私の青春が迷子です/鬼道有人 窓から見えるのは、馬鹿みたいに広がった青い空と、まるで見計らったみたいに満開の桜だった。校庭や階下のフロアからは軽い悲鳴や、笑い声や、泣き叫んでいる声が届いてくる。 ──…卒業、だって。 まだ二年生としてのモラトリアムが残っている私は、他人事みたいにそれを感じていた。卒業だって言われたって、部活にも生徒会にも所属していなかった私にはどうしても感情が湧かないみたい。 時が過ぎて、私が一つ年を取って、誰かが学校を去り、そして誰かが学校に入ってくる。そんな平凡なサイクルに私は組み込まれて流されていくだけだった。 ぼけっと窓の外を眺めていると、桜の花びらが嫌がらせみたいに吹き込んできた。 …泣け、って言ってるのか? そんな私にも、今日だけは何だか少しだけ感傷が移ってしまったみたいだった。 「──名前!」 「あ、春奈。」 窓の手摺りにもたれて恨めしく校庭の向こうを睨み付けていると、後ろから聞き慣れた声がした。 「ごめんねー!待ったでしょ?」 二年間ずっと同じクラスだった、親友の春奈。いつも明るく笑っている彼女のうっすら目元が赤く腫れてしまっているのは、今日が卒業式だからかな。 お兄ちゃんたちが熱が入っちゃってね、と楽しそうに笑う。暇だったから校庭を眺めていた私にも、サッカー部が何だか凄く楽しそうにはしゃいでいるのは痛いほど分かった。おまけに、何だっけ…帝国?とか何とか言うところの仰々しいバスまで来たし。 「…って、あれ?」 「何?」 良いなぁ、楽しそうだなぁ、なんて全く体育会系じゃない私でも3%ぐらい思ってしまった。私にも、あのサッカー部みたいに青春と呼べるものが欲しかった。そういうキラキラしたものが一つもないまま、あと一年たったら私もこの学校から卒業しなきゃいけない。何にも残らないまま。それは凄く淋しい。 そんなことをぐちゃぐちゃ柄にも無く思っていると、春奈が 「ちょっと待っててね!さっきまで一緒に居たんだけどなぁ…?」 と廊下に走り出て行ってしまった。別に良いのに、という言葉は無意識のうちに飲み込まれる。 ものの5分もしないうちに、春奈が何やら叫んでいる声がした。 「もー!待たせてあるって言ったじゃない!」 「いや…すまない、まさかあんなことになるとは…」 誰も居ないフロアに、二人の話し声が反響する。 「…あ、名前ごめんごめん!」 「うん、大丈夫。」 春奈が再び教室に入ってきたとき、誰かの腕を引っ張ってきた。 「お兄ちゃんが下の階で捕まっちゃったの!」 「すまない苗字、呼び付けておいて…」 引っ張られてきたのは、一つ上の鬼道先輩だった。苗字は違うけど、春奈の実のお兄さん。さっき校庭で青いマントをはためかせながらグラウンドを走っていた。サッカー部で、何でも天才だとか。成績もかなり良い。おまけに財閥のお金持ち。 私は春奈と仲が良かったからか、何回か話をしたし、リムジンに乗せてもらうという、これから先一生体験しないであろう経験もさせてもらった。私にとって、唯一つながりがある先輩だった。 「さぁ、お兄ちゃん!名前に言いたいことがあるんじゃないの?」 「え?あ、あぁ…」 何だか鬼道先輩いつもより疲れてるな、と思ってしげしげと眺めると、もみくちゃにされた様に制服に皺が寄っている。おまけにボタンが殆ど無い。 ──…捕まったって。 そういうことか、流石だな。妙に感心してしまった。 「春奈が随分苗字に世話になったと聞いている。」 若干いつもと位置がずれているトレードマークのゴーグルを直しながら、鬼道先輩が言った。 「いや、そんな、世話なんかしてないです。」 寧ろ、お世話してもらった側なんです。慌てて手を振ると、なぜか面白そうに笑われてしまった。特にギャグをかましたつもりは無いんだけど…。 「…一度、きちんと礼を言っておきたかったんだ。」 「え、や、お礼だなんてそんな。」 滅相もありません、と私が言う前に 「…有難う、苗字。春奈をよろしく、な。」 先手を取られてしまった。あぁあ、あの鬼道先輩にお礼言われちゃったよ、私いったいどんな顔をすれば良いのでしょう。 「…れ?お兄ちゃん、照れてる?」 「「は?」」 春奈がクスクスと笑うから、私と鬼道先輩は顔を見合わせた。照れてる、と言われた先輩は困ったように目尻を下げているし、私はきっと間抜けな顔をしているだろう。 「からかうな、春奈。」 「からかってないよ!だって照れてるじゃん!」 春奈はクスクスと何やら楽しそう。私はというと、何だか気まずい。私のせいで鬼道先輩がからかわれてるよ…! 「あ、そうそう!そういえばね、こないだお兄ちゃんが名前のこと、」 「おい止めろ春奈!!」 余計なことを言うな!と鬼道先輩が叫ぶ横で春奈が悪戯っぽく舌を出す。あんまり面白いもんだから、つい吹き出してしまった。二人とも一瞬呆けた顔をして、私を見つめる。 「あ、すみません、私、兄弟とか全然居ないから。」 羨ましいなぁって、そう思って。私の言葉に答えをくれたのは、鬼道先輩だった。 「…また、」 「え?」 「また、いつでも遊びに来てくれて構わない。」 春奈がどうしているかも気になるしな、と言う先輩の横顔が何だか少し赤らんでいるような気がした。窓の外から、さわっと春の香りの風が吹き抜けていく。 「…それは、プロポーズってことで良いの、お兄ちゃん?」 「「春奈!」」 別れ際にそんなこと言われちゃったら、貴方の影が目の前にちらついてしまうから。 そんなに赤い顔をしないで下さい、淋しくなるから。 古いものが終わって新しい何かが芽吹く、春先。私の中にも今までと何か違うものが芽生え始めたのを感じた。 110520 提出 |