれたくらいだ。
 それは去年の誕生日に贈ってくれたもので、少しくすみのあるネイビーブルーは、服に合わせやすくて重宝している。

しかしあいつのセンスがよいとは思えないので、ショップの店員に勧められて買ったのだろう、と言うことは想像が容易い。
 だがそれでも悩んで買ったのもわかっている。

 相手が選んだものならそれだけで嬉しい。九条の言っていたことは、おそらくこういうことなのだろう。

「それにしても、陽があるのに朝より寒いな」

 それほど時間もかからないからと、マフラーを置いてきたのは失敗だったかもしれない。吹き付ける風の冷たさに、首筋を撫でられる。
 急いでコンビニに向かい、予定を変更して事務所に戻ることに決めた。


 大急ぎで事務所へ戻ると、予想以上に早く帰ってきたことに驚かれたが、死ぬほど寒いと言えば、笑ってエアコンの温度を一度上げてくれた。

 それに感謝しながら、温かさだけで選んだおでんと肉まんを腹に収めれば、時間を確認して溜まったタスクをさっさっと片づける。

 いつもなら残業をして帰るところだが、今日は早めに仕事を切り上げた。
 早番と言っても、あいつが仕事を終えて帰路につくのはいつも十八時頃だ。
 最寄り駅で待ち合わせればそこからさらに三十分はかかる。

 だからその前にプレゼントを調達するならば、時間は少しでも早いほうがいい。
 それを見越した俺は十六時過ぎには事務所を出ることした。

 早上がりなんて珍しいと言われたが、めったに活用されることのないフレックスは、こう時に役立てるべきだ。

 しかしプレゼント調達は予想通り難航した。ネットであれだけ悩んだくらいだ。
 実際にものを見ても、悩むことは初めからわかっている。

 それでもあちこちと店に寄って、あれこれと悩んだ結果、やはり指輪だけは除外した。
 なんとなくまだそういう気持ちにもならないし、そのうちあいつが買うんじゃないかという予感もあった。

 それはいますぐではないが、多分きっとなにかきっかけがあればそれほど遠くない日に。だから俺がそういうことを気にするのはやめた。
 純愛じみた恋愛は全部あいつに任せておけばいい。

「別に、形が欲しいわけじゃない」

 いままでも誰かに、それを渡したことはなかった。欲しがるやつはもちろんいたが、俺には少しばかり重たすぎる。
 指にはまるだけの輪っかに、自分自身を縛られるようで、どうしても嫌だった。

 この先の未来――それを誰かのために左右されるのは、ひどく窮屈だ。しかしあいつがもしそれが欲しいとねだるなら、ちょっとは考えてやってもいい。

 ほんの少しくらいなら。

「ほだされすぎだ」

 自分らしくない考えに、大きなため息が出た。どれだけ慣らされているんだろう。そういえばこんなに長く他人と一緒にいるのは初めてだ。

 洋服を着替えるみたいに取っ換え引っ換えだなと、揶揄されたこともあるくらいなのに。
 あいつに告白された時も、まだほかのやつと付き合っていた。

 覚えている限りではそのあとも二、三人くらいは相手が変わっていたと思う。大学を卒業して、仕事を始めてからは付き合いが面倒で全部切れた。

 けれどあいつは告白してからずっと、飽きずに俺を追いかけ回していて、傍に置くようになったのは、いつからだっただろうか。

 気づいたらずっと傍にいたから、その辺が少し曖昧だ。
 しかしあいつが酔っ払っていつものように俺相手に熱弁を振るって、散々ねだられて許したのは、なんとなくだが覚えている。

 結局思い返してみると、なんだかんだと俺はあの男に甘いようだ。

「広海先輩!」

 いつもまっすぐに笑みを向けてくる。俺しか見えてないんじゃないかと思うくらい、よそ見なんてしたことがない。
 それがなんとなく気分がいい、と言うのはつけ上がるので絶対口にはしてやらないが。

 いまも俺を見つけた途端に、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。主人を見つけた大型犬が、尻尾を振りながら近づいてくるような錯覚さえしてしまう。

 そしていつものように、勢い込んで俺に飛び込んでくる。今朝家で別れただけだというのに、もう随分会っていないんじゃないかという勢いで。

 それもまあ、可愛いが、いつものようにぞんざいに払って顔を引き伸ばしてやった。


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