銀土(企画)2 | ナノ



しょっちゅうというわけではない、が、決して上品とは言えないホテルに呼び出されるか連れ込まれるかはたびたびある。そこがいつも同じホテルであることはいい加減学習していた。仰向けた身体に未だのし掛かる鈍い、重い、しかし心地好さをも孕んでいる倦怠感が俺をやたらとふわふわしているベッドに縛りつけている。身体の内と外にべたつく精液の感覚はとうに麻痺していた。顔だけ傾けて天蓋から下がるサテンのカーテンの向こう側、やはり薄いカーテンの掛かる窓を見る。カーテンのピンクに透ける橙。陽が落ち掛けている――屋上か、そう思った。あいつはこういう、柔らかくもどこか危なっかしい色をした夕陽の空を求めているのか、俺をほっぽりだしてふらりと屋上へ登る時がある。ここの主とは知り合いであると聞いていたからホテル内を自由に歩けるのだろう、立ち入り禁止のそこへ、ひとり。一度だけ身体の重さを引き摺って後をつけたことがあった、しかし――俺の足は入り口の扉で留まった。屋上のふちに胡座を掻いた彼はただ、夕陽を見ていた。たったそれだけのことに、俺はなぜだか、物怖じして仕舞ったのだ。懐かしむような、縋るような、突き放すような、虚勢を張るような――それは空を眺めるという行為には似つかわぬ、強張った、そう、哀しい背中であった。誰かを見ているのか、俺ではない誰かを――その誰か、にいささかの対抗心も芽生えなかった。むしろそんな哀しい背中にさせる誰かを憎いとさえ思った。だけれどそんな思いはそれこそ哀しい背中を見せる彼当人が許しはしないだろう。俺は、進むためにはいっかな動かなかった足を簡単に回れ右させて部屋に戻った。その日、またはそれ以前と同様、俺はベッドにて彼を待つ。やがて空が紫色を呼び始めた頃、彼は戻って来た。まだいたの、帰ってていいのに。うるせえ、――また屋上か。ん、雨降って来ちゃった、もう止んだかもだけど。――この、彼の言う雨、が嘘であると俺は知っている。敢えて質さずにいた、が――空って遠いよな。俺の口はかまを掛けるには充分すぎる科白を吐いた。彼は僅か瞠目して、――遠い、ああ、遠いよ、優しくて遠い、遠いから優しいのかな優しいから遠いのかな。言って俺に覆い被さる。今日延長な。は? だってお前の顔、優しすぎる、そんな顔されっぱなしだったら俺泣いちゃうよ。すでに泣きそうな声は言葉尻が耳の真横で、俺の身体を抱き締める。多分雨はずっと、彼の心のどこかで降り続けているのだ。雨降る前に彼を橙で包んだ優しくもどこか危なっかしい夕陽も、また。ガキの頃の俺がもし今の俺を見たらどう思うんだろ。歳を経た誰しもがふと突き当たる命題に答えはないことを俺は知っていて多分こいつも知っている。だから俺は何も言わずに、彼の求めない実に優しい力で以て、強張っていたであろうその背中を、抱き締め返した。





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