朽ちるアラウネ | ナノ




予想外にも高杉は甚平を着て土方を迎えに来た。浴衣を着て来なかっただけまだましかもしれないが、これで自分に浴衣、それも女物を着ろだ何だ言い出さないか、彼の姿を目にした瞬間に恐れて仕舞った。かたや土方はいたって普通の、ラフな格好である。高杉が自分を目にした瞬間に何かしらがっかりした感じはしっかり酌み取れて仕舞ったから、なおのこと無茶なことを言い出さぬかと思ったのだった。破目を外すのはたまにだからこそ楽しいのであって、しかしなるべくはしゃいでいる姿を人目に晒したくはない、という葛藤はきわめて自己中心的な考えだとはわかってはいるが、この高杉が横にいれば問答無用で悪目立ちだ。ちょっと待ってろ、いったん高杉を玄関に待たせて部屋へ戻り、帽子を引っ掴んでふたたび戻った。被りながら、待たせたな、なんて言う頃には高杉も土方の思うところを悟っていたろう、だが笑うのみで言及はしなかった。行くぞ、視線だけで、手を引かれているわけでもないのに、土方は自然と従った。

夕陽は夜陰に呑まれ始めている。七時からですよ、念を押すように煙と音だけの花火が空に三発ほど弾けて薄い雲と同化していった。神社まで多少の距離がある。どちらかといえば神仏願い下げるふたりは賽銭をくれてやるつもりもなく、ただ夏休み最後のひと騒ぎに興じる為に大きな鳥居を目指した。夜店が頼りなくも派手に連なる道を、空が昏くなるほどに増えゆく雑踏の往来を、やはり頼りなくも派手に連れ立って歩く。林檎飴、高杉が少し嬉しそうに言うのを、ひとつ全部食えるのかあんなの、純然たる疑問で訊ねた、と同時に思惑に気づいた。……せめて、綿飴にしねえか。わかっちゃねェな、林檎飴のあの、刃物みてえな飴の縁を齧るのがいいんだよ。物騒なことを――呆れながらも結局、土方は止めなかった。揃って列に並ぶ。銀色の浅いトレイの中、赤色を濃くした林檎が幾つも串刺しにされて整然と置かれている。

刃物みたい、か。

ふと、ドォン、と空から轟音が響いた。花火の始まりだ。ちんたらやってんじゃねェよ、毒づく高杉を横目に睨んでから空を見上げた。ちらちらちりちり、金色の火花が燃え尽きて消えてゆくところだった。次いですぐ、赤緑青、円が三つ四つと上がり、辺りからは歓声が上がる。中原中也の鰯さながら眺めていると、オイ行くぞ、と手を掴まれる。今日初めて触れた、そう気づくよりも先に高杉が林檎飴を買っていたこと、そして多分見晴しの好い場所へいざなってくれるだろうことを理解した。傲然と人混みを掻き分け、たまに勝手に立ち止まっては空を見上げる。そのたび、土方は高杉の背中にぶつかった。

どうせ都合よく人の気配がないところを探し当てるんだろうこいつは、などと考えていた土方だったが、結果はそうでもなかった。鳥居をくぐり、広い境内の中に幾つか点在している小さな鳥居のうちひとつだった。他と比べれば混んではいないが、周囲にはそこそこ人がいる。嫌な予感以前に、高台でもあるまいにどこが名所なのかと鳥居の奥を覗こうとする――やめとけ、お前は。止めたのはなぜか苦笑している高杉だ。そのお社は今の時間に見るモンじゃねェ、俺だってぞっとする。……どういうことだよ。ヒント、子供の人形がいっぱい。わかった、やめとくわ。潜り掛けていた鳥居から身を引く。どうりで人気が少なめなわけだ。

上がるぞ、誰かの声で土方高杉揃って鰯に倣う。しゅるるる、風が火を帯びた音は結構好きだ。やがで花開いた光は枝垂れ柳となり、名残惜しく墨色に垂れてゆく。見届けてから、高杉はやっと林檎飴を齧った。冷え固まった飴は確かに刃物のようで、それを食らう高杉に土方はわずか、震えた。今度は恐れではない。

……なあ、なんでお前そんな恰好なんだ。これか? 売ってたから。いや、その柄が――。ああ、女物だって売ってた、化粧で加尾塗り固めた金髪の小娘より俺に着られたほうがコイツも嬉しいだろうよ。何って理屈だよ、それは。
高杉の甚平は、一目でそれこそ高杉の言う小娘に着られる為のものだったろう。黒地に赤白の小さな花が散り、さらには何匹もの赤い蝶が飛び交っている。ところどころの金色はただの色味のアクセントだろうが、土方にはどうも毒のある鱗粉にしか見えぬ。

わざとなのか。

勇気を、あまり遣いたくはない勇気という言葉以外に形容出来ぬ心持ちで以て、土方は高杉に訊いた。高杉は何がだよ、と笑い含みに応えながら空を見ていた。仕方なしに、別に、と切り上げて舌打ちで締めた。変な奴だな、高杉はまたも笑った。

――身体よりも気持ちを先に、すべて喰らい尽くすような奴だ。

こいつは多分覚えていないしそもそも土方の夢か妄想かもわからぬ。だが、いったんその記憶のようなものが頭に湧いて以降、引き比べることが多くなった。――この、こちら側の高杉は、怒りと哀しみに纏われていやしないだろうか。あの派手な着流しの下、あの時の高杉はきっと、背中に自分には見えぬ縫い目かファスナーみたいなものがあって、土方には到底理解出来ぬ感情を隙間なくぎっしりと閉じ込めて仕舞っていた。もし、もし今の高杉もそうならば、今も前もさほど変わらない自分は何をどうすれば善いのだろう。以前は気持ちより先に身体を喰らわれたのだったか。今は、轍を踏まないように生きているぶん、余裕がなくてはならない。もし、今の高杉が、あの高杉と同じだったら、自分は何が出来ようか。

お人形さんの視線が痛ェな、やっぱりここは駄目だ――高杉が呟いた。正直なところ、あの社に人形が置いてあるかは暗くて見えやしない。だとしても高杉が今、場所を変えたがっているのは理解した。……花火なんてもんダシにしないで、普通に誘えよ。それなりに言葉を選び、自分としては珍しいことを口にしたのは、あの高杉もろともこの高杉のより近くにいたくなったからか、あるいは野蛮かつ下卑た思考が土方に囁きかけたからか、両方か。ともかく、高杉の手にある林檎飴を、身を寄せて横からひと齧り。口の中が甘さと、痛みを土方に訴える。さすがの高杉も驚いたのか、しばらく土方を見ていた。だが結局傲然と笑むのだ。

林檎の串刺しは、どこかの神様が見たら不吉がりそうだ。

血は飴ではなくワインだったろうか、そう考えて仕舞った所為で、高杉がほんの少し、ほのめかしたことにその時の土方は気づかなかった。高杉とて、土方が身体の中に閉じ込めていたものたちに手が届かぬ歯痒さをずっとずっと、噛みしめて生きて、死んで、また生きていたのだ。





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