レイトショウトライアル | ナノ




あんたは敬語を崩さねえな、特に興味もなさそうな口振りでふとそう言われた。佐々木は指摘されてああそういえば、と気づいた程度に頓着のなくなっている喋り口であるから、いつから身に浸透したのかは記憶にない。言葉を返さない佐々木の常から表情の薄い顔を見てだいたいを察したらしい土方は、ああ、とだけ呟いて煙草の箱を探したいのかベッドの下に落ちている上着へ手をまさぐらせた。白黒混在した衣類は皺を伸ばそうともせずに床にある。融けて混ざらないのが不思議だ、佐々木にしては感傷めいた思いが過ぎる。

白黒つける者どもの裏は、なべてグレイで濁っている。滑稽だ。

「ドラマの再放送で観たんだが――」
「暇そうで何よりです」
「皮肉にも何にもならねえよ。あんたの言う逢い引きとやらに付き合ってやってるんだ」
「つまり私はドラマの再放送程度だと」
「意外と視聴率あるらしいぜ」

片肘を突いて笑い混じりに煙草を咥える土方は極めて無防備でありながら、やはり無防備に仰臥した儘顔を傾けただけの佐々木を威嚇している。警戒だなんて上品なものではない、野良の仔猫が敵と見定めたものに見せる逆立った毛並みと不規則に動く尾、その程度だ。幼いが厄介でもある、手を伸ばすには考えを巡らせねばならぬのだ、表立って顔を合わせる時以外――たとえば、今。

「喫煙者は出世出来ねえって本当なのか」
「室井さんの先輩も妙なことを教え込んだものですね」
「あんたも暇なんじゃねえか」
「私はリアルタイム世代ですので。まあ、私は耳にしたことはありませんよ」
「――喫ったことは?」

カチ、とライターを鳴らして点いた火は無表情の土方を照らし出した。愉しそうな本質を隠した無表情。いつもは澄ました顔か凶暴な顔かどちらかしか向けない癖に、子供の知らぬ行為が付随した邂逅においては酷く子供らしさを露出させる土方の本性がどちらなのか、佐々木にとってもはや考えても詮ないほど、それこそ土方が佐々木の整った話し様に慣れたように、浸透させられて仕舞った。これは双方故意ではないだろう。

「いいトコの子だったんだろ? 煙草に手を出す隙があったかな――いや、隙を探すくらい頭は回るだろうしな」
「買いかぶって下さり何よりです。――ありますよ」
「いつ頃だ」
「特に、ここ最近」

口から煙草を離した、それこそ隙を突いて手首を掴み、邪魔立てを阻んで顎を引き寄せる。――煙たい、だが不快ではないのは土方であるからか、そもそも頓着がないからなのか解らない。少し強めに吸った唇が離れるや眼前の口角は吊り上がり、傍らに横たえていた身体を持ち上げて佐々木の身体に乗り上げて、やっぱり皮肉にならねえ、笑う儘に佐々木の唇を噛んだ。猫の仔の戯れは何度か繰り返されて、ぺろりひと舐めして佐々木を見上げる。

「……盛りを知った野良ですか」
「飼われてるつもりはねえからな」
「逆に問いましょう。口寂しいからの喫煙なのですか」
「だったら?」
「――まあ、格好つけているんだろうくらいに解釈しましょうかね」
「……。存外、あんたも可愛いな」

自惚れやしませんよ、そんなことを言ってやるほど優しくはないが言うより先に土方の唇が深さを求めるように触れる。応えるくらいの優しさはあるし、喫うことのない煙の味を改めて知る興味もなくはない。大人を気取る子供に一泡二泡吹かせてやりたいというのは――思わない時などない。図らず口端から吐息と声が漏れる時に土方の舌が逃れようとするのもきっと故意ではないから、逃さず絡め取ってやる。寂しいなら尚更、無碍にするのも野暮――そんな建前は安いだろうか。

「……、登庁まで何時間もねえぞ」
「私を責めますか、その口が」
「会議中に寝たら適当な嫌味吐いて起こせ」
「はいはい」

陽が昇って後、同じ現場に居合わせる予定があるのは珍しい。今日だって偶然だ。ぞんざいに脱いだ衣類に後悔しているのもきっとお互い様、だから今はもう開き直っている。佐々木の髪に縋る土方の身体をベッドに仰向けさせて今一度深く口づけ合い、両手で髪を乱す土方の指を好きにさせながら、熱を思い出し始めた身体に触れた。威嚇はまだ、多分、されている。

「――そういえば、煙草は」
「……証拠隠滅は、焼却が、定石だろ」

床かベッドにか落としたらしいが――どうせ大事には至らぬだろう。表に出ない灰色はそうそう、消えやしないし燃されもしない。そういう廻り合わせだ、こんな事情を交わらせている以上。



煙草咥えた儘居眠りとは器用ですね鬼の副長殿、数時間後に放った嫌味は、スカーフに焦げがあんぞ寝煙草かエリートの癖に、なんて呂律の怪しい変化球で応戦された。どう格闘しても焦げを隠して結べない佐々木を知っていての所業ならこの野良の仔猫、一筋縄ではないなと佐々木は内心で嘆息する。――これだから、グレイゾーンというのは。





さぶちゃんを色々と不器用な子にしたい
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