二人の時間
いつも自分だけに見せる笑顔が愛おしいなと思う。やんわりと目を細めてひどく優しく笑う。すると空気まで柔らかくなって、それがたまらない気持ちにさせた。手を伸ばして、触れて、抱きしめたくなる。だから僕は藤堂に甘えてしまうんだ。
「佐樹さん。あんまり可愛い顔してると、キスしたくなります」
「駄目だ」
「意地悪ですね」
ぎゅっと腕の中に閉じ込めて、ぴったりと寄り添う。胸元に頬を寄せると緩やかな音が響いて心地よくなる。それだけでとても安心できた。
こんなことができるのは放課後のほんのわずかな時間。日が暮れて、窓の向こうから聞こえてくる声が届かなくなった頃。夕焼けが闇に染まり始めた中で、僕は藤堂を抱きしめる。
「そろそろ帰るだろ」
「そうですね。まだ傍にいたいけど、佐樹さんの仕事の邪魔はできないですからね」
「うん、悪い。いますごい書類が溜まってる」
ちょっとうんざりしながら呟けば、小さく笑った藤堂があやすように髪を撫でてくれる。それが気持ちよくて、肩口にすり寄ってしまった。離れたくない。まだ一緒にいたい。
もう会えなくなるわけでもないのに、ほんの少し離れてしまうことさえもどかしくなる。早くもっと一緒にいられるようになったらいいのに。そんなことばかりを考えてしまう。
学校で触るの禁止、なんて言ったけど。結局いつも藤堂に触れてしまうのは僕だ。
「明日のお弁当はオムライスにしましょうか」
「え!」
「佐樹さん好きでしょう?」
「うん、藤堂の作るオムライス好きだ。ケチャップライスも卵も甘くてすごく旨い」
ぱっと弾かれるように顔を上げれば、優しい光を含んだ瞳が僕を見下ろしていた。一枚のガラスを隔てたその瞳に自分の姿を見つけて、僕の頬はじわりじわりと熱くなる。でもひどく幸せで、じっと見つめ返してから誘うように目を閉じた。するとそれを察した藤堂が目前に近づいてくるのを感じる。
吐息が微かに唇に触れて、そのあとに柔らかい藤堂の唇が重なった。少し食むように口づけると、何度もリップ音を立てながらついばむ。その甘やかな口づけに僕は酔いしれてしまう。背中に回した手に力を込めて、真っ白なブレザーにしわを刻む。
「佐樹さん、大丈夫?」
唇が離れる頃にはやけに息が乱れて、瞳が潤んでしまう。胸がドキドキと高鳴って、それだけでもうどうにかなりそうなくらいだ。キスはもう何回もしたのに、いつだって初めてするみたいな気持ちになる。そのたびに、藤堂が好きだなって実感する。
「藤堂」
「なに?」
「うん、好き。お前が好きだ」
「俺も、佐樹さんが好きだよ」
気恥ずかしくなって目を伏せた僕の頬を撫でて、藤堂はまた僕の唇にキスをした。僕の心は甘くしびれて、心の中が藤堂でいっぱいになってしまう。だけどその瞬間が、嫌いじゃないって思ってしまうんだ。
end
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