泣き虫ベイビー/綱海条介



「あっ!条介くん、おかえり」

地方の大会が終わり、久々、数週間ぶりに家に帰った。…帰ったら、リビングのソファーに座る彼女。と、その彼女の腕の中には、…赤ちゃんがいた。
俺は足を止めて、赤ちゃんを凝視。きっと、赤ちゃん。たぶん、赤ちゃん。パチパチと瞬きを繰り返してみるも、やっぱり…。やっぱり、彼女の腕の中で気持ちよさそうに寝ているのは、紛れもない赤ちゃん!!くっそおおおお!!俺だってまだ、彼女の腕の中で寝たことないのに!!…なんて、ギリギリと心の中で悶絶していると、彼女は足を止めていた俺を不思議そうに見て、首を傾げた。「条介くん?どうしたの?」その言葉にハッとして、俺は慌てて彼女のそばに座りこんだ。


「…ちょ、俺聞いてないぜ…!」
「えっ」


「いつ、いつだよ、お前いつ、子供産んだんだよ!?」


赤ちゃんが起きないように抑えた、でもちょっと大きめの声で、俺は訴えかけた。俺の言葉に彼女は驚いた表情をしたかと思えば、自分の腕の中にいる赤ちゃんを見て、理解したのか可笑しそうに笑いながら、続けた。


「ふふ、ごめんね…、条介くんが遠い地方の大会に行っちゃってるときに、こっそり産んじゃった」
「えっ」
「かわいいでしょう?」


「た、たしかに、すごく、かわいい、けどよぉ……まじか…まじか」


ウソだろ…。俺はそう思いながら、その場に座り込む。プロポーズもまだだったのに、知らないうちに、子供とか、ちょっと、待ってくれよ…でも俺、あんときちゃんとした気が……、いや、でも、彼女との子供なら全然嬉しいけ「うそだよ」…ウソ?ウソか、そうか、ウソ……「えっ」俺は、顔をあげて彼女を見た。ら、くすくす。口元に手を当てて、可笑しそうに笑う彼女。そんな姿に、俺は騙されたのだと気付き、項垂れた。


「なんだよぉーびっくりしただろぉ…ホントに子供産んじまったのかと思っちまった…!」
「数週間では赤ちゃんは産めませんー。単純というか、アホすぎるよ、条介くん」
「頭が回らなかったんだよーうっせー…」


俺は座り込んでいた体を起して、むすっと頬を膨らませながら、彼女の隣に腰かける。相変わらず、くすくす笑う彼女の嬉しそうな表情を見たら怒る気も失せ、膨らんでいた頬を萎ませて、同じように笑う。「で、どーしたんだよ、その子供」「近所の奥さんが外せない事情が出来たらしくて、預かってるの」ぽんぽん、と背中を叩きながら子供をあやす彼女に、どきっとする。本当に赤ちゃんが出来たら、こんな嬉しそうな表情すんのかなぁ…。「…あ、赤ちゃん、欲しい、とか…思う、か?」ぼそり、思ったことを問いかけてみれば、彼女の視線が赤ちゃんから、俺に向く。いや、深い意味はないからな!と後付けをして、彼女の答えを待っていると、少し経ってから、ニヤニヤした表情で返事が返ってきた。


「条介くんが、ひとりで稼げるようになって、数週間で子供が産めないこともわかってくれたら、欲しいなぁ…」

「ばっ、俺そこまでバカじゃねぇよ!数週間で産めないことぐらいわかってるっての…!」

「え〜ほんとぉ〜?」


バカにしたようにそう言う彼女。ひでぇ、ひでぇよ。…けど、本当、痛いところを突くぜ…。彼女はもう働いていて立派な社会人だし、この家の家賃もほとんど彼女が出してる状態だし(俺はバイト代からちょーっとだけ)、俺の夢のわがままもほとんど聞いてくれて。頭が上がらないというのはこういうことを言うのだと改めて実感する。ったーっはぁ!だめだなーっ、俺。全然だめだぜ…。いつか別れ話を切り出されても…。と、後ろ向きになる自分とダメさ加減に嫌悪を感じ、ソファーにもたれ掛かる。



「…なーんてね」
「…ん?」
「まだ、赤ちゃんはいらない、かな」
「…えっ」
「ほ、ほら、だって、」
「……」


「…まだ、条介くんと、一緒にいたいもん」


「…っ!」



かあっと、彼女の顔がみるみる赤く染まり、終いには俯いてしまった。そんな姿の彼女の姿に、俺は、俺は、ドキドキが止まらなくて、止まらなくて、その場に立ち上がる。



「おっ、俺も、俺も、あ、赤ちゃんなんか、まだいらねぇよ!!!だ、だって俺、お前っ『っう…』


「えっ」
「あっ」



『ひぅ、……ひ、ひぎゃ、ひぎゃぁあうううううう』


俺の声を遮り、リビングに響く赤ちゃんの悲鳴。「あーごめんねーごめんねー…だいじょうぶだよー」彼女は泣きだした赤ちゃんの背中を優しく叩き、声をかけながら泣きやませようとする。俺はそんな姿を見て、慌てて赤ちゃんの視界に俺が映る場所によって、自分の頬を引っ張り、力の限り、変な顔をした。


「おいっ、ほら、お前、ばあっ」

『…あっ、あう』

「ぐあ〜あっ」


「…っぷ、条介くん、な、なにそれ、変な顔っ!」
「なっ、…なんでお前が笑うんだよっ!」
「だ、だって…おか、し…」

『…うきゃっ』

「あっ」

『ぶーぅ、ばぁー』


「「…笑った!」」



けらけら笑う彼女に俺は頬を膨らませて睨んでいると、赤ちゃんの心のどこかでそれが面白いと感じたのか、腕の中にいた赤ちゃんは嬉しそうに笑った。きゃっきゃ、と手を叩く赤ちゃんを見て、俺は彼女に視線を向けた。すると、彼女も俺を見て、嬉しそうに微笑んだ。俺も、同じように微笑む。
……まだ、当分二人でいたいけど、でも、赤ちゃんがいる未来も。



いいな、って思う。


















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