右手が石面を掻く。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 皮膚は疾に破れ剥き出しになった肉が削られ元の輪郭を失い溢れる体液を留めることなど出来ない。平らな石畳のそれでも起伏のある表面を力を入れて掻く。指先から絶え間無く脳髄まで迸る焼けるような痛み。幾度となく繰り返す。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 指先を只管痛め付けるこの行為が自己否定であることは疑いようが無かった。死ぬことが出来ないならせめて母が私など産んでくれなければよかったのだ。こんな惨めな思いをするくらいなら。誰もが美しいと讃える数多のモノを作り上げたのはこの手だった。指だった。だけれどそれが何だというのか。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 しんでしまえ。心の中で呟いてそれは誰に宛てた呪詛なのかと遅まきに思う。いつもは阿諛追従するくせにその実私を蔑み嘲り続ける者達だろうか。それを忘れようとしていた自分自身か。それともそんな苦悶すら知らず幸福を享受する者達か。全部かもしれない。全部しんでしまえ。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 ああ可笑しい。なんて意味の無い呪いだろう。私は死なないから死ねないからこんな屈辱を味わい続けるのに永遠にこんな屈辱を味わい続けるのに。気付かなければよかった。忘れたままいたかった。否。やはりそれも我慢ならない。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 私など妻を寝取られて当然と陰で誰もが言う。足萎え醜貌の鍛冶神と脚速き美丈夫の軍神ならどちらを選ぶか決まっていると。何処までも見下げられたことだ。私にはそれに報じる術がないというのか。力ある者に諂うしか出来ない無能共が。腹立たしい。だから見せてやった。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 結局のところ私が片端であることに変わりなくそれが嘲笑され続けることにもそれを憐れま続けることにも変わりがない。それを思い知っただけだった。度し難い。やはりそれも何に向けて漏らした嘆息なのか判らなかった。もう嘆くのはやめよう。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 煩わしいのだ。媚びた嘲弄の声。蔑む憐憫の目。何もかもが。煩わしいと誰かに気取られることさえ厭わしい。ああ違う違うそうじゃない。そうじゃない。しかしそんなものに厭わしいと感じる自分自身に沸き立つ感情の名を知らなかった。

  ザリザリザリザリザリザリザリザ…、

 絶えず右手から伝わる痛みだけが確かなだけで避けようとする本能を捩伏せて繰り返す自傷などはどうせ忽ちの内に癒えてしまうのにただ否定したくて吐いてしまいたくて拒絶したくて叫んでしまいたくてころしてしまいたくてどうせしんだりしないけれど、

  ザリザリザリザッ。




 「頸を刎ねてしまえばよかった」

 「誰の首だよ」



<2009/09/30>
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