ゴポリ

細胞が泡立って崩れ落ちる音がする。
違和感を感じて左手に目を向けると人差し指と中指がどろどろに溶けていた。
「本当に滑稽だなぁ」
呟いたら今度は薬指が音を立てて溶け落ちた。
あ、小指も溶けてる。


品種改良
美味しいものと美味しいもの
掛け合わせたらもっと美味しくなる。
そんな子供でも分かる常識を元に私は試験管から生み出された。

美味しいけれど捕獲が難しく個体数が少ない動物と個体数が多い人類とを無理矢理掛け合わせた紛い物。

人と同じ見た目でも動物本来の異常な力を持った体は細胞の活性化に耐えられず、よく柔らかくなり、溶け落ちた。





「それって痛くないの」
「痛くないよ」
「けど見てて痛そうだ」
「…なら見なきゃいいのに」
私を膝に乗せたまま彼は溶け落ちた左手を見てそう言った。
「お風呂入ろうと思ってたのに」
「今入ったら全て流れちゃうから今日は我慢だね」
「外にも出れないね」
「今夜は一晩中雨だからね」
窓の外では雨が強く地面を叩き、窓ガラスをも強く叩いている。
テレビでは綺麗なお天気お姉さんが
今夜は一晩中強い雨になるでしょう。と豪雨のなか傘をさして必死にリポートしている。
ぼたぼたぼた と
細胞の溶け落ちる音と雨の音が部屋にやけに静かに響く。
音がそれだけしかない空間はただただ気まずい。



彼は毒人間だ。
多くの抗体を持ち、新たな毒をも体内で精製することの出来る人間。
その特殊な体質故に研究者に追いかけ回されたり危険生物として隔離されかけたこともあるらしい。
短期間で毒を体内にいれたことによって作られた毒人間。
研究者のわがままと好奇心から人間離れしてしまったかわいそうな生き物。

「ココは私が全て流されちゃったらどうする?」
「…それは困るなぁ」
「そっか」
「もしそうなったら全て集めて瓶に入れて飾るよ」
「…それは困るなぁ」
「うん。だからそんな事言わないで」
そう言って後ろから抱き締められた。
力加減がされてなかったから骨が小さく鳴った。痛い。

「ココ。ココ。少し苦しいな」
「今だけ」

だからお願い。
そう切羽詰まった声で言われては流石に振り払う事も出来ずおとなしく
彼の腕の中に収まる事にした。



でも一体どうしたのだろうか。
何が彼の繊細な琴線に触れたのだろうか。
瓶詰めを拒否した点か。
いや瓶詰めは拒否して当然だろう。
では何が。
回り始めた思考をテレビの雑音が邪魔をする。
テレビの中ではアイドルが楽しそうに笑いながらケーキを口に運んでいた。

煩わしかったのでチャンネルを使い電源を消すと静かになる部屋と真っ暗になる画面。不意に見た真っ黒な画面に写っていたのは腕を溶かした化物と美しい人間様だった。


彼と私の明確な違いについてここで述べよう。

まず、社会的地位だ。
私の社会的地位はゴミ屑同然だが彼は違う。
彼はかの有名な美食屋四天王として敬われ、認められ、世界を救ったり救わなかったりしている。

他にも彼の毒という力は認められ、人々の役に立っているが私の細胞の異常活性なんて役にも立たないし利益にもならない。

そして最後にこれは重要だ。
強く主張したい。
そう。彼は私と違い、生まれながらの人間様なのだ。
人と人の遺伝子から生まれたのが彼である。
それに比べ私は生まれながらの紛い物だ。どっちつかずの半端者。人間は何を足しても人間だ。
それと同じで紛い物に何を足しても紛い物でしかない。





「君が居なくなるのは悲しい」
私の肩口に額を埋めているせいか少しこもった声がそう言った。
「私が居なくてもココにはトリコとかサニーとか小松くんとか居るよ」
「それとは別だよ」
「そうなの?」
「君は特別なんだよ」
それは同族という意味で?
でも私は同族なんかじゃないんだよ。
そう言いそうになるのをぐっと抑える。

「私にとってココも特別だよ」

細胞の溶け落ちる音と雨の音が煩い。
ざぁざぁぼたぼた
まるで私の心が泣いているみたいだ。



私の特別と彼の特別の意味は多分違う。
「ココ。痛いよ」




 我は汝が人狼なりや 様 提出


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