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※ノイジーアンノウンの続きの続き


「つーか幕張ってどこだよ、高専の管轄外だろこれは」
「管轄なんてそもそもねーよ。幕張は千葉」

電車に揺られながら釘崎の愚痴を聞き流す。今日は珍しくふたりでの任務で、補助監督の人員不足で移動は電車だった。
たしかに高専のある場所から幕張は遠いが、五条先生の出張を思えば大したことはない。俺だって仙台に指の回収に行っていたし。

無事任務を終えて時刻は十六時少し前、電車には座れたしこの後はもうしばらく乗り換えもしなくていい。このままいけば十八時頃には高専に着くだろう。
しばらく経つと、朝が早かったせいか「眠い」と釘崎が船を漕ぐ。

「おい、人の肩を使うな」
「…………」
「おい」

言うも虚しく睡魔に負けた釘崎は見事にこちらの肩を枕にして寝た。いつもならこの役は虎杖になる筈が、今日アイツはパンダ先輩と別任務だった。
無理矢理起こすのも気が引けて、諦めてため息をつく。ちょうどそのタイミングで次の駅に電車が止まる。たぶんこの路線で一番多く人の乗り降りがある駅だ。

「あ」
「え」

頭上から降ってきた声に顔をあげると、派手な爪と明るい巻髪。まさか、そんな偶然あるのか。


「めぐぴじゃん。……彼女?」

驚いた顔のナマエさんは、チラ、と俺の肩に目線を寄越してから悪戯をする子供のような顔で笑う。咄嗟に肩を動かして釘崎の頭を起こした。それでもまだ寝ている様子に少し安堵しつつナマエさんに向き直る。彼女? なんて、俺が誰を彼女にしたくて奮闘しているのかを知った上でそんなことを聞くのだから性格が悪い。

「違いますよ。同級生です……ていうかナマエさん座りますか、席代わります」
「え、いーよ。その子起きちゃうじゃん」

いいよいいよ、と右手を顔の前で振るのを強引に座らせた。俺の方が年下だからとあまりリードをさせてもらえないので、こういう些細なことでも出来る限りちゃんとしておきたかった。
彼女の左手には古典の単語帳が握られていて、そういえばこの間の電話で、最近古典の勉強が楽しいと言っていたのを思い出す。

ナマエさんとはあの後何回かふたりで出かけていた。誘うのは俺からの時もあれば、ナマエさんからの時もある。順調、というのか世間一般の進捗がわからないけれど、悪くはない関係を保てている。
しかし彼女は受験生なので、そう何度も誘うのは気が引けて、今は週に何度か、彼女の勉強の息抜きも兼ねて電話をするだけに留めていた。直接会うのは久しぶりだ。

「高校このへんだったんですね」
「あれ言ってなかったっけ?」

姿を見て、あらためて派手だなと思う。全身真っ黒の俺とは対極だ。毛先のピンクはもう抜けて、ベージュがかった色に染まっていた。
好みの顔だとかそういうのはあまりないと思っていたけれど、ナマエさんの完璧に作られた目元も、そこに散らばるラメも、派手だけれど全部かわいいと思う。
電話越しに新しいネイルの説明をしてくれる声も、そのキラキラが乗る指先も、あと少しで手が届きそうなのに、手を伸ばせない。それは暗黙の了解で、お互いにまだ時期ではないと見つめ合っている。そんな関係だった。


「ねえそういえばめぐぴさ〜」
「フフッ」

他愛もない会話を重ねていると、視界の端で茶髪が揺れた。その意味を咄嗟に理解して、無意識に眉間に皺が寄るのが自分でわかった。

「……おい、釘崎」
「寝てる寝てる、気にしないで続けて。め、めぐぴ……ふ、くふふ」
「おい」

いつから起きていたのか。寝ていると思って普通に会話をしてしまったが、聞かれていたと思うと小恥ずかしい。隠していたわけではないが、高専の誰にもナマエさんのことは言っていない。

「ごめんね、うるさくしちゃった」
「いえ全然!伏黒っぴの声で起きたんで!」
「お前……お前ほんと……」

意気揚々とナマエさんに話しかける釘崎に思わず頭を抱えてため息をついた。
バレるとしてもまだ虎杖の方がマシだった気がする。百歩譲って虎杖にはこのことを話してもいいから、二年と五条先生には言わないでくれと頼んだら聞いてくれるだろうか。特に後者は切実に、多少の金額を払ってでも口止めしておきたい。

「ネイルかわいいですね〜!サロンどこですか?」
「これねー、セルフなんだよね。キット買ったから家でガチってる」

思案する俺を他所に、ふたりはガールズトークで盛りあがっている。俺だって久しぶりに会えたのに、なんで釘崎にナマエさんを取られているのか。虎杖といい釘崎といい、こういうコミュニケーション能力に長けているのがたまに羨ましい。

「……釘崎」
「わかってるわよ、どうせ次で降りて買い物行く気でいたし。安心しなさい伏黒っぴ」
「それやめろ」

さっきまで寝て帰るつもりだったくせに、とは言わなかった。気を遣ってくれているのだと流石にわかる。完全に貸しなので、後々の要求を思うと手放しでは喜べないが。
釘崎は何故かナマエさんと連絡先を交換しあうと、次の駅で降りて行った。乗り換えて渋谷にでも行くのだろう。
その背中を見送りながら、何と言うべきか言葉を選ぶ。

「……ナマエさん、今日この後って」
「うん、何もないよ。どっか行く?」
「行きます。……行きます」
「なんで二回言ったん?ウケる」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



駅前の適当なカフェに入って他愛もない会話をした。今日こそ奢る気でいたのだが、いつものようにナマエさんは自分の分を先に払ってしまっていた。奢られなかっただけマシなのか。なんだか普段よりブラックコーヒーの酸味を強く感じた。

外が暗くなってきて、そろそろ、とどちらからともなく席を立つ。ここで別れたら、またしばらく会えないのか、と少し女々しいことを考えてしまった。会うたびに変わる彼女の髪色や爪の色の、そのひとつでも見逃してしまうのが惜しいと感じる。受験っていつ終わるんだ。春か、長いな。


「野薔薇ちゃんかわいかったね」
「は?」

カフェの外に出たタイミングで何の脈絡もなく発されたナマエさんの言葉に、思わず素で返してしまった。釘崎がかわいいかどうかは知らないが、それを言われて、俺はどう返すのが正解なのかわからない。

「いつもあんな感じ?」
「え、あんなって……アイツのテンションですか?」
「……やっぱ今のナシ」

いつも割とはっきりとものを言う彼女にしては歯切れが悪かった。顔を覗くと、カフェで飲み食いした後にも関わらず綺麗に塗りなおされたグロスが、尖らせた唇をピンクに染めている。
少し不服そうに見えてしまうその顔はまるで、

「……ナマエさん、嫉妬してます?」
「!」

俺の言葉をうけて、視線がパッとこちらに向く。一瞬だけかち合ってすぐに逸らされるが、その頬が赤いのも、耳が赤いのも見逃すわけがなかった。
もう一度同じ質問を繰り返すと、普段からは想像もつかないくらいか細い声で否定が返ってくるけれど、その様は肯定にしか思えない。
たぶん、釘崎に肩を貸していたことを言っているのだろう。もしかしたら、ふたりでいたことに関してかもしれない。何にせよ、日頃俺のアプローチを「ウケる」の一言で流してしまうようなナマエさんが、そんなことでヤキモチを妬いているというのがたまらなくかわいかった。最初に出会った時よりしおらしくて、あまり見ることのない表情を見れたのも、なんだか満たされるような気持ちになる。


「なに笑ってんの、ばか」
「すいません、かわいくて」
「……めぐぴそーゆーとこあるよね、ずるいわ」

ずるいと言いながらため息をつく彼女の方が、俺にしてみればずるかった。もう顔の赤みも引いて、いつもの彼女に戻っている。年上だからかこの性格からなのか、ナマエさんはいつも余裕そうで、それが好きで憎たらしい。もしここで抱きしめたら、手を繋いだら、キスをしたら、また先のような顔を見れるのだろうか。

「なに考えてんの?」

無言で彼女を眺め続ける俺に、綺麗にカールしたまつ毛の先を向ける。俺は、ナマエさんは、互いの気持ちを知っている。明言したことはないけれど、この聡い女性がこれまでの行動の意味に気づいていないとは思えないし、きっとたぶん、彼女も俺のことを同じように思っている。つまりは両思いのはず。
そこまで考えて我に返る。ダメだ、脳が勝手に、この人に触れても許される理由をつけようとしている。

「付き合ってないのに、手出したらアウトですか」
「……手、出したい?」

昼間もそうだが、わかっていて聞くのだから性格が悪い。そんなこと、聞かなくたって俺の顔を見たらわかるくせに。
文句を言おうと口を開くのと、彼女が俺の制服の裾を掴むのが同時だった。え、と思う間に少し背伸びをしたナマエさんの唇が、俺の頬に触れる。

「続きは受験終わってからね」

はにかむように笑うのを見て、途端に自分の顔が熱を持ち、赤くなっているのを自覚した。そうじゃねーよ。俺はナマエさんの、そういう顔を見たかったのに。
ナマエさんはそのままスルリと腕を組むと、俺の肩に頭を傾ける。

「あーあ、早くめぐぴのカノジョになりたいな」
「……なってください」
「いや試験年明けだかんね」

揶揄うように笑う揺れを肩に感じる。
赤くなった顔を手で隠しながら、それまでにこの人を赤面させる方向を考えておかないといけないなと思った。付き合ったら絶対、今までのお返しをしてやる。




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リクエストありがとうございました!
リクエスト:ノイジーアンノウンのふたり