酷いありさまだ――畳が吸い込み切れずに浮き上がらせた血溜まりはそこかしこ、こんな大店を貸し切る癖に碌に警備も着けずに騒ぐ顛末など考えずとも解ろう、惨状と言っていい座敷を見渡して沖田は無表情の儘に呆れる。しかしこれに果たしてどこの誰が、どの程度の手勢で及んだのか、生き残りは見世に居合わせた者どももろとも避難させた上に、その大多数は混乱を来たしていて話も出来ぬ状態、現段階では結果から想像する他に術がない。この現場は他隊士に預け、沖田は見世を一周りでもするかと座敷を辞する。階段を登り、灯りも消され空となった部屋をふらふらりと見て巡り――弾かれたように振り返る。 「好い女なら、こっちにいンぞ」 昏い中、笑い含みの声は低かった。咄嗟に抜刀する沖田に相手は動じるふうもない。目を凝らした先、吊り上がった口端の上に顔半分を覆う包帯が闇夜に白い――同時、対峙している相手が一人ではないことも知る。両の手で抱きかかえている、人質と思われる身体は着物で包まれていた。生命の無事までは判別つかぬが、抱え上げられた両腕両脚は重力に任せてだらりと垂れている。腕に至っては、両の手首を纏めて縛られていた。 「成程、状況は飲み込めた。指名手配犯様は随分な御趣味を持ってるらしい――女にしちゃ珍しく立派な脚してやがる」 「好い、には変わりねえぜ。付き合うか?」 「馬鹿言うんじゃねえや。俺にゃ上司虐めっつう高尚な趣味がある」 鞘走らせた儘の柄を構え直す沖田に何ら臆することなく、上司に同情するよ、重ねて笑った。抱えられた塊が衣擦れを響かせた。幸か不幸か生きているらしい。 「下の殺しはテメーか」 「だったら?」 「その人質見せびらかして、俺に何の用だよ。逃げる時間はたっぷりあったはずだ」 「意外と頭の回るガキだったんだな。まァ、じきに解るさ」 そういうわけで、やっと逃げさせて貰う――沖田の目の前から、人質を抱えて殺戮者は堂々と、闇夜へ去って行った。 「……怒りのやり場が今日に限って」 手に抜き身をぶら下げた儘、沖田は廊下をひとつ蹴った。 朱い布団の上にて客と花魁の交わす言葉に本音のあるはずがない――なら客でも花魁でもない自分達は随分と自由だ。しかしてここを一歩出ればまた、素知らぬふりして他人以下の間柄。四方に嘘を吐き通し、焦がれ結局煙草が増える。逢う度互いの煙きが濃くなる、――ああこの男の匂いだ、自分の匂いも伝わっているだろうか、口づけの合間くらり酔いしれる。唇を追えば更に匂いが絡み合い、この日を待ち侘びていたことまでは嘘を吐けやしない。 「はぁ、あっ……っ、なあ、」 「何だよ」 「やっぱり、…ほどけよ」 「――だから許せ、これは」 「や、っあ、ああ、んッ」 顔を覆うよう腕を噛む。割って入った邪魔に高杉は寸時眉を顰めどすぐに笑い、可愛いことするようになったモンだ、繋がった身体を更に土方へ傾けて汗の浮く腕をべろりと舐め上げた。――その手首は、麻縄できつく、というほどでもないが、解けない程度に纏め縛られている。ちょいと我慢して貰うぜ、読めぬ笑みを刷き結わえた意図が土方には解らない。多少手荒に奪取されあるいは抱かれたこともあったが、拘束されることは今までになかった。加えて、逢うに逢えずをどれだけ食らったか数えるのも飽きた土方は今日の今日、ついにストレスを無視し続けて仕事に打ち込んだ結果の過労で昏倒したばかりなのだ。それを知ったか屯所にて安静を言いつかった土方を攫いに現れた高杉の契機と手際たるや見事なものではあったが、自由に触れられないのはあまりに歯痒い。体内を幾度となく穿つ熱は確かに土方の積もり積もった感情と本能を満たすも、その都度手首を擦る麻縄の感覚が哀しいとまで思う。 「悪ィな」 「なん、で」 「じきに解るさ。他に、どうして欲しい」 「……、奥、」 薄く笑ってみせた高杉が土方の片脚を肩へ担ぎ上げた。より高く啼いた土方が身体を捩る。またも麻縄が手首を擦り皮膚を破って赤い痕が色味を増した。奥深くを暴かれなお程近い眼に射られ、図らずも己の腕に歯を深く埋めた、その痛みに驚いた所為で繋がりが強く窄まったことにまでは気づくことが出来ない。高杉が息を詰めたことにも、また。舌打ちひとつ、腕どかせ、言葉より早く顔から外れた腕を挟んで今一度唇を食らいに来る高杉に土方は吸い寄せられるように頭を持ち上げた。食む唇に絡み合う舌が唾液とともに蕩けそうにふやけている。やがて離れるそれに名残惜しさを感じるも、首筋に吸いつかれた途端に身体は馬鹿正直に悦んだ。感覚は拾う癖に朦朧と揺れる意識下、口づけされた箇所と回数を思い返し、背に縋れない代わりと、掻ける指すべてで敷布を握り締めた。 「も、っと」 「何を」 「……ぜんぶ。ひとつ残らず」 「我儘だ、が」 「ん、あ、っあ、やあ、アァッ」 「願ったり叶ったり」 「たかす、ぎ、…も、ッあ、……!」 声さえ失して吐精した土方の言通り、ひときわ震えてのちくたりと布団に沈んだ土方の体内に埋め込んだ儘に同様精液を吐き注いだ。やがて粘質を持って離れた高杉に僅かながら未練がましい視線を向けた土方だが、汗で貼りつく前髪を整える手にとろりと目を細めた。その遠く、階下から三味線と拍子に乗せて甲高い歌声が聴こえ始める。花魁衆三枚目をはじめ芸者太鼓持ち総出の大宴会が執り行われると浮き足立った見世番から聞いていた。喧しくはあるが、そんなことは今はどうでもよかった。寄り添って横たわる高杉の脚に己のそれを絡める。 「少し寝ろ――ああ」 言い掛け、高杉が横臥の儘布団の傍らへ手を伸べ、ぽつんと置かれていた底の浅い箱から布地を引き摺り出して土方に被せる。目で問えば、手首の詫びだ、などと笑んだ。 「女物だが丈は合うだろ。今度は着て来い、お前に似合うはずだ」 「――俺を、女郎と抜かすか」 土方もよく知る廓である。これまで幾度か警護など仕事の面で世話をし、今日のように私生活の面で世話をされることはあった。そこへ女の着物などを渡された日には勘繰りたくもなる。馬鹿言うな、またも高杉は笑うが、真意のほどまでは口にしない。 「いいから寝ろ、傍にいる。――まったく、色狂いで倒れるとは情けねえな」 「……誰かさんの甲斐性がない所為でね」 「以後は心掛ける。――たとえ起きても、寝たふりしとけよ」 後半笑みを消したその言葉の本質は理解出来ぬものの、きっと碌でもねえこと考えてるだけだ、それだけ解っていれば今の土方は肯くことが出来た。目を伏せれば、目蓋に唇の感触を知る。景気のいいお祭り騒ぎは徐々に聴覚から離れていった。 目の前から犯人を取り逃がし、現場の整理やら周辺の警戒の人員の配置に朝までを費やし、屯所へ戻り事情を話して状況が状況なのだから仕方なかった、そう宥められてやっと、沖田は肩の荷が多少減った心地に至った。そこでいつしか念頭から失していた男の存在を思い出す。倒れたのは昨日の昼だ。もう陽も昇ったから多少顔を見るのもいいだろう、眠っているはずの部屋を開ける。案の定、掛布団が膨らんでいた。 「おはようございやーす、朝ですよ土方さん」 半日寝りゃ回復するでしょう――そう言おうとして、沖田は言葉を失う。乱暴に蹴り捲った掛布団の中、確かに土方の姿がある。だが――裸体を絡むように包む女物の着物、その身体のあちこちにつけられた赤い痕――縛られた手首。 ――じきに解るさ。 怒りの具現と言える慟哭は沖田から、そして傍近い沖田にさえ気取られぬ笑みを土方が漏らしていた。思っていた共通のところは、何て悪趣味だ、ということだ。敵の塒からのうのうと幹部の拉致をやってのけ、拘束して凌辱ののちに同じ建物にいた要人の集団を惨殺に及び、攫って来ておいた敵方幹部をそれと知らせず人質に見せかけて逃げ、元いた場へ帰しておく――失態もいいところだ。ただこれに怒り狂うのは、土方からすれば勘違いも甚だしい。むしろ胸のすく思いさえしていた――喚き散らす子供の世話や同様勘違いをする数名が出て来よう、その相手は面倒仕事だろうが、土方は回復出来たのだ。逢うに逢えずをようやく叶え、その上女物とはいえ高杉の選んだ着物まで得た。更に言えば、愛された痕跡を、両手首に、――逃げられぬ枷のように。 さて――そろそろ、言いつけられていた寝たふりも終わりにしてみようか。 世間が求める拘束えろってコレジャナイ感半端ないしなんか副長が病んでしまった |