手を繋げばいいんじゃないかな/一之瀬一哉


最悪だ。
俺としたことが、1番やっちゃいけないことをしでかしてしまった。そう、名前先輩と、喧嘩したのだ。
原因は俺で、悪いのも全部俺。名前先輩はなにも悪くないし、なにも関係ない。なのに俺は勝手に、一方的にキレてそのまま走って出てきてしまった。うっわあああ、どうしようどうしようどうしよう…嫌われた、確実的に嫌われた


「もう俺生きてけない…」
「情けないなあ、一之瀬くんったら!」


腰に手をあてて俺を見下ろす秋が、ため息をつきながらそう言った。涙目で秋を見上げると、なんでそうなったのか詳しく話してごらん、と優しく悟られる。秋は俺のお母さんみたいだなと思った。あ、だったらお父さんは土門かなあ。そんなことを考えながら、俺は秋に詳しく事情を話すことにした。


「…廊下でよく、名前先輩にあうんだけど」
「うん」


それは委員会か何かで、二年の階に用事があるかららしくて。俺は校舎内で名前先輩に会えるのがすごく嬉しくて(だって学年が違うせいでなかなか会えないから)、だけどひとつだけ気にくわないことがあるんだ。ほら、委員会って男女1人ずつでしょ?名前先輩を目撃すると必ず、隣にいる男がいてさ。ただでさえ違う学年で、しかも名前先輩ってあんまり好きとか言ってくんないから、ちょっと不安になって。だってその男は俺の知らない、授業中の黒板写す名前先輩とか居眠りする名前先輩とかを知ってて、しかも同じ委員会って、そんなの、ずるいじゃないか。だからちょっともだもだしてたんだけど、今日、たまたまよろけた名前先輩をそいつが後ろから支えた瞬間を見ちゃってさ。それだけでもイラッてしたのに、名前先輩が笑顔でありがとうって言うから。名前先輩は俺のなのに、そんなの、我慢できなくてそれで


「もういいストップ」
「えっ」
「それで名前先輩に酷いこと言って逃げて来ちゃったわけ?」
「…うん、そんなかんじ」


そう、そのあと名前先輩が廊下で立ち尽くす俺に気づいて、俺の名前を呼んで。嬉しそうに駆け寄ってきた先輩にもなんだかイライラして、のびてきた手も振り払って、頭に血が上って、


「なんて言ったの」
「…先輩なんか大嫌いだ、触らないで下さい、って」


こんな、最低なことまで言って。
俺の言葉を聞いたあとの先輩の表情は、思い出したくないくらい悲しそうでショックをうけてて、俺は、1番大事な人を傷つけたんだ。謝ろうと思ったけど、先輩の表情をみると今度は頭が真っ白になって、気づいたら秋のところに転がり込んでた。なんとも情けない話だけど、事実だから仕方ない。だって先輩のあんな表情、はじめて見たんだ。


「どうしよう…」
「ねえ、一之瀬くんはまだ名前先輩のこと好きなんでしょ?」
「っ当たり前だろ!」
「なら、大丈夫だよ」


秋があまりにも自信たっぷりに言うから、俯いていた顔をあげて彼女を見上げる。すると彼女の視線は俺ではなく、廊下のほうにむいていて。俺も同じように視線を移すと、目を見開いた。そこには、緑の中で一際目立つ色のリボン。名前先輩が、教室の入り口で立っていたのだから。


***


「……」
「……」


ただ黙ったまま校舎裏に突っ立って、どれくらい時間が過ぎたんだろうか。ここには見える位置に時計はないし、さすがに携帯を出すわけにはいかないので時間は分からないけど、俺にはサッカーの試合よりずっと長く感じられた。
「ちょっと、場所移そうか」教室に来た名前先輩に恐る恐る近づくと、それだけ言われたので後ろから着いて言ったら、先輩はここで足を止めた。表情は、まだ確認できてない。

別れ話なんじゃないだろうか。秋は自信たっぷりに「大丈夫」って言ったけど、俺は全然大丈夫じゃない。何てったってあんなひどいこと言ったんだから。…もし、名前先輩に直接「別れよう」って言われたら、俺はなんて返すつもりなんだ。「別れたくない」?…勝手すぎる。「ごめんなさい」?…謝って許してもらえると思う?やっぱり全然大丈夫じゃない。俺は名前先輩が大好きで、別れたくなんかないんだ。フラれたらきっと、立ち直れない。
…やっぱり、謝らなきゃ。勝手だけど、許してもらえなくても、謝って俺の気持ちを伝えなきゃ。それなのに、口が動かない。あの時の先輩の顔が、フラッシュバックして頭がはたらかない。

言えよ、俺。ほら、早くしないと、ほら、!


「ごめんなさい」
「え…」
「私、一哉に甘えてたよね。ほんと、ごめんなさい」


がばり。こちらを向いて勢いよく頭を下げた名前先輩を見て、目を見開いた。先に口を開いたのは、俺ではなく名前先輩。しかもそれは文句ではなく、謝罪の言葉。ちょっと待って、先輩はなにも悪くないのに、どうして謝って、


「私、一哉が好きなの」
「は…」
「一哉が私のこと嫌いでも、私は、一哉が……うぐっ…」
「ちょっ、せんぱ…」
「お願いだから、別れるとか、ぐすっ、言わないで…」


ぼろぼろと涙を流しながら、名前先輩はまるで子供のようにそう言った。大きな目からこぼれ落ちた雫は、ぽたぽたと制服や地面に染みを作っていく。それを見て俺は、咄嗟に先輩に手を伸ばした。


「ごめ、先輩、ごめんね」
「なん、で、一哉が、あやまるの」
「先輩は悪くないんだ、俺、おれ」


そう、先輩は悪くない。掴んだ手首はびっくりするくらい細くて、少し震えていた。全部俺のせいなんだ。右手にぎゅうっと力をこめる。先輩、せんぱい、泣かないで。


「あれ、嘘なんです。ほんとは俺、先輩がいないと生きていけないくらい先輩が好きで、それで、嫉妬したんです。あの男の先輩に」
「え…」
「好きです、先輩、あんなこと言ってごめんなさい。俺、カッコ悪いし年下だけど、名前先輩の隣にいたい」
「かず、や…」


カッコ悪い。俺が名前先輩なら、確実にフってる。だけど先輩は、そんな俺を好きだと言ってくれた。嬉しいんだ。こんな状況なのに、先輩が泣きながら別れたくない、って言ってくれたことが。泣かせてごめんなさい。全部ぜんぶ、謝るから。もう絶対、泣かせたりしないから。だからお願い、俺のそばにいてください。俺の隣で笑っててください。大好きなんです、名前先輩のことが。

名前先輩の腕をそっと引き寄せると、先輩は抵抗することなく俺の腕のなかにおさまってくれる。先輩の温もりに心地好さを感じながら、まわした腕に少しだけ力をこめた。


***


「あ、おかえり一之瀬くん」
「ただいま、秋」
「どう?大丈夫だったでしょ?」
「うん、…えへへ」
「なあに、その顔!」


だらしないよ!くすくすと笑いながら言う秋を見て、思い出すのはさっきの先輩の言葉。つい1時間前は先輩に嫌われたんじゃないかとこの世の終わりみたいな気分だったのに、今はどうだろう。幸せ絶好調だ。ああ、ほんと先輩好き、愛してる。


『私だって他の女の子に嫉妬してる。さっきだって秋ちゃんと一緒にいたし、一哉人気あるし、…いつも不安なんだからね』


先輩だって不安だったんだ。それが分かっただけで、十分幸せ。でも、また不安になってしまったら、その時は先輩の手をとろうと思う。だってあの時繋いだ手は、とっても温かかったから。



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