バースデー
01


 誕生日を祝うのは生まれてきてくれたことに感謝するということだ。その人が生まれたことを喜ぶべき日だと思う。だからその日を祝えるのとても幸せなことだろう。
 そんなことを考えながら僕は、手に持ったボウルの中身を細心の注意を払いながらかき混ぜていた。

 ハプニングもあったホワイトデーのあと、それから僕はなにをしようかと六月の優哉の誕生日に思いを馳せた。三月の終わりに僕の誕生日を迎え、優哉には目一杯その日を祝ってもらったし、思いがけないプレゼントももらった。
 だからそれのお返しできるくらいのことがいいなと思い、不器用な僕なりの精一杯を形にするにはなにがいいだろうかと考えた結果。普段しなれない料理にまた手を出すことにした。けれど誕生日当日は平日なので仕事が終わってからになる。

 なので手の込んだものは諦めてちらし寿司とか、唐揚げくらいがいいだろうと考えた。それに加えて時間があると見越して、僕は無謀にもデコレーションケーキに手を出したのだ。
 毎週末に実家へと帰って母に作り方を習い、失敗を繰り返しながら完成へと近づけること二ヶ月。道のりはかなり険しくて、最初のうちは膨らまずにしぼんでぺたんこになったスポンジの残骸ばかりだった。
 それでもめげずに繰り返した結果、二回に一回はふっくらしたスポンジが出来上がるようになったのである。

「よし、こんなもんでいいかな」

 程よくかき混ぜた生地をケーキの丸い型に流し込む。そしてあとは温めたオーブンの中に入れて焼き上がりを待つだけだ。そのあいだにちらし寿司の具を作り置きできるものを用意しておく。
 これも実家の母にレシピを教わって何度か練習した。錦糸卵が綺麗にできなくてかなり手こずったけれど、繰り返しているうちになんとか見られるものが作れるようになった。
 あんまり細く綺麗には切れないのだが、人間やる気になれば大抵のことはできるのだなと思ったくらいだ。

「まだ時間は大丈夫か」

 今日は六月十四日、誕生日当日だ。仕事から帰ったらすぐに仕上げに取りかかれるように、今朝は四時半くらいから起きて下準備をしている。手際よくてきぱきと行かない僕には、それでもあっという間に時間は過ぎていく。
 具材の下ごしらえをしているあいだにオーブンが焼き上がりを知らせる。取り出したスポンジはいい具合に膨らんでいるように見えた。焼き上がったスポンジを落として空気を抜くことも忘れない。これでしぼまなければあとはあら熱を取ってしまっておくだけだ。

「あとはいいかな」

 しばらくキッチンの中でバタバタと支度を済ませると、時計の針はいつの間にか六時半近くなっていた。そろそろ優哉が起きてくる時間だ。急いで下ごしらえを済ませたものを片付け冷蔵庫にしまう。
 スポンジも今日はしぼむことなくうまく行ったので、冷めたものをビニール袋にしまいこれも冷蔵庫に入れた。

「佐樹さんおはよう」

「おはよう」

 ようやく片付け終わる頃に寝室の戸が開き優哉が顔を出す。彼は洗面所に向かい身支度を調えると、いつものように僕の朝食と弁当の支度をはじめる。僕はそれと入れ違いにキッチンを出て落とした珈琲で一息つくことにした。

「優哉、今日はどこかに出かけるんだっけ?」

 今日は第二火曜日なので優哉の店はお休みだ。そういえば先日休みに出かけると言っていた気がする。でも今日は彼の誕生日だから、予定は聞いておかなくてはいけない。

「あ、はい。少し買い物とかに行く予定です」

「そっか、夜は帰ってくるよな? 家でご飯にしたいから」

「もちろん帰りますよ。佐樹さんのご飯を楽しみにしています。夕方には帰りますね」

 今夜は僕が食事の支度をすると言っていたのを覚えていてくれたようだ。期待に添えるだけのものができるかどうかわからないけれど、準備は万端で整っている。あとは仕上げを頑張るだけだ。

「佐樹さんご飯できたよ」

 優哉は至極機嫌よさげな笑みを浮かべながら、綺麗な色形をしたオムレツを焼き上げる。それとともにオーブントースターで焼けた食パンもカウンターテーブルに置かれた。僕は手にしていた新聞を折りたたみ、出来たての朝食に箸を向ける。

「うまい」

 とろとろの半熟オムレツをパンに載せて頬ばると卵の甘さとケチャップの甘酸っぱさが口の中に広がる。それはバターたっぷりの温かいトーストと相性は抜群だった。添えてあるサラダやソーセージにも箸を伸ばし、あっという間に朝食を完食すると僕は両手を合わせる。

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 綺麗にすべて完食した皿を見て優哉は嬉しそうに目を細めた。彼と暮らし始めて僕の食生活はかなり潤っている。朝昼晩きちりとご飯を食べているのでかなり調子もいい気がした。
 しかし当たり前のようにいつも食事が用意されるけれど、もっと優哉に感謝をしなければいけないなと思う。休みの日もわざわざ早起きをして朝食や弁当を用意してくれる。それは一日も欠かすことはない。

「僕ももうちょっと料理を勉強しようかな」

「料理に目覚めてきました?」

 ぽつりと呟いたら優哉は優しく目を細め、小さく笑った。それはからかうような笑いではなく、微笑ましそうに僕を見守る笑みだ。
 こうして料理に興味を持ち始めたことを喜んでいるのだろう。料理を作るようになればそれを自分で食べることにもつながる。無精な僕には大きな進歩だろう。

「朝とか夜とか、お前が忙しい時に代わりに作れるようになりたい」

「今度一緒になにか作りますか?」

「そうだな、お前が休みの日に一緒になにかしよう」

 いまは仕事へ行く前に優哉が夜のご飯を仕込んで出かけている。なんだかんだと朝の貴重な時間のほとんどを、彼は僕のために割いてくれているのだ。だからもう少し僕も彼の役に立ちたいと思う。そのためにはやはり料理を勉強するしかないだろう。

「あ、佐樹さん。そろそろ時間ですよ」

「うん、ありがとう」

 台所を片付けた優哉は弁当を包み、それを忘れないよう僕に持たせてくれる。なにげない朝のやり取りだけれど、なんだかそれだけで幸せを感じてしまう。今日一日頑張ろうという気になるのだ。

「ゴミ捨てに行くので俺も一緒に下ります」

「え? ゴミくらい僕が出しに行くのに」

「見送りくらいさせてください」

 わざわざ下りなくてもいいのにと思ったが、そんな風に言われると悪い気はしない。急いで身支度を調えると、二人で一緒に家を出ることにした。差し伸ばされた手を取り、自然とつなぎ合わされた手はマンションのエントランスに着くまで離れなかった。

「じゃあ、行ってくるな」

「いってらっしゃい。頑張ってきてください」

 繋いだ手を離す瞬間、ふいに身を屈めた優哉に口づけられた。驚いて目を丸くする僕に、彼は満足げな笑みを浮かべる。

「誰か来たらどうするんだよ」

「エレベーターと周りは確認しました。ここ防犯カメラもない位置ですし」

「もう、びっくりするだろ」

 じわじわと熱くなる頬は誤魔化しようがなく、気恥ずかしくて目を伏せたら優しく髪を梳いて撫でられた。その手のぬくもりに顔を上げれば、優哉は優しく微笑み今度は頬に口づける。
 そんなことをされるとなんだか離れるのが惜しくなって来るではないか。少し恨めしげに見つめるけれど、彼は笑顔で僕を見つめるばかりだ。このままだと本当に離れがたくなりそうな気がした。
 しかしいつまでもこうして二人でいたい気持ちはあるけれど、遅刻するわけにもいかない。意を決して背伸びをすると、僕は優哉の口先に口づけた。

「行ってくるな」

 突然のお返しは予想外だったのか、優哉は驚きに目を丸くする。その表情に満足した僕は、立ち尽くす彼に大きく手を振って足早に駅へと向かう。歩く足取りはなんだかとても軽かった。


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