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THE PRESENT WORLD 1


※転生現パロ













俺には、前世の記憶ってものがある。

そのことは今まで誰にも明かしていない。
むしろ、話したところで一体誰が信じる?
オカルトにハマった頭のおかしい男として冷たい視線を浴びるのが関の山だ。

その記憶を“思い出し”(表現としては、それが一番しっくりきた)始めたのは、あのクソ眼鏡と15のときに出会ってからだ。
高校に上がった俺と同じクラスに、奴はいた。
その姿を見た瞬間、名前こそ日本人のものだったが、そいつに別の名前があったことを俺はなぜか“思い出し”た。
不可思議な体験を検証しようと思った俺は奴に接触を試みた。

現世でもクソ眼鏡はクソ眼鏡だった。

膝上5センチのスカートをはいた奴(違和感が拭えない)と会話するたびに、前世の記憶がチカチカと脳裏にまたたきながらよみがえってきたのだ。
それはすべてクソ眼鏡を視界に入れた記憶のみだった。

得た断片的な映像を繋ぎ合わせて、理解した。
自分は前世に、あの壁に囲まれた世界で、人類最強の兵士として生きていたということを。
そして生まれ変わった俺は今、日本にある東京の片隅で、ごく普通の高校生をしている。

話していると記憶がどんどん流れ込んでくる一方で、クソ眼鏡は過去を1ミリも思い出す気配がない。
こっちが戦友との思わぬ再会に少なからず気分が高揚しているというのに、中学のころはカエルの解剖にハマっていたとか、どうでもいいことをペラペラと語ってくる。
そんなやつにこのことを話しても無意味だと思い、“お前は思い出さないのか?”と言いかけた唇をぐっと閉じた。
というより、口に出したらろくなことにならない、と感じた方が正しいかもしれない。

あんなに冷えた目を向けられるのは、もうたくさんだ。
ガキの頃に刻み付けられた教訓はしっかりと俺の血管に流れていたわけだ。

記憶が少しよみがえったからといって、生活が変わるわけではない。
普通に高校へ通い、普通に大学へ進学し、普通に就職した。
この世界はやたらと平和で、少なくとも日本では命をかけて戦わなければならない相手など存在しなかった。

時が経つにつれ、前世で関わりのあったメンツと何度か再開した。

案外近くにいるもんだな、といつかに胸の中でひとりごちたことがある。
垂れ目の悪友は高校2年のときに転校してきた。
それに女型と戦った俺の班の連中は大学3年のときに後輩として同じ学科に入学してきたし、金髪の切れ者は入社した会社の跡取り息子として企画部にいた。
さらに巨人のクソガキは俺の6年後にこの会社へ入社し、根暗女はその同期で現世でも幼なじみだった。

そいつらと会話するたびに、前世で相手と過ごした記憶がまるで映りの悪いテレビがぱったりと直ったかのように浮かんでくるのだった。

ただしそんな現象が起こるのは、いつも俺だけだ。
相手はこの世界での名前を名乗り、初対面のように(まぁ実際そうなのだが)接してくる。

そうして俺は脳内の映像を着々と補っていき、前世を生きたあの世界がどれだけ無情で過酷だったのかを思い出していった。
だが、まだ大きく抜けている気がする。
ガキの頃は思い出せない。
それ以上にもっと大きな存在が記憶に欠けている、そんな勘のようなものが、いつも胸の片隅をくすぶらせていた。

「そう言えば、今年の新卒に俺の後輩が入ってくるんですよ。」

ここは自社ビルの企画部があるフロア。
廊下の突き当たりに設置された自販機の前でかち合ったクソガキが、思い出したように声をかけてきた。
営業部であるこいつがいる下の階には自販機がないのだ。
そもそも各階のオフィスにはコーヒーサーバーが設置してあるのだが、俺は気分転換に自販機までやってきて一息入れることが多い。
ちなみにクソガキは炭酸性のエナジードリンク目当てでここに来る。

「そっちに配属されたらよろしくお願いします。」

前世の団服から今は紺色の細身なスーツに身を包んで青い缶をすするこいつは、部署は違えどよく俺に絡んでくる。

「ほぅ。お前に似て死に急ぎ野郎でないといいがな。」

意思の強さゆえにカッとなると表情や口に出てしまうのは、前世も今世も変わらない、らしい。
取引先に向かって“いいから黙って弊社に任せてください!”などとまくし立てた話は、今や社内で知らない者はいないだろう。

「はは、大丈夫ですよ!色々気が利くやつなんで。」

「どうだかな。」

ブラックコーヒーを傾けながら受け流した。
もうそんな季節なのか、と月日の流れる早さを実感する。
現代社会はなんやかんやと忙しなく、タスクを処理していたら1年はあっという間だ。
俺も、もう30になる。

(あの世界なら、今ごろ俺はあいつに……。)

ふいに、霞がかかった映像が頭に浮かぶ。
白く細かい砂嵐の向こうに人影が見えた気がした。
不鮮明がひどくもどかしい。
しかしどんなに意識をこらしても、砂嵐はおさまらなかった。

「……どうしました?」

「あ?」

不思議そうな声で現実に引き戻された。

「珍しいですね、ボーっとするなんて。」

「……いや、何でもない。」

顔色を伺ってくる視線を避けるように、俺は窓の外に広がるコンクリートジャングルを眺めながら缶コーヒーを飲み干す。

冷たい液体が、いやに苦く喉に残った。

“あいつ”って、誰だ?




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