三十万光年の先へ | ナノ




本誌バレあり





生命をふたつ持っているから、ひとつをお前に与えよう。

二万年を生き戦い続け、ついに尽きようとしていた三分間の正義の味方はそれでも、守りたいものの為にその生命を投げ出そうとした。ただひとりの兄はそんな弟を渋りはしたものの結局は己の一部を差し出して世界に生かした。死という形であれ戦いからようやく解放されようとしているのになんと頑固なことよと思う者がひとりとていなかったのは、死の淵にいる彼が慈愛という厄介なものに囚われて仕舞っていたからかもしれない。そして、慈愛を甘受する者どもが一切、事情を知ろうともせず護られるだけでい続けたからでもあるだろう。残念ながら慈愛なんてものは持ち合わせていない自分はしかし、正義の味方にほんのわずか近い仕事をしている。――もし自分が生命をふたつ持っていたならば、そのひとつを彼に与えるだろうか。

委細は知らぬ。しかし死に近しいのは事実であるらしい。正義を語る気はない。税金を煙草や飯に替えて、たまに例外はあるものの、世界にとって都合が善い法に則って白か黒かを決めるだけだ。彼は違った。箱庭に収まるふりをして気まぐれを装い、壁を砕きに徘徊する悪人だった――あくまで、世界から見た限りでは。それは彼にとって使命なのか正道なのか義務なのか、一度とて訊ねたことはない。何であれ、自分が世界の庭師である以上、要らぬ枝は落とさねばならないはずだった――だが自分は、その枝一本を愛して仕舞った。慈愛なんてものではない、下卑た欲だ。そんな欲を抱きながら思うことは、相反して彼にとどめを刺すか否かということだった。同じく慈愛でもって生きていたわけではない彼を、楽にする手段が大義名分とともに自分にはある。先延ばしにしていた枝の伐採に他ならない。来られるなら見舞いに、密かに入った打診に息を呑んだのはなぜなのか、否、どれなのか。

未だ生きている彼に逢える。見届けねばならぬのか。規律から外れるにせよ捕らえる好機ではないか。楽にしてやりたい。昇給くらいは貰えるか。これが最期になるのだろうか。

あの銀色のヒーローのように愚直かつ単純であったなら、こんなに欲の選択肢など持たずに済んだろう。もうひとつの生命を彼に与え、敵なのだから戦えと断ずることも易い――見棄てて殺すことは、それ以上に。

携帯電話が鳴った。見舞いの言伝を寄越した者へ、考えるから三分後に掛け直せと横暴な返答をしてからもう制限時間に達したらしい。ああ三分とはこんなにも短いか、こんな短い時間に悪と決めたものを殺せるあんたが羨ましいぜヒーロー。戦った結果に碌に感謝もされないのに何があんたを駆り立てた? 見返りさえも求めないあんたのように一度くらいはなってみたいよ。せめて今だけは。

携帯電話を取り、断りを入れた。その癖切られた電話を耳許に当て続け、鳴り止まぬ通話終了の電子音をしばらく聴いていた。ツー、ツー、ツー、ツー。ああ、俺が斬らない限り、続いてくれるのだろうか。心臓は活動終了を煽る為に速度を変化させることなく、一定の感覚で動き続けるだろうか。今もこれからも。

落とすべき枯れ枝に息吹が籠められ、出来れば花のひとつも綻ばせてみせて貰えるよう――電子音を耳から離し、届くと信じてそっと口づけた。涙は悲喜どうあれ、未来へとっておく。正義が抱く慈愛の代償に踏み潰された花どもが報われるような、蠱惑的な姿を見せてみろ。そうしたらすぐに、蝶にでもなって飛んでいってやる。毒の鱗粉を撒きながら、すぐに。

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