*クマのクッキー


夢ノ咲学院生徒会室。




一年生にして、学院最強とかつて謳われた『fine』に所属する、姫宮桃李。
彼に、冒頭の場でふりまわされているのは、いつも通りの人物だった。


生徒会室には部外者は入ってはならないという、規則だか暗黙のルールやらは、もう無いようなものと化したのか、その人物は困惑した様子でそこにいた。





「瑠奈〜甘いもの無い〜?」

「ちょ、ちょっと姫宮君?流石にそろそろやめたら...?」





桃李は書類整理に追われていて、それに付き添い...というのが表向きなのか?
しかしそれだと矛盾しますのが、机脇に置かれていた(過去形)ココアとプレーンのクマ型クッキー。しかも大量の。それに、用意周到とばかりにある紅茶。

...そしていない弓弦。


さっきからティータイムという名のやけ食いが、ずっと行われていたので、振り回されていた瑠奈は、見るに見かねていたのだ。


そう、ここからわかるように、振り回されていたのは、月宮瑠奈...夢ノ咲学院唯一のプロデュース科所属(二年生)だ。

彼女には功績もあるし信頼もある。
だからこそ、生徒会室にいるのも、もう敬人は何も言わなくなってしまった。もっとも、初めは『部外者は生徒会室に入るな』と、もっともなことを言っていたが。



まぁこうなってしまった経緯を説明すれば、桃李が『書類整理に付き合って?』と、涙目+上目遣いで頼んできたので、気を利かせてクッキーを持って行ったら、ただのお茶会になりかけてしまった...というところだ。

そして桃李は、お菓子をもう食べ終わり、まだ足りないと瑠奈に頼み込んでいたのだ。涙目+上目遣いで。



まぁ。
ここで甘やかすつもりになる、瑠奈ではなかったが。




「姫宮君?もうダメだよ?」

「え〜!!瑠奈のケチ!」




ピシャリと瑠奈は言い放ったが、やはり桃李は不服不満。やる気のなさが顔に出てしまっている。

...というか、演技だろうが泣きそうだ。
何か、オーラを感じる。


流石にまずいと思ったのか、瑠奈は桃李の顔を覗き込んで、困ったように笑った。そして、


「じ、じゃあ、書類整理終わったらクッキーご馳走するよ。」


ね?だから元気出して?と桃李の手を握って笑い、桃李の目をじっと見つめた。

すると案外折れるのは早く。



「ま、まぁ。食べてやらないことも無いけど!」



と、謎の意地と謎のやる気を見せて、書類の方へ意識を変えたのだった。







ーーーーーーー





一方瑠奈といえば。




するつもりの無かった約束をご丁寧に守るため、調理室に来ていた。
そんなの口約束でいい気もしたが、そんなことした日には本当に桃李が泣きかねないのだ。

まぁ彼女のことだから、多分桃李では無くても健気に約束を守ったのだろう。普通といった表情だ。いや、むしろおかし作りを楽しみにしているような気もする。


材料があるかは不安だったが、どうやらあるようだ。

...と、脳で結論付けて、髪をゴムで後ろに束ね、何処からか出したエプロンに身を包んだ。


クッキーは時間がちょいとばかしかかりすぎるが、桃李のあの書類の量からいって、ちょうどいいくらいだろう。多分。


瑠奈は材料を全て台の上に乗っけると、一般人では覚えてなさそうな手順を、慣れた手つきでこなし始めた。

そしてせっかくだから、溶かし砂糖でクマでも描こうかなぁ〜と、砂糖を火にかける。

生地は少し寝かせなくてはいけないので、クッキーと一緒にあまり出てこないであろう、生クリーム作りに入る。

この手際のよさは、プロデューサーの副産物なのだろうか。

砂糖も溶けてきたようなので器に移し、偶然見つけた赤の着色料と混ぜて、クマを描くのをクッキングシートで練習する。


うん、我ながら酷い。

と脳で頷き、ねかしていた生地を冷蔵庫から出す。




すると、不意に後ろから声がかかる。



「あれ?瑠奈〜...なんか甘い匂いすると思ったら、お菓子作ってたんだ〜」




声の主を確かめようと(いや声でわかったが)振り返れば、黒の髪と鮮やかな赤い瞳をした吸血鬼がそこにいた。



「あ...凛月君。お菓子ならもうちょっとしないとできないけど...」




焼いてから、砂糖でクマ描いて、生クリームも用意しとくってなれば、結構かかるものだ。

私はなんだか申し訳なくて「ごめんね?」と凛月君に笑い、出した生地をラップを外し伸ばして、用意しておいた型で型抜きし、クッキングシートに置きき始めた。




「ふぅん、そうなんだ。...んじゃあ俺の目を覚ますためと思って、血ィくれないかなぁ♪」





...いやおかしいだろ。
もう一回言うよ?いやおかしいだろ。


だってさ、関係無いでしょ。



クッキーは時間がちょいとばかしかかっちゃうよ。

じゃあ血頂戴。






じゃあって何、じゃあって!

まぁ、これで凛月君の朝夜反対が治るなら、喜んで受けるんだけど....

と考えながら、クッキーをオーブンに入れて、焼き始める。


「ちょ、ちょっと無理かなぁ〜...あはは。」




そういうわけでも無いので、とにかく柔らかく断っておく。私は完全平和主義者なんですから。

って、なんかキャラがそろそろ崩壊し始めちゃってるけど。


から笑いを浮かべている私を凛月君は、やはり不満そうに見ている。

なんで夢ノ咲には我儘な子供ばかりがいるんでしょうか...いや今更ですね。悪い人じゃ無いんですけど。




「瑠奈のケチ。んじゃあこれから授業はちゃんと出るからさ?血、頂戴?」

「え、本当!?」




...え。

ま、マジ?で、す、か。


これは乗らない手は無い!
私は快く承認しようと凛月君の手を握ろうとした。

ろうとした。




すると。
目の前の凛月君は、いきなり右にスライドし、自分は後ろにスライドした。

いきなりの事で、判断が遅れたが。
後ろを見れば誰かというのはすぐわかった。


凛月君は、私ではなく私の後ろに視線を送っている。目を丸くさせて。




「あれ、まーくん。もう見つけたの?」

「もう見つけたの?じゃね〜よ!まったく...どうしてお前はいつもいつも...」




そう。

巻き込まれおせっかい苦労性の代名詞。衣更真緒君だ。

私の左手を軽く引っ張って、転ばない程度に。

後ろに私をスライドさせていたのも、凛月君をスライドさせていたのも、サリーの仕業だ。


私もびっくりして、どうしてここに?と聞けば、凛月の声が聞こえたと言う。まったくなかいいなぁ...微笑ましい。





「ってか、瑠奈もそういう約束すぐにするなよな〜...わかったか?」

「え?あ、はい。」






凛月君は私の生暖かい視線に気づくと、気まずそうに視線を外し、「まぁ、仕方ないから今回は血、諦めてあげるよ。」と、私に笑い、調理室からまったりと出て行った。

きっと恥ずかしくなったか、どうでも良くなったかのどちらかだ。





「あ、そういやお前何やってんだ?菓子作りっぽいけど...」

「え?ああ、姫宮君にね...ちょっと。」

「...ふーん、大変だなお前も。」






あれ、まだ出ていかないのか珍しい。


いつもなら凛月君を見張りに行くのに、今日は気分でも違ったのか。


というか、まず凛月君が血を諦めたとこからもう珍しい。絶対現在無理とわかれば、約束を取り付けるのに。



...というか、好きな男子と二人っきりっていうところから、既におかしい!

何?バツゲーム?
天罰なのこれ!?いや、なら神様は優しすぎるか天然Sなんだきっと。


今日も真緒君に差し入れでもしようかと生徒会室に行けば、姫宮君が書類の山に埋もれてるし。

いや、可哀想だからって手を差し伸べちゃった私にも非はあるけど!

ま、それにお菓子作りは好きだし楽しいから、結果オーライなのかもしれないけど!





「あ、そ、そういえば。」

「ん?何だ?」





や、やべ。

なんか一人で気まずくなっちゃって、話題考えずに「そういえば」とか言っちゃったんだけど!

え、えっと、話題...話題....

あ。




「真緒君今日は生徒会室にいなかったね。」

「あー、ちょっと練習にな。」

「練習?」

「ああ!流石に俺もやんなきゃ、彼奴らと肩並べらんねーしな!」

「...流石は自分の首絞めてるだけはあるね。」

「いや、そこは労う所だろ!」





お、思いの外話が広がった!

...私ちょっとウッキ〜に似てるかも。



でも練習してたのか。

まぁ、そりゃあそうだよね。生徒会会計ではあるけど、真緒君は『trickster』だもんね。

それに彼処には、スバルっていう一等星や、ホッケ〜っていう堅物王子や、ウッキ〜っていう眼がn...負けん気の強い努力家がいるんだから。

いくら天才でも練習しなきゃ、肩並べられないよね。





「まぁ、そういうの私はす...」

「?」






あ。やべ。







「好きじゃなくは無いよ!」

「...おい、それってどういう「あ、クッキー焼けた!」






オーブンに入れておいてよかった...


焼けたのを知らせる音が鳴り、私はオーブンを開けた。どうやら成功のようだ。

まだ熱いから、少し冷ましてからだけど、あとはクマを描くだけ!





「真緒君も食べる?」

「え?いいのか?でもそれって姫宮のじゃあ...」

「いいのいいの☆」





あ、でもクマは描かなくてもいいかな?


...いや可哀想か、後で届けよう。

ま、まぁ。
クッキー作った駄賃として、好きな人とのティータイム楽しむくらい、天然S系神様も許してくれる...よね?




「私がそうしたいんだから。」












(そうか...っておい!それ)

(さぁ食べよう食べよう!)

(お前はそんなに俺の言葉を遮りたいのか...)

(え?あー美味しそうだなー)

(...まぁいいか。)








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