桜田さまへ | ナノ





「疲労が重なったんでしょう。――熱もありませんし、しばらく安静にしていれば大丈夫ですよ」
「……情けねえな、俺」
「無理しすぎなんですよ。たまには自分に優しくして下さい」
「……。お前に言われたくねえよ。――授業、」
「無理ですよ。今日は休んで下さい、倒れたあなたが戻って来たんじゃ生徒は余計心配するでしょう」
「なら帰る。保健医に世話焼かれる教師なんざ、」
「今の状態じゃ車の運転は難しいと思いますけど――タクシー、呼びますか?」
「……。大袈裟」
「寝てて下さい、今日は。後で送りますよ」
「悪ィ」
「――なにか、あったんですか? 聞きますよ、俺でよければ」
「……」





* * *





土方が授業中に昏倒したらしい。らしい、とはいえ俺はそこにいた。ただあまりにその光景が、その一瞬が現実味を欠いていて、その場にいたにもかかわらず未だそれ、が飲み込めていない。

何故、なのだろう。昨日までだって別段具合が悪そうというわけでもなかった。常日頃から付き纏っている上ここ最近授業にさえ、土方が担当するという事だけで出ているのだ、僅かな変化にも気づかぬわけがない。ただ突如、教壇に立っていた姿が崩れ落ちた。持っていたチョークが床に落ち割れる甲高い音、は耳に届いた。
突然の事に呆気に取られる俺をよそにクラス全員が混乱の渦中に陥り、そのうち幾らか冷静という感情を所持していたらしい生徒数人によって教師が何人か呼ばれ、最終的には保健室に運ばれていった、ような気がする。今や混乱は去り、職員室で暇を持て余していたらしい教師が黒板に自習と書いて以来、教室内は休み時間然とした状態。俺の前の席も主は留守、代わりに座った銀時が、俺の机に片肘ついてもちゃもちゃとやかましい音を立てながらスニッカーズを食い食いジャンプを広げている。

「景気悪い顔しちゃって」
「あ?」
「顔がいつも以上に怖え事になってますよー晋ちゃん」
「うるせェ。触んなボケ」

ページを捲っていた指が俺のほうへ伸び眉間をぐいぐい押す。スニッカーズを咥えながら器用にも喋る馬鹿の片手を払いのけた。

「心当たりないの」
「……何が」
「俺の愛しの土方せんせの卒倒について」
「お前のじゃねェだろが」
「まだお前のでもねーでしょうが阿呆。――で」

どうなの、と。目はジャンプに向いた儘であいかわらずスニッカーズをもちゃもちゃ食ってるものの声音はいつもよりかは真剣で、だから俺も少しばかり真剣に、さあ、と答える。問われた事自体へは本気で真剣に考えを巡らせたが、答えはいっかな出て来ない。

「……解んねー」
「俺も解んねえわ。後で保健室行ってみる?」
「何でテメェと行かなきゃなんだよ」
「んー、同じ人を愛する者同士?」
「馬鹿か」

鼻で笑った、その時教室の扉が開いた。しかし教室内は喧騒の渦、誰が気づくでもない。入って来た白衣姿の男は事務机で船を漕いでいた教師に声を掛けて何がしか話している。何となしに眺めている俺に気づいた銀時が俺の視線を追って振り返った。スニッカーズを食べ終えて口を拭いながら、あれまた来た、と呟く。

「あ? 何が」
「ほらアレ。さっきも来た、っつーか土方担いでったろ? ……何お前覚えてねえの」
「……」

なにぶんその時の記憶が薄い。何故か、と考え――ああ、怖かったんだ、と納得する。彼は、土方は、いなくなる事などないと信じ込んでいた、そのことすら考え至る事もなく、毎日毎日好きだ、と。誰だっていつどんな事が起こるか解りゃしない、のに。いて当然だと、いつも不機嫌そうに煙草の匂いを纏ってこっちを見る事、が――崩壊しない可能性がないわけがない。

酷く足元が揺らいだ、気がした。

「……あれ、なんかお前の事見てね?」

銀時の声に我に返る。視線を追った先、事務机に座る眠そうな教師が明らかに俺を指差していた。その方向に沿うようにこちらを見たもうひとつの視線は、俺を把握した途端に何故か笑んだ。――人懐こいというよりかは、少し困った感じの、笑顔。



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