少年雪月花 | ナノ




何がハッピーハロウィンだ笑わせやがる、内心毒づいた、毒づくことが出来たのは周囲の同級生や教師に散々菓子をたかり尽くされた後のことだ。朝、昼、そして放課後――夕刻近し太陽は空の遠くに浮かぶ鰯雲を橙に染めている。窓から身を乗り出し外をぐるりと眺めた土方は、教室に残る生徒らにこっそりと舌打ちをしてから、結局屋上へ向かうこととした。――そもそも二階では、低い。

「……何でいるんだよ」

屋上への扉を開けると、待ち構えたように高杉が手摺りに寄り掛かって土方の視線を捕らえた。ここにはいないと思い込んでいた土方は驚くよりは呆れ、後ろ手に扉を閉める。

「待ってた。悪いか?」
「そうじゃねえよ。――とっくに戻ったと思ってた」
「随分楽しそうだったんでね」

側近くに歩み寄ると、高杉は右手を差し出した。土方の眉間に深い皺が刻まれる。

「菓子、は要らねえっつったのは誰だった?」
「時と場合に依る」
「……。まあ、あるっちゃあるけど」

土方は渋々、躊躇い躊躇い、高杉との距離を詰めて、珍しく煙草のない高杉の唇を食むように口づける。重なる瞬間、高杉は酷く獰猛な眼差しで土方の唇、さらにその内側を見据え、触れるや否や土方の咥内へ舌を捩じ込んだ。グ、苦しそうな吐息が漏れたが、そんな些末なことに気を取られるまでもないのは双方同様であった。

絡め取り、おびき寄せる高杉の舌で土方のそれもまた応え、後を追って高杉の口へ呑まれる。ああそろそろだ、鼓動が急速に速まりながらも頭の片隅で予感する。――案の定、鋭い痛みが走った。この瞬間ばかりは慣れぬ、咄嗟に離れようとする身体を高杉の腕が土方の顎と肩を痛むほど掴み、逃がすを許さない。拘束に身体を委ねると、今度は酷い立ち眩みが土方を襲った。高杉の手は肩と顎を解放し、今度は背と腰を支える。その間もずっと、高杉の唇は、土方の舌を吸い続けていた。一分経ったろうか、高杉はいったん土方の舌から離れ、血の気の失せた土方の唇をひと舐めして、腰を抱いた儘頭を土方の首のあたりに埋めた。

「……長え、よ」
「旨かった」
「くらくらする」
「座るか?」
「座る」
「食うか」
「食う」

二人揃って、抱き抱かれた儘地面に座り込む。背中にあった高杉の手は土方の腿のあたりにくったりと置かれた。それを両手で抱え上げた土方は、その白い指先を静かに舐め、ゆっくりと、中指の第一関節に歯を立てた。折れる音も千切れる音もしない。中指の第一関節がなくなると、次は薬指の先も一緒に口の中へ納める。自分の指先がなくなってゆくのを高杉はじ、っと見ている。五本のうち四本の指を食べ尽くしてやっと、土方は顔を上げた。

「……。お前、昼飯何食った」
「今日は朝しか食ってねえ」
「嘘つけ」
「担任にカツアゲ決めて半分貰った」
「てめえこの野郎」

ぺし、頬を軽く叩く土方に高杉はからから笑って、土方の隣へ場所を移動した。

「我慢出来なかったのかよ。俺の血だけで」
「そりゃ、惚れた奴が手ずから作った菓子ならなァ」
「……お前、水道水は飲めねえだろ」
「作り方は担任に訊いたぜ。湯にしてから使うんだろ? 琥珀糖とか言うんだったか、わざわざ『水』を煮沸する菓子を選んだ理由は――勝手に誤解していいな?」

土方は継ぐ言葉を探しあぐね、結局舌打ちをして顔を逸らした。高杉はしばらく笑い、飽きたところで長く息を吐き、ポケットから細長の箱を取り出した。ほらよ、拗ねた儘の土方へ向ける。

「昨日の夜のうちに調合しておいた。ついでに煙管もやる。そろそろ新調しなきゃ可哀想だろ」

箱の中には、黒色の硝子で出来た小さな煙管と燐寸箱、掌に収まる程度の円い缶があった。煙草の葉を調合する腕は、何年経てど土方は敵うことがない。それを理由に着かず離れずいるというわけではないが、生まれて早何百年と経って仕舞った。人間の真似事をするようになったのはいつからか、そして何回目になろうか。元々水に住む高杉にとって、世界は随分穢れている。そのあたりの水を飲むより、同じあやかしの類の血のほうがずっとずっと身体に良い、ということで、高杉はいつからか吸血鬼のようにもなって仕舞った。そして身体が鳥の一部である土方もまた、旨い肉が求められなくなり、血を呑むあやかしとなった高杉の肉を食べて生きるようになった。――この変化で、寿命が延びたか縮んだかは解らぬ。まだ。そもそも、死ねるかどうかも。

「……あいつら、どうやって人間やってんだ」
「辞めたんじゃねえか?」
「その辞め方も解らねえだろ」
「永遠は嫌いか、それとも飽きたか。時間と俺に」
「俺の知るお前はそんなクソくだらねえ質問するような奴じゃなかった」

貰ったばかりの煙管を矯めつ眇めつしながら小さく嘆息する。たまには人間らしいことも言わせろよ、土方の態度など意に介さず高杉はまたも笑う。――夜の帷が降りてきた。海の向こうのモンスターが自由気儘にヒトの世界を闊歩出来る、たったの一夜が始まる。高杉はひらひら、と指が欠けた手を振る。元々出血のなかった傷口がふっくりと肉を持ち始める。

「今日は傷の治りも早い」
「――そうか」
「もったいねえよな、こんな一夜を忘れっちまったあいつらは」
「三百六十四日、人の世に苦労せず迎合出来てるだけいいだろ。俺達は――人の辞め時を見失った。食事さえ儘ならない」
「二人の世界ってか」
「笑わせんなボケ」

土方が立ち上がった。見上げるだけの高杉に、傷治さなきゃだろ、言いながら制服の上だけを脱ぎ始める。それなりに高杉を案じているのだ。そっと目を閉じると、肩甲骨が、バキ、と鳴った。そこからは音もなく、ゆっくりと、それこそ烏の濡れ羽色という具合の翼が姿を現わした。

「俺だって、一夜くらいは楽しみたいんだ」

土方が手を伸べると、掴むより先に高杉の舌が長く、どろりと垂れて、その指先を舐めた。引っこ抜くぞ馬鹿野郎、の声に苦く笑い、高杉は今度こそ手を握る。トトッ、と軽やかに土方の脚は手摺りを飛び越え、高杉とともに夜空へと舞い上がった。眼下の俗世はいつもより華やいでいる。茶番だ。人ではないものからすれば、馬鹿にされているとも思える。

「俺はこっちが好い」

風に吹かれながら高杉が、笑みを引っ込めて言う。二人の世界はこんなにも孤独で寒い。結局生き残ったあやかし二匹は知らぬ間に寂しがり屋になっていた。――土方は仕方なくもう片手に抱えた制服のポケットから包みを一つ取り出し、傍らの高杉に手渡す。小さなグラシン紙の袋の中から覗ける、薄紫色と青色の、透明な花の形をした琥珀糖。

「こっちでいいだろ」

顔を向けずに呟いた土方は、どうやら気分が好くなったらしい。高杉は下界を見ながら、片手で器用に琥珀糖を口に運ぶ。甘い。甘いが、欠けた指はさらに癒された。

まあ今日だけは、人でなくてよかったかもしれぬ。寂しがり屋の結論は、やっぱり寂しいものとなったのだった。





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