バースデー
04


 心許ない感覚に思わず腕を伸ばして首筋に抱きついたら、背中をあやすように叩かれた。

「少し横になっていたほうがいいですよ。もう目が回ってるでしょう」

 僕を抱き上げた優哉はまっすぐに寝室へと足を向ける。まだ眠るつもりはないと抵抗したいけれど、頭がふわふわとして身体にも力が入らない。できるのは弱々しく彼が着ているシャツを握ることくらいだった。

「優哉、まだ寝ない」

「すぐに眠くなりますよ」

 抱き上げられた身体をベッドに横たえられると、触れていた熱が離れていく。急に不安が広がるような寂しさを感じて、僕はしがみつくように優哉の腕を掴んでしまう。僕の手を見つめ彼は驚いた表情を浮かべた。

「一人になりたくない」

「寝るまで傍にいますよ」

 強く掴んだ腕を引き寄せると、優哉は僕の髪を撫で梳きながらベッドの端に腰かける。優しい手はぬくもりを感じてとても気持ちがいいけれど、心の中にあふれてきた寂しさはそれだけでは埋まらない。

「ちゃんと抱きしめてて」

「ほんとに困った人ですね」

 僕を見下ろす優哉に両腕を伸ばしたら、小さくため息をつかれてしまった。勝手に飲めないお酒を飲んで、勝手に酔っ払っている僕はさぞかし面倒な男だろう。けれどいまはもっと触れていたくて仕方がない。じっと見つめていたらじわりと涙が浮かんできた。

「優哉、寂しい」

「……そんな可愛い顔してそういうこと言わないで」

 再びため息をついた優哉は僕の目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。そして身を屈めて唇を重ねた。

「ゆう、や」

 ほのかな熱が触れただけなのに、なんだか触れた先から恋しさが増していく。その恋しさは胸にじわじわと広がり、もっと触れる熱が欲しくなって僕は必死で腕を伸ばしていた。そして伸ばした腕を首元に絡めると、彼を強く抱きしめる。

「どこにも行くな」

「行きませんよ、どこにも」

 しがみつくように抱きつけば、彼は僕の背中を抱きしめ返してくれた。背中に感じる手のぬくもりに思わず安堵の息を漏らしてしまう。頬にすり寄って甘えると、こめかみやまぶたに口づけを落としてくれる。いまは少しの時間も離れていたくないと思ってしまう。

「優哉、もっとキスして」

「……俺の理性を焼き切る気ですか」

 眉間にしわを寄せて苦い顔をする優哉だったけれど、その先を請うように見つめれば性急に唇を重ねてきた。普段とは違う息もできぬほどの口づけに、思わず肩を跳ね上げて身をよじってしまう。けれどその肩まで抱きすくめられ、溺れるように口づけを受け止めるしかできなかった。

「これから先、絶対に人前でお酒は飲まないでくださいね」

「ぅん、飲ま、ない」

「約束してください」

「んっ、する、約束、するから、ぁっ」

 触れた口づけは次第に深くなっていき、身体が火照ったように熱くなっていく。その熱のやり場がわからなくて、しがみつくように優哉に抱きついた。彼はそんな僕の頬を撫で、指先で首筋をくすぐる。その感触に肩を震わせれば、僕を見下ろす瞳に艶めいた光が宿った。

「ねぇ、佐樹さん。俺は普段でも気が気じゃないのに、こんなに無防備な姿をほかの人に見せたりしたら、気がおかしくなりそうだよ」

 濡れた唇を撫でられるだけで肌がぞくりとした。浮かんだ涙が止めどなくこぼれて頬を伝い落ちていく。
 それを拭うように舌先でなぞられれば、口元からは熱い吐息が漏れた。熱に浮かされたみたいに身体が熱くて仕方がない。けれどその熱を僕に与える彼を離すことはできなかった。

「あっ、ん……」

 唇から伝い落ちた口づけが首筋を撫でる。シャツの裾から滑り込んだ大きな手に優しく触れられるだけで、肌がざわめき口元からはしたない声が漏れる。
 聞こえてくる自分の声に耳を塞ぎたくなるけれど、それも叶わず目の前にいる彼を抱きしめるしかできない。けれど僕の声に甘さが混じるたびに優哉は嬉しそうに目を細めるのだ。

「そんなに、見る、な」

 一枚一枚と衣をはがされて、肌が外気にさらされていく。けれどいまは彼の触れる手が熱くて、その熱で肌は紅く色づいていくばかりだ。

「綺麗な薄紅色だね」

 愛おしげに自分を見つめる視線に胸の鼓動がどんどんと早くなっていく。指先が肌をなぞり、唇が伝い落ちるように滑る。そして身体中に口づけられて、肌を余すことなく触れられた。
 彼に触れられるだけで嬉しいと感じてしまう。身体の奥まで触れる手に身をよじらせるけれど、開かれる身体はためらうことなく優哉を求めていった。

「佐樹さん、力抜いて」

「ゆ、や、ぁっ、あっ」

 彼の熱に侵食されていくような感覚は、何度味わっても慣れることはない。背中にしがみついてそれしかわからないみたいに彼の名前を呼んだ。声にならない声が喉を通り過ぎていく。それでも僕の声に応えるように優哉は何度も口づけてくれた。
 触れる熱が愛おしくて仕方がなくなる。

「ゆう、や……あつ、い、溶けそう」

「それは俺の台詞だよ」

「やぁっ、あっん」

 ゆらゆらと揺れる視界――強く何度も揺さぶられる身体が熱くて、触れたところから溶けてしまいそうだ。熱に浮かされ、押し開かれていく感覚に身体が震える。けれど身体を過ぎるのは快感ばかりで、それを押し止める術を僕は知らない。それどころかその先を請うように彼を引き寄せてしまう。

「ぅんっ、優哉、もっと、抱きしめて、ぁっ」

 隙間がなくなるくらいぴったりと身体を寄せ合い、お互いの熱を感じる。それがどうしようもなく心を満たしていくから、すがりついて彼を何度も求めてしまった。
 身体を震わせて熱を吐き出す頃には、お互いが混じり合って一つになってしまうような気さえした。彼とつながるといつも離れるのが惜しいと思ってしまう。

「優哉、キス、したい」

 まだ離れたくなくて手を伸ばして彼の髪を梳いて撫でた。そして引き寄せるように腕に力を込めると目を閉じる。今日は優哉のことを甘やかしてあげるはずだったのに、甘え縋るのをやめられない。
 僕ばかりが彼を求めてしまっている気がする。けれど目の前にいるその人が愛おしくて欲しくて仕方がないのだ。

「佐樹さんはどんどん綺麗になるね」

「綺麗? 僕が?」

 ついばむような口づけを受け止めながら、僕は目を瞬かせ彼を見つめてしまう。けれど優哉は僕を眩しそうに見つめ、頬を優しく撫でる。

「最近ますます艶っぽくなってきたから、俺は気が気じゃない」

「僕のどこが?」

「潤んだ眼差しも、紅く濡れた唇も、白い綺麗なうなじも、指の先まで色っぽいよ」

「そ、そんなの気のせいだ」

 うっとりとした眼差しで見つめられ、頬が一気に熱くなった。指先で目尻や唇、首筋を撫でられ、肌がざわめきぞくりとしてしまう。小さく声を漏らしたら、さらにその声を誘うように耳の縁を撫でられる。

「少しは自覚して欲しい」

「無理だ。だって全然そんな風に見えない」

「無邪気にほかの人に笑うだけで胸の中が真っ黒になりそう」

「それは、僕だってそうだ」

 知らない誰かに微笑みかけるだけで胸が嫉妬で焦げて真っ黒になりそうになる。ほかの誰かが彼を振り返るのも、熱い眼差しを向けるのも嫌だ。

「同じこと、俺も感じてるんですよ」

 そんな風に言われてはなにも言い返せなくなるではないか。優哉がほかの誰かに嫉妬していると聞いて嬉しくなってしまう。僕の中の独占欲が満たされていく。

「き、気をつける」

「そうしてくれると嬉しいです」

「うん」

 いまだに僕が誰かの目を惹くだなんて信じられないけれど、優哉に心配かけないようにしようと思う。僕がされて嫌なことはしないようにすればいいのだ。それなら僕にもできるだろう。そしてしてしまった時は謝ることが最善だ。僕は優哉の指先を握ると彼の目をまっすぐに見つめた。

「今日は調子に乗って羽目外してごめんな」

「佐樹さんに甘えてねだられるのは悪い気がしないよ。むしろプレゼントをもらったかも」

「……恥ずかしいからそんなこと言うな」

 いまはまだお酒の力でふわふわとしているけれど、明日の朝、目が覚めたらきっと恥ずかしさで埋まりたくなる気がする。いまどきそんなことはしないといいながら、結局自分で自分をさらけ出すことになってしまった。
 勢いでお酒なんか飲むもんじゃないと反省してしまう。熱くなる頬を誤魔化すように優哉の肩口に額を擦りつけて、腕を伸ばして彼の背中に抱きついた。

「佐樹さん、今日はありがとう」

「それは僕の台詞だ。今年は少しばかり失敗したけど、来年はもっと頑張ってお前のことちゃんと甘やかすから」

「それは楽しみですね」

 嬉しそうに目を細めた優哉は僕の額に優しく口づけをしてくれた。それがたまらなく幸せで胸が温かくなった気がする。彼といると些細なことさえも喜びに変わるのだ。恋人と一緒にいられるいまがかけがえのないものなんだと気づかされる。

「優哉、誕生日おめでとう。また来年も、再来年も、ずっとお前が生まれた日に感謝するよ」

「ありがとう。いま俺、すごく幸せです。佐樹さんもっと抱きしめていい?」

「ああ、いいよ」

 強く抱きしめ返してくれるぬくもりにほっとした気持ちになる。そっと胸元に頬を寄せたら緩やかな優しい音が響いてきた。その鼓動を感じて僕は今日この日を迎えられたことを心から感謝した。彼がいてくれるから僕はこうして幸せでいられるんだ。

「佐樹さんの傍にいられるいまを大事にしたい」

「うん、そうだな。これからもずっと変わらず一緒にいような」

「お互い年老いるまで一緒にいたいですね」

「ああ、白髪が増えて、しわが増えて、おじいさんって呼ばれるくらいになっても、一緒がいいな」

 いつか死が二人を分かつその時まで、二人で一緒に生きていけたらいいなと思う。なにげない毎日を過ごしながら、笑って暮らしていけたらいい。だからこの幸せがこの先も続くように、僕は願いを込めてそっと優哉の胸元に口づけた。
 この優しい音が僕を癒やしてくれる。ただそれだけのことでも僕は嬉しくて仕方がないのだ。彼が生まれた日――これからもその日をずっと大切にしていきたいと思う。


[バースデー/end]
2016/6/14


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