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ノイジーアンノウン



「ね〜〜めぐぴ、ほんとに待ってたら出れんの〜?」
「…………」

振り向かずに盛大なため息をつく。もちろん聞こえるように、わざとだ。

今日は1人の任務で、都心の外れにある公園に来ていた。
なんてことはない下級呪霊を数体祓った。それで終わりのはずだった。

報告にあった数を祓い終えても一向に消えない呪力の気配に、あたりを警戒したタイミングで、遊具の中から派手な女子高生が出てきたのだ。

聞くと、イヤホンで音楽を聴いていた為こちらの存在に気が付かなかったとか。
一般人の避難確認はしたはずなのに、遊具の中で見落とされていたのだろうか。

名前を聞かれて思わず素直に答えると「めぐぴ」とかいうクソのようなあだ名をつけられた。
短いスカートに派手な爪、巻いた髪に軽い喋り方、所謂ギャル。

あまり関わりたくはなかったが、あたりに漂う呪力が消えない限り、一般人、もといミョウジさんを一人にしておくわけにはいかない。

俺の近くに居るように、と伝えると「ナンパじゃん」と笑われた。うるさい。苦手だ。
今まで好きなタイプを聞かれても「揺るがない人間性があればいい」と答えていたが、今後は「ギャル以外」と付け加えることにしよう、と心の中で決めた。

遊具の縁に2人並んで腰掛ける。
暇を持て余したミョウジさんは髪を指先で巻きながら、俺にいろんな質問をしてきた。
「年齢は?」「好きな食べ物は?」「好きな教科は?」

「親友は?」
「……親友じゃないですけど、仲間みたいのがふたり」


俺の答えを聞いたミョウジさんは、満足気に笑うと、それきり質問をしなくなった。


しばらく無言の時間が流れる。
消えるどころか、なんなら濃くなっているような呪力にイラついてきた。
クソ。玉犬もこの地一帯に呪力が蔓延しているせいで鼻が効かなくなっていた。

ピロリン、ピロリン。

さっきからずっとミョウジさんのスマホが鳴っているのもイライラを加速させる。
なのに彼女は一向にスマホを見ようとしない。ただカバンの中で鳴るままにしている。

ピロリン。

「……スマホ、見ないんですか」
「え?あ〜……うん。あ、ウザい?ちょい待って、マナーモードにする…、

言いながら彼女がカバンに手を入れる。その瞬間、今まででいちばん濃い呪力を感じて、本能的に感じとる。

「っ出すな!」
「へ?」

時すでに遅し。
カバンから取り出された彼女のスマホから、まるで呪物のように溢れ出るどす黒い呪力。

咄嗟にスマホを奪い取る。

ピロリン。

鳴るたびに溢れるそれは、泥のよう。
音が鳴るたびに、玉犬が唸る。

呪力に触れたせいか、式神も視覚できるようになったミョウジさんが困惑した顔をした。

「ミョウジさん、この、鳴ってるの何か聞いてもいいですか」
「……そしたら、めぐぴココ出れんの?」

目を合わせて頷くと、彼女は目を伏せる。

「……あたし、今ガッコでハブられてんの」
「……はい」

親友の彼氏が、ミョウジさんのことを好きになったこと。それを断ったら、まるでミョウジさんがその彼氏を寝取ろうとしたかのように嘘の噂を流されたこと。親友だと思っていた人に、嫌がらせを受けていること。

「全然あたしのこと信じてくんないの、ウケるよね。今日も、ガッコさぼっちゃった」

ヘラリ、とミョウジさんは笑う。
よくあるメロドラマのような展開だが、実際に起きたときの辛さは想像に易い。

あたり一面に呪力が蔓延していたのは、きっと電波に呪詛が乗っていたからだ。
彼女の存在が気づかれなかったのも、その身の近くに呪力の根源を置いていたからだと推察される。

呪いはマイナスの気持ちの積み重なりだ。
それがこんなに濃く蔓延る程の言葉とは、どんなに醜いものだろう。

ひっきりなしに鳴るそれは、かつての親友からなのか、それともその男からなのか。


「スマホ、壊しても良いですか。弁償はしますけど、データは消えます」


祓うと同時に壊れるだろうそれの、許可を取る。
聞かれたミョウジさんは、泣きそうな顔をした。泣きそうな顔をして、瞬きを数回すると、無理やり作った笑顔をこちらに向ける。


「いーよ。こんなん、もういらないし」

何故だか俺まで泣きそうになった。
きっと、俺とは違う尺度の世界で生きるこの人にとって、この機械の中にあるものはかけがえのない何かであったはずなのに。

スマホを玉犬に咥えさせると、画面が砕かれる音がした。

音と同時に、漂っていた呪力もだんだんと消えていく。
受け入れる器がなくなったのだから、電波ももう飛んでこない。

「わ!ワンちゃん消えちゃった、」

触ろうとした玉犬が消えて驚くミョウジさんは、先程とは打って変わって、出会った当初の雰囲気に戻っていた。

「スマホ、新しいの高専から送るので少しだけ待っててください」
「マジ?最新機種?」
「いや同じやつです」

な〜んだ、と文句を言うミョウジさんに、紙を差し出す。

「なんこれ、」
「俺の連絡先です。なんかあったら言ってください。最悪、相手ボコすんで」

あのスマホは壊れたし、連絡先を教えなければ、また同じように呪詛を飛ばされる心配もない。けれど、それは電波の上での話に過ぎない。
きっと、彼女はまだつらい思いをしながら、現実を生きなければならない。

せめても、と思って渡した俺の番号が書かれた紙を見つめるミョウジさんは、心底嬉しそうに笑っていた。


「めぐぴこれ、ナンパじゃん」


うるさい。