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サイレントボーダー ※ノイジーアンノウンの続き




東京・原宿。
竹下通りを抜けて、すこし細い路地に入ったところにある雑居ビル。今日の任務はそこに群れた低級呪霊を祓うことだった。

数もそんなに多くはなく、玉犬があっという間に呪霊を食い尽くしてすんなりと仕事は終わる。

「私はこのあと高専に直帰っすけど、乗ってきます?時間早いし、予定あるならここで解散もオッケーす」


今日の補助監督は新田さんだった。
たしかにまだ昼過ぎで、高専に帰っても時間を持て余すタイミング。
だが、かといって原宿の街で何をするかと言われても、釘崎ではないしやることなどない。

「俺もーー

言おうとして、スマホが鳴った。

「すいません」

表示されているのは知らない番号。不審に思いつつも、通話を押す。

「はい」
「あー!やっぱめぐぴだ!」

電波に乗った音声とダブるように、背後から同じ声が聞こえる。
スマホを耳に当てたまま振り返ると、同じようにスマホを持ち派手な爪でこちらを指さすミョウジさんがいた。



「めぐぴも原宿とかくるんだね〜、てかさっきの人彼女?」
「彼女じゃないです。今日のも仕事です」
「あ〜なんだっけ、霊媒師?」
「呪術師です」

新田さんには先に帰ってもらって、近くのカフェに入った。なんとなく、話しておきたい気がした。
ミョウジさんは、この間の公園の件で自分が呪術師だということを知っている。

「めぐぴまだ高校生なのに働いてんのマジ偉いね、あたしバイトとかすぐサボりたくなるもん」
「……ミョウジさんって何歳なんですか?」

明るい髪色に派手なメイク、前会った時は茶髪だったのに、今日は毛先がピンクになっていた。
公園の時は制服を着ていたから学生であることだけはわかるけれど、タメなのか年上なのかもよくわかっていない。

「あれ?言ってなかったっけ、高3だよ。めぐぴのセンパイ」
「高3って……受験生じゃないですか。いいんすか、こんなところで油売ってて」
「んー、ちゃんとやってるよ。今日も予備校行ってきたし」

目の前でクリームソーダのクリームの部分を突いているその人は、偏見かもしれないがお世辞にも賢そうとは言えない。
話し方もなんというか間延びしていて、その口から「予備校」なんてワードが出てくるとは思ってもいなかった。

ミョウジさんは、やっとクリーム部分は突くものではないとわかったのか、それをひとくち掬うと口に入れる。

「やることないしひとりだし勉強すっか〜、てやってたら結構楽しくなっちゃって」
「そうですか……、」

地雷かと思って避けていた話題が本人の口から発されて一瞬固まる。
それを察したのか、彼女は「あぁ、」と眉を下げて笑う。

「あのね、あたし案外友達作るの上手いみたい」
「はぁ、」

聞くと、暇で始めた勉強や読書がきっかけで、今まで話さなかったクラスメイトと会話するようになったらしい。
変わらず元の友人達とは疎遠らしいが、それはもうどうでもいいとすら言っている。

「いうてあたしも性格良いわけじゃないし、あんだけボロクソ言ってきた相手に自分から歩み寄ろうとは思わないわけ」
「まぁ、そうすね」
「今いる友達は前みたいに毎日遊んだりLINEしたりとかはないけどさ、あたしが好きそうな話題とか見つけると声かけてくれて、良いなあ〜って思う。誰かとじゃなくてあたしと話そうとしてくれてるんだな、ってわかるし」
「……よかったです。」

頷きながらまたバニラアイスを食べる口元は、あの時とは違い口角が上がっていて明るい。

「全部めぐぴのおかげだよ」

微笑んで告げるミョウジさんを、強くて綺麗な人だなと思いながらブラックコーヒーを飲んだ。




「お会計はご一緒でよろしいですか?」
「はーい」
「え、ちょっ、払います自分のくらい」

あの後、他愛もない会話を少ししてからカフェを出た。
レジで知らぬ間に俺の分まで払おうとするミョウジさんを止めるも、こないだのお礼!と言って聞かないので、結局奢られることになってしまった。

「すみません、ご馳走様です」
「あはは!めぐぴマジメすぎじゃん、そーやって仕事でも無理しちゃダメだよ!」

軽く頭を下げると、あっけらかんと笑われる。
その顔を見ながら、あ、もうこれ会えないやつだな、と感覚でわかった。
今日だって、偶然見かけたから電話がきただけで、それまで一度だってミョウジさんが俺の渡した連絡先を使うことはなかったのだ。

俺の手なんかとらなくても、ひとりでも環境を変える強さのある人。
このまま別れてもきっと、この人は俺のことを覚えていてはくれるだろう。
けれど、この人の日常に俺が関わることはなくなるのだろう。
明確な理由はわからないけれどなんだか無性に、このまま消えたくない、この人の中に存在しておきたいと思った。


「……ナマエさん」
「どしたん急に、名前呼びだし」
「次、いつ会えますか」

自分の顔が少し赤いのがわかって悔しい。これくらい、もっとサラッと言えたらいいのに。
突拍子もない質問に面食らった様子のミョウジさん…ナマエさんは、少し間を置いて弾けるように笑い出した。

「めぐぴ、こないだも思ったけど結構積極的だよね〜」
「いいから教えてください、予定」

ウケるな〜、と言いながらスマホを取り出すと、カレンダーを確認する。
こっちは誘うだけでもこんななのに、誘われた本人はしれっとしていてますます悔しくなる。何がウケるだ。全然ウケない。
年上だからこんなに余裕があるのか、それともナマエさんが慣れているのか。

「あ、じゃあ週末オープンキャンパス付き合ってよ。志望校もう決まってるけど去年行きそびれたから行っときたくて」
「行きます。どこですか?」
「一橋」
「ひと……っ!?」

想像の何倍も難関の名前が出て思わず目を丸くすると、再びナマエさんはケラケラ笑う。
見た目からは全く想像もつかないけれど、成績は良いのだと言われた。そしてみんな俺と同じリアクションをする、とも。

スマホに予定を入力した彼女は、そのまま目線をこちらに向けると目を細めた。

「あたしにジュジュチュシ?の彼氏ができるように、頑張ってエスコートしてね、めぐぴ」


ナマエさんはそう言うとわざとらしく小首を傾げてみせるので、少し赤くなった顔を手で隠しながら「……呪術師です」とだけ答えた。