小説 | ナノ

太刀川宅で鍋パーティをしている。メンバーは太刀川と出水と迅と嵐山と私と後はさっきまで居たけれど先ほどさっさと帰ってしまった望ちゃん。2分の1は未成年という面子だったが私と太刀川がお酒なしで我慢できるはずもなく、差し入れとして買ってきたビールですっかり出来上がってしまった。望ちゃんは明日早いからと鋼の意思でお酒を断り、貴方も遅くならないうちに帰りなさいよという気遣いの一言を残して帰って行った。
望ちゃんがいなくなり女子が私一人になってしまったが今更そんなことを気にする面子ではない。外では爽やかな笑顔を振りまいている嵐山だって、私がその辺に寝っころがっていると「名前さん、そこは邪魔になる」と言って部屋の隅まで転がすのだ。
今日はまだ眠くないので、隣ででかい餅相手に悪戦苦闘している嵐山に突撃する。

「嵐山、飲んでる!?」
「いや、俺は未成年だから」
「そうだった! 早く飲めるようになりなよ!」
「俺まで酔いつぶれたら名前さんの面倒を見る人が居なくなっちゃうだろう」
「それは困るね」

他の女の子に比べてずいぶん雑な扱いをされるが、なんやかんやで酔いつぶれた私の面倒を見てくれるのは嵐山なのだ。迅はあれだ、基本的に「あはは」と笑っているだけで私と太刀川に関わろうとしない。出水は自分のところの隊長で手一杯。そうなると必然的に私の面倒を見るのは嵐山ということになる。
いつもありがとう、嵐山という気持ちを込めて私の餅も嵐山のお椀に入れると「行儀が悪い」とお叱りが。「俺の餅が食えないっつーのか」という面倒くさいことを言い出した太刀川はうっとうしいので無視しながら大分軽くなった缶ビールを煽る。
隣で「もうそろそろ止めた方がいいんじゃないか」と嵐山が忠告してくれるがいざとなったら嵐山がなんとかしてくれると思っている私は更にもう一本、と冷蔵庫へと向かうのである。


***


「止めといた方がいいんじゃないかって俺は言ったよな」
「言いました」

胃の中がいっぱいで、食道まで詰まっているような、そんな気分だ。あの後突然気持ち悪いと言い出した私を夜風にあたりながら帰れと追い出したのは太刀川で、嵐山はそれに付き添ってくれている。本当にいつもありがとう嵐山。私も太刀川の家のトイレで吐くのは不本意だしその辺の路上で一人で吐くのはもっと不本意なので、こうして嵐山がついてきてくれているだけでなんだか心強い。
胃の中も物がこみあげてくる度に立ち止まってちょっと休憩、としゃがみこむ私に根気よく付き合い家まで送ってくれた嵐山をこの寒い中に再び放り出すのは忍びなく、嵐山も私をこのまま一人にするのは心配なようなので家に上がってもらった。
といっても嵐山がうちに上がるのは初めてではない。酔った私を介抱する為に度々上がってもらっているので、勝手知ったるなんとやらで嵐山は冷蔵庫からミネラルウォーターを引っ張りだしてコップに注いでくれた。
本当に感謝しかないと思いつつ一口飲むと、胃の中がいっぱいなのには変わりないが食道まではいっぱいじゃなくなった気がする。さらにもう一口飲んで机に伏せているとだんだん回復してきた、ような気がする。

「名前さん、お湯沸かしていいか」
「あ、ティファール買ったからそれ使っていいよ」
「そうか、ありがとう」
「ちょっと着替えてくる」
「段差に気を付けてな」

立ち上がる時にぐらんぐらんしつつも嵐山がコーヒーを淹れている間に洗面所で着替えて化粧を落とす。少しでも体調が良くなったうちにこれをやっておかないと次の日のお肌がひどいことになるのだ。シャワーは明日浴びようと決めて部屋に戻ると淹れ終わったコーヒーを飲みながらテレビを見ている嵐山がいた。
家でこの嵐山を見るのはもう何度目か分からないけれど、くたびれたスウェットとすっぴんを見せられるくらいには気を許した関係だった。完全に家でくつろぐモードになると今度は眠気がやってくるもので、うとうとしつつもまっすぐベッドへ向かう。

「鍵、カバンの中」
「さすがにそれは自分で出してくれ。女性のカバンを漁るのは気が引ける」
「嵐山がまだ私を女性と表現してくれることにびっくりしてるよ……」
「こら、布団に入ったら絶対寝るだろう」

口ではそう言いつつも私を起こそうとしないあたり嵐山は優しい。でも悲しいかな布団に入って瞼が完全に閉じると途端に何も考えられなくなってしまうのだ。嵐山の溜息が聞こえた気がするがそんなことはおかまいなしに私は急速に意識を手放すのである。


***


翌日、寝た時間が遅い割に早く目を覚ました私が起き上がるとテーブルに書き置きがあった。

『名前さんへ 鍵はいつものようにドアポストに入れておきます。名前さんは昼から防衛任務の予定なので遅刻しないように。 嵐山准』

律儀にフルネームで名前が書かれたメモを見て少し笑いながら棚に仕舞う。捨てるのが勿体なくてなんとなくとってある嵐山の書き置きも結構な数になってきた。きっと嵐山ファンからしたらこのメモは相当価値があるし、喉から手が出るほど欲しいんだろうなと思うとこんなやつが持っているのが申し訳なってくるが、私に宛てて書かれた物なので誰かに譲る予定も見せる予定もない。
ドアポストを見ると嵐山が言った通り鍵が入っていた。それを忘れないようにカバンに仕舞って、幸いなことに二日酔いもないし早いうちに出かける準備をしようとしていると我が家に見慣れない携帯が落ちていることに気付く。
なにこれ、と拾い上げると確か嵐山が持っていた携帯だ。忘れて帰ったのか、と自分の携帯から嵐山に連絡しようとして、嵐山の携帯がここにあることに気付いた私は途方に暮れた。
どうしよう。嵐山隊の誰かなら嵐山と一緒に居るかな、と考えたところで嵐山の携帯が着信を告げた。
びっくりして落としそうになりつつも発信者を確認すると迅悠一。
人の電話に勝手に出るのはいかがなものかと思ったが迅が奇跡的に本部に居れば迅伝てに嵐山に伝えてもらえるかもしれない。
意を決して通話ボタンを押した私は「もしもし、訳あって嵐山准の携帯を預かっている苗字名前ですけど」と迅相手にかなり丁寧に名乗った。

『あっ、名前さん?』
「名前ですけど」
『良かった、嵐山、やっぱ名前さんちに携帯忘れてったみたいだよ。あ、名前さん、今嵐山に代わるね』

迅が自分以外の誰かと会話するような素振りを見せた思ったら『もしもし!』という元気な声が聞こえてひとまずほっとした。

「嵐山、今どこにいるの?」
『本部だ。名前さんは今家だよな?』
「そう、部屋に見慣れない携帯落ちてたからびっくりしたよ」
『すまない、携帯置いたのを忘れたまま帰ってしまって。悪いが昼に本部に来るついでに渡してもらってもいいだろうか?』
「それは全然良いけど、今携帯持ってないなら私どうやって嵐山と連絡取ればいいの? 何時にどこ集合って決めとく?」
『昼なら多分隊室に居るな。もし居なかったら今日は隊で行動するから隊の誰かにかけて貰えれば大丈夫だ』
「分かった、隊室に行って居なかったら綾辻ちゃんか誰かにかけるね」

話もまとまったところでそれじゃあまた、と通話を切る。
そうと決まれば早く準備をしなければと思ったところで、うっかり携帯の画面を覗いてしまった。最後に嵐山が見ていた画面がこれなのだろうが、なんというか、びっくりした。そして次に思ったのは、仮にも広報担当なんだから携帯のロックぐらいかけなよ、だ。


***


「あ、いたいた嵐山!」

言われた通り嵐山隊の隊室へ向かうと嵐山が一人雑誌を読んでいるところだった。思わず他の子たちは?と聞くとみんなお昼を食べに行ったそうだ。嵐山はここで私を待っていてくれたらしい。なんだか申し訳ない、と思いつつ携帯を渡すと「ありがとう、わざわざ足を運んでもらってすまない」と謝罪されたが、もとはと言えば私が調子に乗って飲みすぎたのが原因なので謝るべきはこちらの方だ。
と、携帯を返したところで嵐山に言いたいことがあったのだと思い出す。

「そういえば嵐山、携帯のロックはかけた方がいいよ」
「よく言われるんだがどうにも面倒くさくて」
「私の寝顔とか盗撮してる暇があるなら携帯のロックぐらいかけれるでしょ」

私としてはあくまでからかうくらいのつもりで言ったのだ。
実際寝顔を撮られていたことに驚きはしたが特に不快に思ってもいない。
しかし私のこの一言で嵐山の顔がみるみるうちに真っ赤になったを見て、そこでようやくこれは言わない方が良かったかもしれないと気付く。

「え、あ、フォルダ漁った訳じゃないのよ? 通話切ったら前画面が写真フォルダだったみたいで、たまたま…」
「いや、それは別に良いんだ! ロックをかけていなかった自分が悪い訳だし! それより勝手に写真を撮ってしまったことを謝らせてくれ」
「え、私こそ別に気にしてないから良いんだけど……」

私もよく酔いつぶれたり寝落ちしたみんなの寝顔こっそり撮ってるし、その中には嵐山の写真だってある。ラインのグループに投下したりしなかったりだからみんなが知らないやつもあるし、気を許した友人なので今更寝顔を撮られるぐらいで文句を言ったりなどしないのだが嵐山的には一言謝らないと気が済まないらしかった。

「あまりにも安らかに眠っているからつい魔が差したというか……、本当に申し訳ない」
「写真撮られたことは何とも思ってないけど安らかに眠ってるって言い方は私が死んでるみたいだからやめて」
「すまない、ええと、普段以上に無防備な顔がかわいかったというか……」
「い、言い直さなくていいから!」

思ったより恥ずかしいことを言われて嵐山同様に私まで顔が赤くなってしまう。なんだこれ、変な展開になってきた。

「名前さんは本当にだらしがないし酒癖が悪いけれど、名前さんの寝顔を見ているとなんだか微笑ましくなるというか、それを見ているといろいろ愛しくなってくるというか」
「待って嵐山何言ってんの!?」

前半部分までは分かるけど後半! 愛しくなってくるって何だ!
嵐山も言った後にハッとしたようで赤い顔をさらに赤くして「何を言っているんだろうな、俺は……」と顔を手で仰ぎだした。本当、何を言っているんだ嵐山。
こっちまで赤面する羽目になったがとりあえず私が言いたいのはこれだ。

「……嵐山、携帯のロックはかけな」
「……そうだな」

嵐山も思うことがあったらしく素直に応じる。ロックのかけ方が分からない、と言った彼に代わって携帯を操作していると気になるのか隣から画面を覗きこまれた。
ぴったりとくっついた肩に、心臓がおかしな動きを見せるのが分かる。未だお互い顔の火照りが引かないのでなんだか変な空気になってしまう。
今までこのくらい近づくことは幾度もあったのに、嵐山がおかしなことを言うせいで無性にそわそわしてしまうし、本当どうしてくれるんだ嵐山。
隣の男を意識しないようにして、辿り着いたセキュリティのページを開くと後はもうパスワードを設定させるだけだ。
嵐山に携帯を返そうと顔を上げて隣を向くと、思っていたよりも随分近くに顔があってぎょっとする。嵐山も驚いたようで「わ」と声をあげて慌てて距離をとる。

「あ、嵐山、あと4桁の数字でパスワード設定するだけだから」
「あ、ああ、ありがとう」

携帯を渡すと嵐山はパスワードを入力しようとしたのだが、入力しようとした人差し指は迷うように空を描いたっきり止まってしまった。

「どうしたの?」
「いや、パスワード、何にしようかと思ってな」

自分の誕生日にしない方がいいっていうのは知っているんだ、と言った嵐山に頷くと再び携帯を睨みつけたまま動かなくなってしまう。
うーん、と唸る嵐山にそんなに悩まなくても適当で良いんだよ、と助言してやる。
でも適当且つ覚えていられる数字っていうのはなかなか出てこないよなあ。私も最初に設定したときは少し悩んだものなあ。
そう思いながら見守っていると顔を上げた嵐山と目が合った。
その後「よし」と一言つぶやいた嵐山が今度は迷いなく数字を押していく。無事決まったようだ。

「終わった?」
「ああ。どうしようかと思ったんだが結局名前さんの誕生日にした」
「えっ、それ私に言っちゃだめじゃん!」
「まあ今更名前さんに見られて困るものもないし、これ以外思いつかなかったんだ」
「それにしたって……。なんか付き合いたてのカップルみたいじゃん……」
「え? そうなのか?」
「……だって私の携帯のパスワードも嵐山の誕生日なんだもん」

前にうっかり太刀川にパスワードがバレてしまったので変更しようとした時のことだ。その場で色々考えたが結局思いつかず、目の前に居たのが嵐山だったのでこれでいいやと全く同じ流れで嵐山の誕生日をパスワードにしていたのだがまさかこんなことになるとは。嵐山に変な誤解をされても困るので彼の誕生日がパスワードの理由を説明すると彼は困ったように笑った。

「名前さんこそ俺に言っちゃ駄目だろう」
「いや、だって……。これ言わないで後でバレた時の方が恥ずかしいじゃん……」
「確かに付き合ってもいないのにパスワードをお互いの誕生日にしてるって冷静に考えると恥ずかしいな……」
「本当だよ……」

せっかく顔の熱が冷めてきたと思ったのにまたじわじわ熱くなってきた。どうやら嵐山も同じようで、目が合うと嵐山にしては珍しくすぐに逸らされてしまった。今日は本当にどうしてしまったんだろう。元はと言えば私の不用意な一言がよくなかったのだが場の流れが完全におかしくなったのは嵐山のどうしてしまったんだと言いたくなるような発言のせいだ。
二人でぱたぱたと顔を仰いで熱を逃がそうとするが一向に冷める気配はない。

「でも他に思いつかないからとりあえず俺はこれでいくことにするよ」
「ええっ、本当に?」
「だって他に思いつかないんだからしょうがないだろう」
「私だって思いつかないよ……」
「……俺は別に嫌じゃないが、名前さんは」
「……何が」
「その、こんなカップルごっこみたいな感じになってしまうことについて、嫌じゃないのか」
「……相手が嵐山なら別に嫌ではない」

文句を言いつつも前回変更する時に苦労したように私だってすぐに他が思いつくようなタイプではない。セキュリティ上の問題もこれが太刀川なら断固お断りだが、嵐山ならばまあ、いいんじゃないかと思うくらいには彼のことを信頼しているのだ。

「ええと、じゃあ、よろしく頼む」
「こちらこそ、って何その本当にお付き合い始めるみたいな挨拶……」
「本当に付き合うか?」
「はは、嵐山の冗談とか初めて聞いた」
「割と本気なんだが」

ぎょっとして彼の顔を見ると至って真面目な、いつもの嵐山の顔だった。

「……ご、ごっこの方でお願いします」
「そうか、本当に付き合いたくなったらいつでも言ってくれ」
「ははは、なったらね……」

嵐山はいつからこんな冗談を言えるようになったんだ、と思うのは現実逃避だろうか。私の知る嵐山は間違いなく冗談でこんなことを言える男ではない。先程の愛しくなってくる云々ももしかして本気で言っていたのだろうか。嵐山の顔を見ると今まで散々見てきた嵐山の端正な顔が、まっすぐで私にはちょっとまぶしい彼の視線が私の顔に突き刺さるので耐え切れなくてすぐに逸らす。

「今まで散々待ってきたからな、持久戦には自信があるぞ」
「……何の話かな」
「何の話だろうな」

見なくても嵐山があのキラキラした笑みを浮かべているんだと分かる。そのくらい私達はお互いのことを分かっているつもりだったのに。
一体いつから、とかそういうのはこっちから聞いたら負けな気がする。というか、聞いたが最後嵐山の勝利が確定する。新しいパスワードを思いつくまでは付き合いたてのカップルごっこ状態になってしまうが、そもそもいくら考えても私が勝つ未来がみえない時点でもう逃げ道はないのかもしれない。