キャラメルミルキー?/立向居勇気 寝返りを打とうとしたところ、何かに動きを遮られた。固くて重たいそれは、身体にしっかりと巻きついている。 そこまで確認して名前はようやく“何か”の正体を悟った。思考が覚醒する。 「……勇気、いつの間に潜り込んだの?」 重りの正体は、同棲相手で恋人の立向居勇気だった。 確かに自分の布団のはずだと、名前は首だけ動かして確認する。掛け布団は暖色を基調にしたもので、やはり名前の布団に違いなかった。 ちなみに、勇気の布団は寒色を基調にしたものだ。同棲するにあたって、お互いの私物がわかりやすいよう色で分けることにしたのだった。 「ねえ、勇気ってば」 どうやら眠りが深いようで、珍しくなかなか起きようとしない。仕方なしに強く揺すると、勇気は気だるそうに低く呻(うめ)いた。 「……夜中ですよ。一緒に寝てもいいですかって聞いたじゃないですか」 「え、うそ」 当然、共寝(ともね)を許した記憶はない。 「本当です。……まあ、名前さん寝ぼけてたみたいで、曖昧な返事しかもらえませんでしたけど」 「……確認の意味ないじゃない、それ」 どうりで記憶にないわけだ。半分眠っている状態でかけられた言葉など、覚えているはずがない。 名前は溜息を吐くと、勇気の胸を軽く押し返した。 「とにかく、そろそろ起きるから離して」 「もう起きるんですか? 名前さん、昨日も遅くまで仕事だったじゃないですか。もう少し寝ててもいいんですよ」 「でも、朝ご飯とか作らなきゃいけないし」 「俺が代わりに作りますから」 「それは遠慮しておく」 即答したのは、勇気の料理に問題があるからだ。決して不味(まず)いわけではないが、彼の作るものは総じて味付けが辛すぎるのだ。真っ赤な食事は遠慮したい。 今度は強めに胸を押し返すと、勇気はしぶしぶ名前を解放した。 「名前さん、辛いの苦手ですよねえ」 「辛いのが苦手なんじゃなくて、ほどほどがいいの」 二人で洗面所に向かいながら交わした話の内容に、名前は思わず苦笑した。 彼が作った香辛料たっぷりの食事を思い出す。あれをまともに食することができるのは、目の前の彼くらいのものではないだろうか。しかも本人が無自覚なものだから性質(たち)が悪い。おかげで名前は未(いま)だかつて、彼の味覚について言及できた例(ためし)がない。 「そんなに辛かったですか? 控えめにしたつもりだったんですけど……」 心底不思議そうに言うものだから、名前はいよいよ苦笑するしかなかった。 大学生となり、出会った頃に比べてずっと男らしくなったものの、その顔つきには生来の温和な人柄が滲んでいる。そんな甘い外見とは裏腹に殺人的なほど辛い味付けを好むというのだから、人間わからないものである。 実際、勇気は外見だけでなく中身も甘い。“甘ちゃん”というわけではなく、まとう雰囲気だとか、そういうものだ。彼と共にいると、名前は年上にも関わらず自分のほうが甘やかされているような気になるのだった。 「ご飯とパン、どっちがいい?」 「ご飯がいいです」 「りょーかい」 名前が冷蔵庫を漁りながら欠伸を噛み殺していると、勇気ががさごそと音を立てながら何かを取り出した。 「はい、名前さん。あーん」 「え、なに?」 「あーん」 「……あーん」 促(うなが)されるままに口を開けると、何かが放り込まれた。舌先で転がしてみる。――甘い。 「なにこれ?」 「飴です。眠い時は糖分を摂取すると目が覚めるらしいですよ」 「ありがと」 とは言え、どうやら相当な甘さであるらしい。勇気が持っている飴のパッケージに書かれた説明によれば、キャラメル味のキャンディーのセンターに練乳が入っているようだった。 「……確かに、糖分は高そうだね」 「甘いほうが好きでしょう?」 そうは言ってない。味付けはほどほどがいいのであって、辛すぎても甘すぎても駄目なのだ。これに関しては前々から言ってはいるのだが、なかなか信じてもらえないためもはや訂正する気も起きなかった。 名前は返事をせず、別の話題に切り替えることにした。 「そういえば、この飴って勇気に似てるかも」 「俺に?」 ぱっと思いついたことを口に出しただけだったが、案外それが的を射ている気がした。 「私ねえ、初めて勇気に告白された時、この子は私には甘すぎると思ったのよ」 「甘すぎる?」 「まあ、物のたとえなんだけどね。何と言うか、あの頃の勇気ってすごく一所懸命に気持ちをぶつけてきてくれたでしょ。純粋すぎたというか、私にはまぶしかった」 「うっ、まあ、駆け引きなんて知りませんでしたから。とにかく必死だったんです」 がむしゃらに追いかけていた頃の記憶を掘り返されて、勇気は恥ずかしそうに顔を赤くした。こういうところは、未だにどこか初々しい。 「あとは、歳の差かな」 「ああ、気にしてましたよね。俺も何度か思いました。もう少し早く生まれていればって」 名前が社会人、勇気が大学生となった今でこそ世間からの風当たりは弱まったが、それでもまだ世間体がいいとは言い難い。 「半(なか)ば押し切られるようにして付き合ったけど、勇気ってば付き合う前より更に甘やかしてくれるんだから」 「え、そうでしたか?」 「そうだよ。何だかくすぐったかった」 くすくす笑って、名前は味噌汁に使う野菜を切り始めた。 「ほら、その飴、中にクリームが入ってるでしょ。外側のキャラメルも甘いけど、中のクリームが出てくるともっと甘い。それがなんだか勇気に似てるなって。付き合う前も優しかったけど、付き合ってからはもっと優しい」 「……名前さん」 名前が呼ばれて振り返ると、勇気は彼女が持っていた包丁を奪い、まな板の上に置いた。 そして彼女の顎を掬(すく)うと、そっと口づけた。 「……ん」 真綿で包みこむような優しいキスに、思わず名前の唇の合間から息が漏れる。じんわりと広がる熱が、眩暈(めまい)がするほど甘く感じる。 そしてゆっくり唇を離しながら彼は言うのだ。 「甘いほうが、好きでしょう?」 この甘ったるさがいつの間にか病みつきになっていたことなど、どうやら彼にはお見通しだったらしい。 110518 提出 |