わんこ×男前「待ち人来たる」
昼間空を見上げたらどんよりと雨空で、夕方になったら雨が降り出しそうだなと思った。そういえば昨日の天気予報でもそんなことを言っていたと思い出したが、そういうところが無頓着な俺は朝晴れていたので傘など持たずに仕事に出た。
「
京部さん、今日は残業しないで早めに帰ったほうがいいですよ」
「なんで」
「この雨、台風になるらしいです」
後輩の声にふと周りに視線を向けると、珍しくフロア内に人がほとんどいない。残っている者たちも慌ただしく帰り支度を始めていた。
「マジか」
この調子ではタクシーも捕まらなさそうだ。窓の外は雨もだいぶ強いし、帰り着いた時のことを想像して一気にテンションが下がる。しかし長居すればそのうち帰れなくなるだろう。渋々仕事を切り上げることにした。
「あの子、誰のこと待ってるんだろうね」
「誰の彼氏かな? すごく格好良かったよね。羨ましいね。あ、京部さん。お疲れ様です」
エレベーターでエントランスまで下りると、庶務の女の子たちとすれ違った。
「帰らないのか?」
「忘れ物しちゃって」
「ふぅん、早めに帰れよ」
相変わらず賑やかな彼女たちを一瞥すると、そのまま横を通り過ぎ自動ドアをくぐり抜けた。外はザーザーと雨が降っていて、生ぬるい空気が肌を撫でる。しばらく立ち止まり、重たい空を見上げてしまう。
けれどそのまま黙って顔を上げたまま立ち止まっていると、ふいに横から手が伸びて目の前に傘が広げられる。驚いてその手の持ち主を振り向いたら、背の高い男が傍に立っていた。
「敦広さんお疲れ様。迎えに来ちゃいました」
「あ、お前。帰ったんじゃないのか」
横から俺の顔をのぞき込む男。昨日の晩にマンションの前で行き倒れているのを拾った。起きたら出て行けと置き紙をしていたのに、会社まで来るとはどういうことだ。
「家にあった名刺を見てきた。行くところがないのでもうしばらく置いてください。ご飯も掃除も洗濯もなんでもできるから。お買い得でしょ?」
満面の笑みを浮かべて俺の手を取った男は、自分も傘を開いて雨の中を歩き出した。なんだか丸め込まれてるが、悪い気はしない。第一好みじゃなかったら拾っていない。けどちょっと癪だ。
待ち人来たる/end
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