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ひどく暑い日だった。

傑とわたしは、真夏の空の下、コンクリートを並んで踏んでいた。
コンビニで買ったアイスをそのまま駐車場で口に運びながら、会話もなくぼーっと周りを眺める。
ほんとうは高専に帰ってから食べようと思っていたのだけれど、この暑さ。
「悟に内緒で、先に食べようか」と傑が笑うので同じように笑って頷いた。

口の中でソーダ味を溶かしながら、出入りする客を意味もなく見つめた。
服すら煩わしいほどの暑さだというのに、腕を絡ませたカップルが店内に入っていくのを見て思わず「げぇ、」というと隣の傑が小さく笑った。

「なんであんなブスなのに、堂々とできるんだろ」
「ブスなんてよくないよ、面妖な顔つきって言わなきゃ」
「ブスの和訳でしょそれは。いいよなぁあのメンタル」
「ナマエもやればいいだろ」
「ちょっと、それってわたしもブスって話?」
「まさか。ナマエは美人じゃないか」


わたしが見知らぬ女をブスと罵っても笑って返すこの男は、わたしが今頭の中に誰を描いているのか知らない。
否、本人は知っていると思っているが、間違っている。

「悟は結構ああいうの好きだと思うけど」
「……そうすか」

誰があんな奴を好きになるか、と思うけれどその実、五条悟という男はよくモテた。顔もよく成績も良くその上で少し素行不良。少女漫画に出てくる男の設定とだいたい同じ。
世の中、兎にも角にも五条悟が好きだった。もちろんわたしも友人として彼のことは好きだけれど、それはあくまで友人としてだ。
恋愛対象として選ぶことは絶対にないなと思う。

素っ気ない返事をしたわたしを、照れていると思ったのか、傑はそのまま黙ってアイスを食べ進めた。


わたしに、先のカップルの女のような心があったなら、今横にいる男の誤解を解くことも簡単だったのだろうか。
あのブス、と羨ましさも半分込めて罵った彼女の素直なアレは、図太いメンタルでもなんでもなく愛嬌というのだと知っている。
素直さと愛嬌。両方ともわたしに欠落した可愛さだ。

わたしは、自分の好意を受け取った相手が万が一嫌な顔をしたら耐えられないから何も言えないし、その様を他人が見て自分のことをどう笑うのかが怖くて何もできない、利己的でひねくれた小心者であった。
ちょうど山月記の李徴のような、尊大な羞恥心と臆病な自尊心で雁字搦めの可愛げのない女。加えて性格も悪くて口も悪い。

この性格が治らない限り、わたしは一生想いを告げることなどないのだろうし、本当の意味で恋愛を楽しむこともないのだろう。
好きでもなんでもない、ただ言い寄ってきただけの適当な男と恋人になることは容易だろうけれど、きっとそこに今のような淡い幸福は散らばっていない。

傑は、こんな女に好かれていると知ったらどんな顔をするのだろうか。



「ごめんナマエ。傑は僕が殺したよ」



目の前で、そっか。とだけ答えるナマエを見て、また負けた。と思った。


ナマエが傑のことを好きなのは知っていた。
彼女が素直じゃない上に、他人の目を酷く気にすることも知っていたから、きっと傑に想いを伝えることはないだろうと思っていたけれど、それでも少し不安だったから、傑にはあたかもナマエが僕のことを好きであるかのように匂わせた。

傑もきっと、それがなかったらナマエに好意を持っていたし、伝えていただろうから。


唯一無二の親友が、特級呪詛師になった日。
混乱する頭のままで、ナマエに会った。彼女もひどく狼狽えていて、目には涙が浮かんでいた。

「わたし、悟……わたしね、傑のこと、」

涙をこぼしながら僕に想いを吐露するナマエを、どこまでも醜く愛おしいと思った。
君がいま、素直に涙を流して傑を好きだと言えるのは、傑が遠くに行ってしまったからだろう。
本人に届かない場所で、溜め込んだ想いの行き場を無くして泣いているけれど、そもそも行き場なんて用意していなかったのは自分のくせに。
マスターベーションでしかないその行為で、自分の傷をさらに抉るナマエは馬鹿だ。
僕はそんな馬鹿なナマエが好きだった。

ナマエはきっと今も、傑のことが好きだろう。
あの日、傷ついた彼女をどんなに抱きしめても、返ってくるのは友人としての親愛だけで。
君を置いてアイツが向こう側に行ってしまってもなお、傑に勝てないのかと悔しく思ったのを覚えている。


「わたし、もう本当に……一生このまま、傑を拗らせて死んでいくんだろうね」

あの時のように泣くのかと思ったけれど、そんなことはなく。むしろ絶対に笑う場面ではないのに、自分を蔑んで笑うナマエはやはり馬鹿で愛おしかった。
もういないのだから忘れて俺にすればいいのに。喉まで出かかって、そのままつかえたセリフは、あの日からずっとそこにあるままだ。

素直さが足りないのはお互い様だった。
ただ、その上で僕だけがナマエのことを知った気になって、その性格の上に胡座をかいていたのだ。
あの日、この言葉を言えていたら状況はもう少し違っていたのかもしれない。

だが今となっては、そんなこと。自分の手で屠った友人を忘れて自分の恋人になれだなんて、完全に計画殺人犯のセリフでしかない。

性格が悪くても口が悪くても、そんなの僕だって気にしなかった。君が言う悪口なら、僕だって全部笑って認めた。
ナマエは傑に想いを伝える機会を一生失ってしまったと言うけれど、それは僕だってそうだ。
いっそ二人揃って虎にでもなれたらよかったのに、生憎と今日もふたりは利己的でひねくれた人間だった。
僕がナマエの中の傑に勝てる日は一生こない。


ナマエは、こんな俺に好かれていると知ったらどんな顔をするのだろうか。