年上平凡×年下美人「君在りし日」

君と過ごした日々、遠い日の君へ
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 さよならと告げたのは夏の終わり。もう君とは一緒にいられないと、泣きながら別れを告げた。心が引きちぎられそうになりながら、僕は君の手を離して背を向けた。
 あれから季節は何度巡っただろう。もう随分と時間が過ぎたのに、君との思い出は欠片も色褪せない。目を閉じればすぐにまぶたの裏に映る。夏が来るたび、二人で浜辺を歩いた日が。冬が来るたび、着飾ったもみの木を見上げたあの時が。春が来るたび、君の優しい笑顔が思い浮かぶ。
 こんな選択しか出来なかった僕を君は恨んだだろうか。でも二つの未来を選びきれずにいる君を自由にしてあげたかった。君が白いチャペルで愛を誓えるように、僕は君の手を離すことを選んだ。そして君が迷わないように僕は、道を灯す明かりをかき消した。

「こんにちは、最近は少し寒くなってきましたね」

「ええ、そうですね」

「紅葉は綺麗ですが、あまりお身体冷やさないようにしてくださいね」

 僕はいま真っ白なベンチに一人腰かけ、空を仰いでいる。秋晴れの空は澄み渡るような天色で、赤や黄色、橙の葉が鮮やかに見えた。吹き抜ける風は肌に触れるとひんやりとする。肩にかけたくすんだ青色のカーディガンがふわりとゆらめいて、飛ばされぬよう指先で襟元をつまんだ。
 そう、秋も二人で並木道を歩いて、銀杏の葉を踏みしめて歩いた。どんな景色を見てもいまだに僕の傍にはいつも君がいる。最後にまた、君に会えたらなんてと思う僕は未練がましいだろうか。

「……久志、君に会いたいなぁ。また会いたいよ」

 小さな呟きが冷えた空気に紛れて消えていく。それはもう届かないのだと思えば、喉が熱くなった。俯いたらぼろぼろと涙が落ちる。

「ああ、あの手を離さなければよかった」

 あの日失ったぬくもりは身体に染みこんで消えていかない。目覚めるたびに君へと手を伸ばしてしまう。もう一度、会えたらなんと伝えよう。

「久志、いまも君を愛してる」

 こんなありきたりな言葉しか思い浮かばない。この囁きを伝えたのはいつのことだったか。けれど君はいつだって嬉しそうに微笑んでくれた。

「三也さん、その言葉、もっと早く聞きたかったです」

「……え?」

「随分と探しました。私を置いて消えてしまうから、うんと探しましたよ」

 それは忘れようもない声。温かくて穏やかで優しい声。何度も言葉をせがんだ愛おしい声。耳を疑い俯けた顔を持ち上げれば、遠い日の面影を残す笑顔がまっすぐと僕を見つめている。

「二十年も放っておくなんてひどいですよ。三也さん、迎えに来ました。最後はどうか私といてくださいね」

 一人きりで寂しかったと涙を浮かべるその顔に、自分の過ちに気がついた。僕はあの日、逃げたのだ。自分から、君から。それなのにそんな僕を迎えに来てくれた君はあの頃のように美しかった。


君在りし日/end

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