深い、深い、青。
 波間から射しこみ揺れる光の紗[ヴェール]。


「あのひとったら、ひどい…ひどいのよ、おとうさま」

 愛娘が泣きじゃくって訴える。そう、愛娘だ。彼女は実の娘でないにしろ幼い時分に私と私の妻なる女[ひと]が大切に大切に育てた娘。
 その愛娘が目を腫らして泣いている。愛らしい顔が台無しだ。まったく。彼はこの娘がこんなにも泣くと知っているのだろうか。知らないのなら想像力が足りないし、知っているのなら配慮が足りない。どちらにせよ彼が娘にとって相応しいのか疑わしい。そしてこれが初めてではないことも含めて苦く思う。私はいつだってこの玉座で彼女を迎え入れ妻とともに慰めた。

 彼女の黒目がちの瞳は潤み、長い睫毛は珠玉のような涙に飾られている。乾いて皺を刻んだ指先で拭ってやる。彼女を傷付けないようにそっと。そして頭を撫でて微笑んで見せると、娘は私の胸に顔を押し付けて嗚咽する。落ち着くようにと背中を叩いて鎮まるのを待つ。

「大丈夫。大丈夫よ、ヘラ。私もオケアノスも貴女の味方だわ」

 妻・テテュスが娘の肩を抱き、髪を撫ぜる。

「おかあさま、…」

 言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。
 それは恐らく女王としての矜持だ。彼の不実への不満を口にするだけで十分だったのかもしれない。しかしながら私は今度こそ甘やかしたいのでなるだけ優しい声音で囁いた。

「私たちは貴女に出来るだけのことをしたいんだよ。だからと言ってご覧。私たちの可愛いお姫様」






<2011/10/25>
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