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高専




「え、悟の誕生日あしたなの!?」

厳しさを増す12月の寒さに静けさが冷える高専の校舎で、わたしの声だけがまぬけに響いた。

「知らなかったの?」

驚いた風にそう返すのは悟本人ではなく、わたしと彼の友人だった。
何その返し。まるでクラスメイトなんだから知ってて当然とでもいうような雰囲気に、思わず硝子へ視線を向けると、彼女は「知らんしどーでもいい」と手を振った。ひとまずわたしだけじゃないことに安心しながら、それでもやっぱり不満が残る。

「君たち、付き合ってるんじゃなかったの?」

傑の問いに「付き合ってるよ」と答える悟の表情はいつも通り、真意の読めないヘラヘラとした顔だった。

そう。わたしと悟は所謂、恋人同士の筈なのだ。
まだ付き合い始めて数ヶ月しか経っていないけれど、逆にいえば今が一番ラブラブな時期だろうに、悟はそんなタイミングでの自分の誕生日なんていうビッグイベントを匂わせもしてくれなかった。
わたしが鈍いのかとも思ったけれど、そこはわたしだって高専に身を置く立場。そこまで察しが悪いとは思わない。
そもそも告白だって悟の方が言ってきたのだ。わたしは元々悟のことが好きだったから二つ返事で了承したし、相当舞い上がっていたのだけれど、直前になっても誕生日を教えてもらえていないなんて、なんだか浮かれていたのはわたしだけのようで胸の内が寂しくなった。


「……なんでもっと早く言ってくれないの」

ぽろ、と口から溢れたのは本音。今日だってもう放課後だ。今からじゃ何も買いに行けないし、明日だって平日なのに。

「別に祝って欲しいとか思ってないから言わなかったんだけど、不満?」

その態度に思わず頭に血が昇る。
あ、という顔をする傑が視界に入ったけれど、そんなの知らない。

「このばか!ごみ!くず!あほ!」

思い浮かんだ幼稚な罵倒をひと通り並べてそのまま教室を出た。
廊下をずんずん進む足のスピードに合わせて、怒りが溜まっていく感覚がする。
不満?って、意味わかんない。だって付き合ってはじめての誕生日なのに。なんかしたいに決まってるのに。告白してきたのそっちのくせに。わたしは悟の彼女なのに。
そこまで考えて、ピタ、と足が止まった。

わたし本当に悟の彼女なんだろうか。

もしかしたら、わたしが浮かれていただけで悟はお遊びのつもりなのかもしれない。明らかに自分のことを好いているクラスメイトを揶揄って楽しむくらいの悪事なら、あの男はやりそうだし。いや最低だけど。ああなんでわたし悟のこと好きなんだろう。

足を止めたら、怒りで保っていた気が緩んで、目の奥がじんわり熱くなった。
まだ廊下なのに。せめて自分の部屋に戻ってから泣きたい。

「う、」

声が漏れて、涙が落ちそうになって、しゃがみこんだ。膝を抱えて、瞼を押し付けるようにして、落ちる涙を止めようとする。
廊下の真ん中で何やってんだろうな。
こんな風に泣いているなら、今からでもできることを考えてあげた方がよっぽど生産的だし、何より良い彼女だろうと思う。でもわたしは良い彼女になんかなれない。そもそも彼女なのかどうかもわからない。
片思いでいた方が、まだ苦しくなかった。


廊下の冷たい空気が足元から伝わって、全身が冷えていくのを感じる。
風邪ひきそう。そう思った時、肩を突然掴まれてぐいと後ろに引かれるので尻餅をついた。

「なんで泣いてんだよ、」

少し焦った顔の悟が見えて、追いかけてきてくれたのかとホッとするような、その発言にまた腹が立つような。
わたしを傷つけた自覚はないんだろうか。

「悟のせい以外に理由ある?」
「……ちょっと、場所かえよ。」




「はい」
「なんで?」

場所かえよ、というからどこか教室にでも入るのかと思ったのに、辿り着いたのは悟の部屋で。
当たり前のように差し出されたマグカップに入っている紅茶は、きっとわたしが普段飲んでいるものより数段良い茶葉だと香りでわかる。けれど、さっきまでのあのテンションから急にもてなされてもどうして良いかわからない。
自分の分のマグカップに口をつけながら、悟は椅子に腰掛けた。わたしは床に座っているから、見下される形になって居心地が悪かった。


「泣くほど俺の誕生日祝いたかった?」

なんでそう煽るような言い方ばかりするんだろう。
めんどくさい女だと思ったんだろうか。五条悟の隣にいるためには、一般的なカップルがやるようなアレコレは期待しちゃいけないんだろうか。

「……だって、か……彼女になってはじめての誕生日だから、いろいろ用意とかしたかったのに、」
「だからしなくて良いんだって、いらねーって言ったじゃん」

彼女、という言葉を使って良いのかわからなくなって詰まるわたしに、苛立たしさを滲ませた声が降る。

「悟は、欲しいものないの?」
「ない。いらない」

何でそんな頑ななの。わたしから物を貰うのも嫌なの。じゃなんで部屋に呼ぶの。
また涙が出そうになって奥歯を噛んだ。ここで泣いたらもっとめんどくさい女だ。もうやだ。
悟が何をしたいのかさっぱりわからなくて、わからないことが、わたしと悟が釣り合わないという証明のようでつらい。

「泣くなって、」

椅子を降りた悟がめんどくさそうに隣に来て座る。まだ泣いてない、と思うけれどその声色がいつもより優しくて、それだけで結局涙がでた。隣に悟がいてくれるだけで全部どうでもよくなってしまいそうになる。どうしたってわたしは悟のことが好きなのだ。

「なんもできないのは、やだ」
「…………」
「でも、教えてもらえなかったのが、もっとやだ」

泣き止もうと目を抑えながら、辿々しく呟く。それを聞いているのかいないのか、悟はわたしの手を握って止める。

「あるよ」
「……なに、なにが……?」
「ほしいもの、ある」

言ってることがさっきと真逆の悟に「バカにしてんのか?」と言おうとして、その前に口を塞がれた。
キスは初めてじゃないけれど、あんまりしてこなかったからびっくりして息を止めてしまった。なかなか終わらないそれに苦しくなって、口を開くと舌が入り込んで変な声が漏れる。
両手を握られているから抵抗もできない。身を引こうとしたらバランスを崩して、そのまま押し倒されてしまった。

「ん、ぅ、」

しばらく口の中を好き勝手にされてから解放されて、酸素を取り込む。
いつの間にか手首を地面に押し付けるようにして、悟に見下ろされていた。

「……ナマエ、」
「え、?」
「ナマエが欲しいって言ってんの」

そんなトレンディドラマみたいなセリフ、悟の顔面がなかったら許されないだろうな。と、どこかぼんやりと思いながら何も言えなくて、瞬きを繰り返す。
何を言わないわたしをどう捉えたのかわからないが、悟はため息をつくと頭を落としてわたしの首元に顔を埋めた。
髪の毛が肌に触れてくすぐったい。

「欲しいもの、考えてもそれしか出てこないんだよ。だから言いたくなかった。いらねーもんわざわざ金出して買わせても嫌だし」
「わたしもちゃんとお金あるよ?悟ほどじゃないけど」
「そこじゃねーだろ」

肩におでこを当てたまま喋るので、吐息が鎖骨にかかってなんだか変な気分だ。
キスも数回しかしていないし、全然触れてこないから、悟はあんまりそういうことに興味がないんだと思っていた。
俗世離れしているといえばそうだし、プラトニックでストイックな関係が好きなのだと。だから誕生日とかイベントごとも嫌なのかなとか思ってたのに。

「なんで言ってくれないの?」
「……誕生日とかに託けて、好きな女の子の処女もらうのってなんか、ダサいじゃん……」
「じゃあいつなら良いの?クリスマス?」
「待てって、なんでそんな積極的なの?」

顔を離した悟と目が合う。積極的なわけではないが、悟の言うダサいはよくわからなかった。少女漫画だと割りとベタな展開だと思うし、使い古されてはいてもロマンチックなんじゃないかと思うのだけど。
珍しく眉間に皺を寄せて困っているような悟に、かわいいなと思わずニヤけると、ますます不機嫌そうな顔になる。

「何笑ってんの」
「や、違くて……」
「何その余裕、ムカつくんだけど」
「別に余裕があるわけじゃ……。なんていうか、どうせあげるなら悟がいいと思ってた、から……だから、その、いつでもいい、というか……」

本当はわたしは、もっとキスをしたり抱き合ったり、そうでなくても恋人同士の距離感をもっと楽しみたいと思っていたのだ。
顔を隠せないから恥ずかしくて、語尾がどんどん小さくなってしまうけれど、ここでちゃんと意思表示しないとますます拗れてしまいそうだった。

わたしの言葉を聞いた悟は一瞬固まって、抑えていた両手を外すと自分の顔を覆って天井を仰いだ。

「あ〜〜〜もう……、人が我慢してんのに……!」

190センチの男がわたしに跨ったまま唸っているのを、ただ黙って下から見上げていた。大きいなあ。身長もそうだけれど、完全に男の人の体をしていて、組み伏せられて改めてその差を実感する。
と、顔を覆った指の隙間から覗く綺麗な目と視線がかち合う。

「知ってる?」
「なにを?」
「俺、男子高校生なんですけど」

そりゃあ同級生だから知っているけれど。頷いたのと同時に悟が動いたかと思えば、腰を掴まれてグイと引き寄せられる。

「ひゃあ!」

驚いた時にはわたしの足と足の間に悟が入り込んでいて、引き寄せられた腰は悟の下腹部に触れていた。あからさまにセックスをするときの体勢で、顔が一気に紅潮する。
自分の足の間で少し硬くなっているものが何かわからないほど、わたしは純真無垢な乙女ではなかった。
また悟が覆い被さるように距離を詰めるので、より一層熱を感じてしまう。

「男子高校生の性欲ってすげーんだからな、」
「な、え…っ、あ…!」
「一回許可したら俺止まんないかもよ」

言いながら腰を擦り付ける悟に、自分のお腹の中がむずむずした。
なんだか危ないことを言われているのだと思うのだけれど、好きな人に求められているこの状況が何よりも快感で、悟の忠告なんか何にも頭に入ってこない。

「平気だよ、悟になら」
「っ、ほんとさあ……ダメなんだって……」

ダメと言うくせに悟はまたわたしにキスをした。
今までしたのとも、さっきのとも違う、ゆっくりだけれどまるでわたしを食べるかのような動きに、頭の中がぼうっとする。
悟、悟だいすき。悟の制服をきゅ、と掴むとキスのまま頭を撫でられる。
と、制服の中に反対の手が入ってきて閉じていた目を開く。

「え!待って、今から!?」
「は?」
「た、誕生日明日じゃ、」
「はぁ?マジでお前なんなの……こんな据え膳どう考えたって無理だろ」

服の中を進む手が止まらなくて思わず手首を掴んで止めようとするけれど、力で敵う相手ではない。

「え、え、まって、」
「いつでも良いって言ったのはナマエなんですけど」
「言ったけど!明日じゃん!!」
「誕生日イヴだよ、それで良いだろ」

今度は黙れと言わんばかりの押し付けるキスをされる。
止まらない手がいつの間にか背中にまで伸びていて、ブラのホックが外れた。
えっ、今片手で外した。

「さ、さとる、なんでそんな慣れてるの、」
「……俺が何回、頭ん中でお前のこと犯したと思ってんの」

ニヤリと笑うその顔が、あまりにもかっこよくてドキドキして、抵抗していた筈なのに力が抜けてしまった。そんなイメトレみたいなもので慣れるもんなのか、とか、せめてシャワーを浴びたいとか、いろいろ言葉が浮かんでは消えていく。

「あ、0時になったら、いちばん最初におめでとうって言って」

そりゃ言うけど。0時までっていま何時。どのくらいするつもりなの。時計を見ようとして、顔を掴まれると視線を絡め取られる。

「よそ見すんなよ」
「あ、ん…!」

悟がこんなにわたしに何か要求するのははじめてだった。ほんとうにいろいろ我慢していたのだな、と感じで胸の奥がきゅうと締まる。
諦めて悟の首に腕を回すと、苦しいくらい抱きしめられてキスをする。吐息の合間に「すき」と呟くと「すき」と返ってくるのが堪らなく嬉しい。
あとはもう、明日の主役の気の済むまで。






Happy Birthday 五条悟 !