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3 お腹すいた


「人の部屋を開けるときはノックをしやがれクソガキ。」


ドアから顔をのぞかせたユフィを睨み付けながらうなるように言うと、彼女は眉を下げてドアをさらに半分ほど開けた。
そうしたことで目に入ってくる彼女の姿に、リヴァイは嫌でも視線がいってしまう。

それは部屋着だろうか。
髪を下ろしているユフィは大きなダボダボの白い半袖Tシャツ一枚だけを見にまとっており、Tシャツの裾からすらりと伸びる白い足がいやにその存在を主張していた。

数秒の間をおいて、渾身の理性で視線を足から書類に引き戻す。


「……どうした。用があるんならさっさと言え。」

「お腹すいた……。」

「あ?夕食は食堂で食べられたはずだ。」

「行ってない。忘れてた。」

「知るかよ。晩飯食い損ねたてめぇが悪い。」

「…………。」


沈黙が訪れてリヴァイが顔を上げると、ひどくしょんぼりとしたユフィと目が合ってしまい、さらに夕食のときに食堂のおばちゃんに沢山作ったからと押し付けられたスコーンが棚にあることも思い出してしまった。

空腹のユフィと、明日にでも誰かにあげてしまおうと思っていたスコーンが不本意ながら繋がる。


「チッ。」


舌打ちして頭をガシガシと掻きながら、立ち上がる。


「だらしねぇ格好で廊下に突っ立ってんな。中入れ。」


自分の甘さに嫌気がさしながらぶっきらぼうに言うと、ユフィは黙ってその足を部屋に踏み入れて後ろ手に扉を閉めた。

棚から紙袋に入ったスコーンを取り出し、リヴァイの動きをじっと見ていたユフィに向かってソファーに「座れ。」と顎をしゃくった。


「これはてめぇが派遣初日だから特別にだ。二度はないと思え。」

「!」


大人しくソファーに収まったユフィに紙袋を投げてよこすと、それをキャッチした彼女は嬉しそうにスコーンを取り出して頬張り始めたので、リヴァイはデスクの椅子に戻り、両肘をついて顔の前で手を組んだ。

(まぁ、ちょうどいい。)

気になっていたことを聞ける機会だ。


「ユフィと言ったか。地下街出身の人間が地上に出られるのはそうそうある話じゃねぇ。技術部に入ったのはどういう経緯だ?」

「……むぐもが、」

「口の中にあるものを飲み込んでから答えろ。」


どうやら質問に答える意思があるようだ。
リヴァイはまだユフィという人格を掴めていないので会話も手探り状態である。

ごくんとスコーンを飲み込み、ユフィは手元を見つめながら口を開く。


「小さい頃からずっと機械いじったり、作ることが好きだった。地下でもゴミをあされば道具とか素材を集められる。おばさんは良く思ってなかったみたいだけど。」

「両親はどうした?」

「8歳のときに病気で死んじゃった。だから遠い親戚のおばさんのところで暮らしてた。おばさんはアル中だからガラクタ集めがバレたときじゃなくても叩くんだよ。」

「……。」


ユフィはまたスコーンをかじる。

地下では親のいない子どもは珍しくない。
伝染病で命を落としたり、殺されたり、捨てられたりと理由は様々だ。


「リヴァイを初めて見たのは12歳のときかな。」

「!」


ユフィは昼間に出会ったときと同じように瞳を輝かせて、リヴァイを見た。


「立体機動装置もそのとき初めて知った。リヴァイ、あたしの頭の上をすごい早さで飛んでったの!すごいカッコよかった……。頭から離れなくなった。だから自分でも作ってみようと思ったの。」

「ほぅ。」

「結構ね、いいところまでいったんだよ。でも後から知ったんだけど、立体機動装置って素人が作っちゃダメなんだって。あと少しで完成ってときにバレて大人がやってきて、殺されるかと思ったら技術部の"師匠"のところに連れてこられた。」


立体機動装置は技術部でのみ製造されることが許されているもので、真似事であっても一般人が作ることは法律で許されていない。

普通なら極刑に値するが、たぶん裏の人間が技術部に手を回したのだろう。

そして地下の人間を招き入れるという例外をおかしてまで、彼女は殺すには惜しい人材ということか。


「なるほど。」


これでリヴァイに強い興味を示していた理由も分かった。
それに地下ではゴロツキと呼ばれて散々なことをしてきたが、こんな形で他人に影響を与えるとは思ってもみなかった。

リヴァイが地下にいたころなら技術部に地下の少女が連れて行かれたなんて情報は確実に入ってくるが、初耳ということは彼がエルヴィンに引き抜かれた後のことなのだろう。

最後の一かけらを口に放り込むと、ユフィは満足したようにソファーから立ち上がる。

ふわりと揺らめくTシャツと太ももの境目に再び目が行ってしまい、リヴァイは自分が男であることを恨めしく思った。


「このことは秘密だよ。誰にも言っちゃいけないって"師匠"に言われてるんだけど、リヴァイだから教えてあげる。あとね、」


ドアの前でモジモジしたユフィは頬をほんのりと染めてソファーの方に視線をやり、


「あり……がと?」


そう言って脱兎の如く部屋から出て行った後、彼女の工房に派手に駆け込む音が聞こえてきた。

一瞬訳が分からず、ユフィの視線の先を見るとスコーンの紙袋が置いてあり、やっとそれのお礼だと理解する。


「……礼は言えるんじゃねぇか。」


結局、呼び捨てを彼女に注意するのを忘れてしまっていたのを、寝る直前に思い出したリヴァイだった。

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