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頬にひんやりとしたものが触れて、意識が浮上する。無理矢理目を開けると、視界の端で白い髪が揺れた。

「おはようナマエ、今日もかわいいね」
「……それやめてって言ったじゃん……」

ベッドサイドに頬杖をついて、満足げにこちらを眺めているのは神様だった。
頬を撫でる手から逃げるように布団に潜り込む。
神様は朝起きる時と夜寝る時、毎日のように愛を囁いてくる。
わたしは朝に強くないので起こしてくれるのはありがたかったけれど、口説かれながら起きるのは微妙な気持ちになるのでやめてほしかった。

「寝ちゃうの?」
「いま何時……?」
「五時」
「むり……はやいよ……」

部屋に差し込む朝日が眩しい。二度寝するのには瞼の裏が明るすぎる。抱いていたぬいぐるみで顔を覆うけれど、それも奪われてしまった。

「早起きは三文の徳って言うでしょ」
「……春眠暁を覚えずとも言いますが……」
「いやいや、春はあけぼのだから」

ああ言えばこう言う。それ以降は無視して、ぬいぐるみの代わりに腕で顔を覆うとまた少しフワフワとした感覚がやってくる。あ、寝れそう。

「起きないなら一緒に寝ちゃお」

寝かけた脳に届いた言葉を、数秒かけて理解する。
え、と思って顔を横に向けると、あろうことか神様がわたしのベッドに入り込んで添い寝をしている。

「ちょっと!」
「ウワッ!」

驚いて思わず突き飛ばすと、ドテッ、と全く神様らしくない音を立てて白い塊がベッドから落ちた。

「何すんの!」
「こっちのセリフだよ!何してんの!」

神様がわたしのことを好きだというのは知っている。
けれどそれはきっと親愛に近いものだと思うし、本人もそのようなことを言っていた。
実際毎日かわいいだとか愛してるだとか言われまくってはいるけれど、そこに下心のようなものは感じていない。
だから部屋にいることも許しているし、多少の接触は特に咎めてこなかった。が、


「あのね、知らないかもしれないけどわたし今狗巻くんとお付き合いしてるの」
「知ってますけど」
「いや知ってるならなんでこういうことするかな……」
「俺の方が好きだから」

開き直った態度にため息をついた。そういうことじゃないだろう。
狗巻くんが過保護なのは知っていたつもりでいたけれど、先日はじめてキスをした時のやり取りで、わたしが思うよりも心配性なのだと気づいた。
だから彼を心配させるようなことはなるべくしたくない。


「あんまり度が過ぎると一切接触禁止にするからね」
「え!やだ!死ぬ!」
「だって近いんだもん!」

床で駄々をこねる神様を見ながらもう一度ため息をつく。完全に目が覚めてしまった。
ベッドから降りて顔を洗うと、少し落ち着こうと紅茶を淹れる。


「俺ミルク少なめで砂糖多めがいいな〜」
「だから近いんだってば!」
「熱ッ!」

いつの間にか復活した神様が後ろから肩に顎を乗せるように覗き込んで来るので、振り返るとその手に淹れたばかりの紅茶がかかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「神様の扱い方?」
「うーん……なんか言うこと聞かない犬飼ってるみたいになってて……」
「神様って言いつつペット扱いすんのかお前は」

教室で真希ちゃんとお菓子を食べながら、神様のことを相談する。
なんでもすぐ真希ちゃんに頼ってしまうのは良くないなと思いつつ、この内容を狗巻くんに聞くのも気が引ける。

「状況的には憂太が一番近いんだけど、アイツ海外行っちゃったしなあ……」
「うう、そうだよね……」
「あ、」

乙骨くんにもっと里香ちゃんのことを聞いておくべきだったかもしれないと、項垂れるわたしの頭上で真希ちゃんが声を漏らす。

「いたわ、犬飼ってるやつ」
「え?」






「いや神様は知りませんよ。そもそも式神じゃないんですよね?」
「あっ、そ、そうです。すいません……」

真希ちゃんが連れてきてくれたのは、黒髪の男の子だった。
高専の一年生、つまり後輩だという。
なんだかどこかで見たことがある気がしたけれど、イマイチ思い出せない。
コミュ障なのに初対面の人に相談なんてハードルが高かった。案の定知らないと言われてしまい、コミュ力の限界を感じて真希ちゃんの後ろに隠れる。

「狗巻先輩の彼女さんって、呪術師になるんですか?」
「え、なんでそれ、」
「前会ったの覚えてないですか?」

やっぱり前に会ったことがあるらしい。だいたい初めて会う人には人見知りしてしまって、顔をちゃんと見ていないから覚えられないことが多いのが、わたしの悪い癖だった。


「……ノック、代わりにしたやつです」
「……あっ!あの時のイケメン……!」

ヒントをもらってやっと思い出した。バレンタインの日、狗巻くんの部屋に案内してくれた男の子だ。
助けてもらったのに失礼なことをしてしまった。頭を下げると黒髪の男の子ーー伏黒くんは淡々と「気にしてないので、やめてください」と答えた。


「主従契約みたいなのしてるんですよね?」
「う、うーん……それがよくわかんなくて……とりあえず一緒にいる代わりに守ってくれるっぽいんだけど、曖昧で……」
「……よくそれで呪霊と縛り結ぼうなんて思いましたね」

伏黒くんのど正論に言葉が詰まる。
神様の言った「わたしを悲しませない」という発言の内容は不明瞭で、何から何までが神様に許可されていることなのかを、わたし自身も把握できていなかった。
ただ、やめて、と言ったこともやめなかったりする様子を見るに、わたしがほんとうに傷ついて身体や心に傷を負わないとその条件を満たさないのかもしれないと推察はできた。


「今その神様呼べますか?」
「あんまり教室だと出てきてくれないんだけど、呼んでみるね、」
「呼ばなくてもいるよ」
「うわっ!」

目を閉じて呼びかけようとしたタイミングで、背後から声がして飛び上がる。
伏黒くんも真希ちゃんも驚いた顔をしているので、わたしが気づいていなかったのではなく、いきなり現れたのだろう。


「ナマエの会話はだいたい聞いてるから、呼ばなくても来るよ」
「サラッとヤバいこと言うじゃん……」

当たり前のような顔をして、当たり前のようにわたしの肩を抱きながら飄々としている神様に頭を抱えた。
だから近いって言ってるのに。
伏黒くんは、彼と真希ちゃん監修のもと新しい縛りをこの場で結ばせたかったようだが、案の定神様は首を横に振って嫌がった。


「そんなことしたら俺とナマエのワンチャンがなくなるでしょ」
「端からノーチャンだけどな」
「行動制限されるといざという時ナマエを守れないかもしれないから嫌なんだよね」
「それを言われると何も言えないっすね」

たしかに、触れる触れないだとか、どこまではオッケーだとか、そういう線引きをしてしまうと咄嗟の時に困るような気もしなくない。
前に助けてもらった時も触れてはいたので、それを禁じてしまうのは良くないという言い分も少しわかる。
神様は真希ちゃんのメガネに興味を示したようで、悩むわたしと伏黒くんを尻目に、彼女からメガネを借りて遊んでいた。
敵意のない相手には人懐っこい性格をしているので、真希ちゃんにまでちゃっかり懐いている。


「もっと精神的な面で線引きできたら良いんですけど、」
「線引き……うーん……」

このままどんどんエスカレートしていって、たとえば狗巻くんとの関係に支障をきたしたら、わたしはものすごく悲しむことは目に見えているし、それこそ本来の縛りの違反になって神様は消えかねない。
けれど、わたしの感情ではない部分が物差しになってしまうと、わたしにも神様にもそのコントロールは出来ないので、ある日突然、狗巻くんに嫌われてしまって全てが終わってしまう可能性だってある。
せめて早い段階で、縛りが危ないとわかるようになれば良いのに。


「あ、わかった」
「なんですか」
「歩合制にしよう」
「歩合制……ってどういう……」

今結んでいる「わたしを悲しませない」という縛りは、ある程度大きな感情があって初めて制約が発揮されるタイプなのだろうと推測する。
だから逆に言えば、そこに達するまでは神様の好き勝手が許されることになってしまう。


「今度はわたしのこと怒らせないようにしてほしいんだけど」
「ナマエの怒った顔も可愛くて好きだよ俺」
「話聞いてる?……今みたいに神様がわたしのこと怒らせたら、わたしの怒り度合いによって何かしらの、うーん……たとえば体調が悪くなるとかのペナルティをその場で受けてもらうとか」
「ああ、だから歩合制」

その場で罰が与えられるなら、神様だって少しは大人しくなるし、これならわたしの感情ひとつが基準になるからコントロールだってできる。
我ながら名案だ。都合のいい縛りを考える仕事とかに就くべきかもしれない。

「でも割とナマエってすぐ怒るじゃん」
「私らの前ではそんなことないから、お前が悪いんだろ」
「マジ?」

椅子に座っている神様の眼前に手を差し出す。前に結んだ時も手の甲にキスをしていたから、これが必要なのかと思ってのことだったけれど、手を取ってはもらえない。
はやく、と催促すると上目遣いにこちらを覗き込む。


「どうしても縛り追加しなきゃダメ?おねがい、反省するから……」
「……ほんとに?」
「ほんと、絶対ほんと。破ったらさっきの縛り追加でいいよ」

しおらしく見つめてくる瞳に、なんだかこっちが悪者みたいな気分になる。
しばらく考え込んで、諦めて息を吐いた。


「じゃあもうわたしのこと怒らせないでね」
「ナマエ〜〜っ、すき……!」

学んでいるのかいないのか、神様はわざとらしくメソメソと泣き真似をしながら抱きついてくる。
ああもう。呆れつつ今回だけはそのまま頭を撫でてあげた。完全に大型犬を飼っている。
これに懲りてちゃんと言うこと聞いてくれるといいけれど。


「ていうか、そんなに先輩のこと好きなのに、狗巻先輩との仲を直接邪魔したりはしないんですね」

そのまま神様が満足するまで撫でていると、様子を眺めていた伏黒くんがぽつりと漏らす。
たしかに、神様は狗巻くんのことを嫌っているけれど、ふたりでいる時に現れたことはなかった。
先ほど会話は聞こえていると言っていたから、今までのアレコレは聞かれていたのかと思うと、今更ながら恥ずかしい。


「だって好きな女の子が他の男とイチャついてんの見たら気狂うでしょ」
「ああ……」

哀れみのこもった伏黒くんの声に、顔が熱くなった。
神様はわたしと狗巻くんがふたりになると、会話もなるべく聞かないようにしているらしく、それを聞いた真希ちゃんがニヤニヤしている。
狗巻くんとは、あれからキスはするようになったけれど、そんなに言うほどベタベタはしてない筈だ。
彼のお部屋に行く時も、わたしの部屋に来る時も、ちゃんと暗くなったら各々の部屋に帰る健全なお付き合いをしているし、みんなの前では手も繋いでいない。
なんでそう誤解を招くような言い方をするのか。

「そんなにイチャついてんのかこいつら」
「そりゃもう……酒池肉林、淫欲のパレードですよ」
「へぇ〜」
「思春期の男女がふたり、何も起きない筈もなく……、」
「ちょっと、」

わたしに抱きついたまま、ヘラヘラと適当なことを言う神様の顎を手で掴んだ。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったのかびっくりした顔の神様は、わたしの顔を見てやっと状況を理解したようで、目を逸らす。

「言いたいこと済んだ?」
「あっごめん、ほんと、でもほらふたりが進展したのはいいことじゃん?俺なりの祝福的な、」
「ありがとう。でも怒ったから」

わたしを怒らせるなと言ったのに、一度許してあげたのに、その上でまたすぐに調子に乗るからこうなるのだ。
イヤイヤ、と首を振る神様の口元に無理矢理手の甲を押し当てた。
結構強くしたから、もしかしたら唇を噛んだかもしれないけれどもう知らない。


「痛っ!」
「わたし、神様が思ってるよりずっと短気だからね」
「怖え飼い主だな」
「意外っすね」

これからしばらくは、この大型犬の躾に手を焼きそうだ。