小説 | ナノ

おもしろいもんが見れるぞ。そう出水先輩に言われて二年生の教室までやってきた。しかしそこにあったのは、何もおもしろくない光景だった。



「へー、いつもの嵐山隊の赤い服って戦闘服なんだね」
「見た目派手だけど、ちゃんとあれで戦ってるぞ」


連れられて入った教室にいたのは米屋先輩と、憧れの苗字先輩。ぼくたちが入ってきたということにも気付かない様子で、誰のものか分からないノートパソコンを仲良さげに見ている。


「あ、出水くんおかえり。さとりくんもこんにちは」
「こっこんにちは!」
「今ねー、ユミコから借りた嵐山隊の特番録画見ていたんだよ」
「へ、へえ」
「嵐山さんがかっこいーって話してたんだよなあ」
「へ、へぇ……」


ぼくが苗字先輩のことをどう想っているかを知ってからというものの、米屋先輩と出水先輩はいちいちからかってくる。今だってこうしてわざわざぼくを呼び出して、苗字先輩が嵐山さんを誉めている様子を見せつけてきた。あと米屋先輩近い。一緒に見ていたからって苗字先輩に近づき過ぎだと思う。


「あれ、嵐山さんが先頭立って戦うんじゃないの?」
「木虎が入るまではそうだったかなー」
「あーあの美人さんか、色々あるんだねえ」


嵐山さんが昔アタッカーだったことも知っているらしい。それに木虎のことも知っていて。
そりゃ戦い方はアタッカーやシューターの方がぱっと見派手だし、テレビの取材でもそっちばかり映されたりする。でもスナイパーだって、ぼくだってA級としてそれなりにやっているのに。

なんて考えていたら突然米屋先輩から話しかけられた。



「スナイパーのことなら佐鳥に聞いた方がいいぞ」
「えっ!?」
「おれら遠距離戦闘は詳しくねーもん」
「あ、え、はっはい!」


何かと思えば、チーム戦術のことを話していたようだ。
わざとらしくにやにやしている米屋先輩たちを見るに、無理やり話をぼくに関連付けてくれたらしい。ちょっと癪だけど、心から感謝した。


「えーでも学校なのにお仕事の話しちゃ悪いでしょ」
「いえいえ!ボーダーのことなら何でも聞いてください!」


苗字先輩は申し訳なさそうにそう言った。でも佐鳥は先輩と喋れるのなら大歓迎だ。苗字先輩はそんなぼくの気持ちに気付いていないみたいだけれど。



自分では結構素直に好意を表に出しているつもりだけど、どうも苗字先輩には伝わっていないようだ。他の人にもうるさく絡みに行くから、違いが分からないんじゃないかって前にとっきーに言われたことがある。こればっかりは普段から煩いと言われているのがたたっているような気がして、ちょっと自分の性格がいやになった。



「まあでもせっかく録画あるし、気になることあったら聞くね。佐鳥くんありがと」
「あ……はい」


そう言って苗字先輩はまた液晶画面に視線を戻した。佐鳥の説明じゃいやだったのか、それとも画面に映っていたのが嵐山さんだったからなのか、どっちにしろ泣けてくる。





ぼくが苗字先輩を好きになったのは、ほとんど一目惚れのようなものだった。
入学してちょっとして、校内を歩いている出水先輩と一緒にいたのが苗字先輩だった。「はじめまして」なんて言って挨拶をしてくれた笑顔がすごく可愛かった。そしてそのあと「出水くんの後輩?チョコレート食べる?」と言ってお菓子をくれた、その瞬間にぼくは恋に落ちたのだ。じぶんでも随分ちょろかったと思う。


「ねー苗字先輩ー」
「?どうしたの佐鳥くん」


苗字先輩の机の傍にしゃがみ込む。こうでもしないとノートパソコンを見ている苗字先輩と目が合わせられないからだ。そして何も考えずに声をかけてしまった。続く言葉が見つからず黙り込んでいたら、首を傾げた苗字先輩がぼくの頬をつついてきた。いたずらっぽく笑うその顔は、本当にずるい。


「何かあった?」
「……なんでもないです」


一年生の時から同じクラスらしく、苗字先輩は出水先輩と仲がいい。今年に入ってからは米屋先輩ともよく一緒にいるようになって、あと流れで三輪さんとかともたまに喋っているのを見かける。でも興味がないのか何なのか、あまりボーダーについては詳しくないようだった。

初めて会った時に薄々感じていたのだが、どうやら佐鳥が嵐山隊でよくテレビや雑誌に出ていることも知らなかったらしい。あとから米屋先輩辺りに聞いたのか、三度目くらいに顔を合わせた時は「昨日テレビみたよ」と言ってくれたけれど。でもそれはバラエティ番組で、正直佐鳥は全然かっこよくなかったどころか、顔にパイを投げつけられた回だった。もっとかっこいい佐鳥を知ってほしいのに。

でも、ボーダー自体に興味がないならないで別にいいやと思っていた。数字で見るとやっぱり出水先輩や米屋先輩の方が上になるし。それに、ボーダーに興味はなくとも佐鳥自身に興味を持ってもらえばいい。そう思っていた。

だけど今、苗字先輩は液晶画面に映る嵐山さんに夢中だ。


「苗字先輩……」
「佐鳥くんさっきからどうしたの? 体調悪い?」


停止ボタンを押して、視線をパソコンから佐鳥の方へと移してくれる苗字先輩。やっと嵐山さんじゃなくて佐鳥の方を見てくれた。それでもまだ、嵐山さんのことばかり見ていたことがもやもやして仕方がない。
佐鳥だって。佐鳥だって本当は。




「……佐鳥だって、頑張っているんですよ」





思わず出てしまった言葉を聞いて、出水先輩や米屋先輩が驚いた顔をする。このふたりに聞こえているということは、もちろん苗字先輩にも聞こえているということで。



(や、やってしまった……!)



「えっ!?や、ち、違うんです!すっすみません今の無かったことにっ!」
「えっと、佐鳥くん落ち着いて」
「ほっ本当に気にしないでください佐鳥は何も言ってないです何にも!」
「わ、分かったから佐鳥くん!とりあえず椅子に座って、」
「こんなこと言うつもりなかったんです!あーもう本当佐鳥は一体何を!」
「佐鳥くん危な、」
「佐鳥もう教室に、えっ……うわあ!」


今すぐにでもこの場から逃げ出したく立ち上がったぼくは、隣の机に引っかかってすっ転んでしまった。痛い。でもそれ以上に苗字先輩からの視線が痛い。



「あちゃー……大丈夫?怪我してない?」
「さ、佐鳥は大丈夫です」
「でも痛そうな顔してるよ」



心が痛いです。なんて言ってしまいたい気分だ。
でもそんなこと言えたもんじゃない。泣き出しそうになっているのが自分でも分かる、我慢できなくなる前にさっさとこの場から立ち去ろう。

そう思った矢先、黙ってぼくのことを見ていた出水先輩が口を開く。




「なあ苗字、教えてやれば?」
「何を?」
「そのDVD、借りてきた理由」



きょとんとする苗字先輩。と、にやにや顔でぼくを見下ろす出水先輩と米屋先輩。ぼくにとどめを刺そうと言うのか。
もうどうにでもなれといった気持ちでいると、少し悩んだ素振りをみせた苗字先輩が口を開く。


「うーん、佐鳥くんからしたら嫌かもしれないんだけどさ、」
「……はい」





「この番組、佐鳥くんが出ているやつなんだよね」



照れくさそうに頬を掻きながら、苗字先輩がそう言った。



「?……えっと、まあ嵐山隊なので多少は、」
「あーえっと、そうじゃなくてさ」


大体こういう真面目な番組は嵐山さんや木虎がメインになって放送される。一応ぼくも映るけど、ほとんどがついでみたいな形ばかりだ。だから苗字先輩に言われるまでそんな撮影をしたということをすっかり忘れていた。



「この番組、嵐山隊のメンバーが一人一人ちゃんと紹介されているよって教えてもらったの。だからユミコにわがまま言って借りちゃった」


再生機ないからってパソコンも一緒にね。
そう言ってくすぐったそうに笑う苗字先輩を見て、かぁっと全身が熱くなる。ちょっと待ってくださいよ、それだとまるで――



(佐鳥のために見ていたみたいじゃないですか……!)





「学校の知り合いにボーダー隊員として見られるのいやかなーって思っていたんだけど、やっぱりそうだった?」

佐鳥が落ち着いたのを見て(実際は固まってしまっただけなんだけど)、苗字先輩は言葉を続けた。

米屋先輩や出水先輩は、ボーダーについてあまり話さないそうだ。(どこまで喋っていいのか分からないらしい)周囲のボーダーがそんな調子だから、佐鳥も同じだと思ったらしい。佐鳥は苗字先輩と話せるなら何時間でも話すのに。



「ぜっ全然嫌じゃないです!」
「あ、そうなの?」
「そうです!佐鳥は広報の仕事もしているので説明するのは得意です!」
「でも学校でまでお仕事の話するのって、」
「っ全然!大丈夫です!」


ずっと床に座り込んでいたぼくは勢いよく立ち上がって、精一杯の声でそう言った。クラス中の視線が集まっている気がしないでもないし、米屋先輩たちがぼくを椅子に座らせて落ち着かせようとしてきたけどそれも無視して苗字先輩の返事を待った。



「えっと……じゃあ今度また色々教えてほしいな」


とりあえず今日はこの録画で勉強するけど、分からないことあったらすぐに聞くね。さっきと同じセリフだが、さっきとは全然違う言葉に聞こえた。なんだ、苗字先輩はただ佐鳥に遠慮していただけだったんだ。今までバカみたいに色々悩んでいたけど、ずっと明後日の方向にいっていたみたいだ。



「あ、佐鳥くんそろそろチャイム鳴るよ」
「はっはい!あっでもその、最後に言いたいがあって、」
「私に?」
「はい!えっと、あのですね、」



今までずっとタイミングが掴めなかったけど、今しかない。苗字先輩の連絡先を聞くのは今ない。そう思ってはいるものの、なかなか言うことができない。

もじもじ手を動かして言葉になりきっていない声を出し続ける佐鳥の様子を見て、また米屋先輩と出水先輩が口を出してきた。



「苗字がこそこそテレビ観てたのが気持ち悪いってことだろうなあ弾バカ」
「いや、苗字が本当は佐鳥に質問なんてする気ないって察しちゃったことだと思うぜ槍バカ」

「え、」
「なっ!?違いますよ苗字先輩!そんなことっ!」



なんてことを言うんだ!慌てるぼくを茶化すように、米屋先輩と出水先輩が肩を組んできた。かと思えばぼくの制服のポケットに手を突っ込んでくる。何だセクハラかと身構えたら、するりとケータイを奪われた。



「ほれ、苗字」
「わっなに米屋くん」
「佐鳥と連絡先交換しとけ」


米屋先輩が投げたぼくのケータイを取った苗字先輩がきょとんとして佐鳥の方をみる。僕と肩を組む米屋先輩たちが、苗字先輩に見えない位置で背中をバンバン叩いてきた。どうして分かったんだ、迅さんでもあるまいし。
なんてこと考えている暇なんてない。言うしかない。



「っ連絡先!交換してください!」



苗字先輩は「佐鳥くんが良いって言うなら、」と言って笑顔を見せてくれた。佐鳥はぶんぶん首を縦に振る。





結局その時は予鈴が鳴ってしまったので交換できなかったのだが、次の休み時間に先輩たちが来てくれて無事に交換することができた。教室移動の間に寄ってくれたらしく、あまり話し込む時間はなかったのだが、苗字先輩が「メール待ってるね」と言ってくれたからもう佐鳥は幸せがはち切れそうだった。
先輩たちが教室から出て行き授業がはじまってからも、放課後になってボーダー基地へ着いてからもずっと、なんてメールを送ろうかで頭がいっぱいだった。今までもずっと苗字先輩のことばっかり考えていたつもりだったけど、本当に本当に頭の中が彼女のことでいっぱいだ。



(おい佐鳥、まだメール送ってないのかよ)
(だって出水先輩!何を送ったらいいのか分からないんです!)
(とりあえず、まずは番組全部見ましたかじゃねーの)
(それだ!出水先輩頭いい!)
(そんでそのあとは「結婚してください」だろ)
(米屋先輩は黙ってて!)