小説 | ナノ
珍しく風間さんに飲みに誘われた。俺の奢りだ、と言われたからには行かない訳には行かず、いそいそと支度をして指定された居酒屋へ向かう。奢りだなんて相当機嫌が良いんだな、と考えながら辿り付いた居酒屋の店内を見回すと、私に気付き片手を挙げた風間さんと太刀川が居て、瞬時に私が呼ばれた理由を把握してしまった。

「風間さんさあ、太刀川と飲む度に私呼ぶのやめてよ」

私太刀川の彼女でも何でもないんだけど、と口を尖らせると返ってくるのはいつも「家、近所だろう。面倒見てやれ」だ。確かに私の家と太刀川のアパートは徒歩5分も無い距離だがそれにしたってこう毎度毎度太刀川が酔い潰れた時の為に私を呼ぶのは違う気がする。流石に深夜に呼び出すなんてことはされないし毎度タクシー代を渡してくれるので問題は無いけれど、風間さんに誘われた先にいつも太刀川がいるとまたお前かという気持ちになってしまう訳で。

「んなつれないこと言うなって、俺とおまえの仲だろ?」
「そんな語れる程あんたと親しくなった覚えないんだけど」
「合コンで偶然鉢合わせて二人仲良く帰った仲だろう?」
「ぎゃあ風間さんいつの話してんの!」
「あったなー、そんなこと」

風間さんが言っているのは二年程前の出来事だ。友達に誘われて行った先の合コンに太刀川が居た。こいつがこんなところに来るなんて珍しいと思ったもののS級になってしまった迅とランク出来ないせいで暇なんだろう、と勝手に結論付けた私は太刀川とは初対面という体で自己紹介をした。私の他にいた女の子達は結構太刀川に食いついていたが、私は極力太刀川を視界に入れないように他の男の子と話をしていた。けれど同じ空間に居る以上は意識せざるを得ない。結果集中出来ず、太刀川の方も元々会話する気が無いのか上の空で結局お互い何の実りも無く帰ることになった。その頃から家は近所だったので、同じ方面ということで二人で帰る羽目になった、というのが真相なのだが風間さんはどうしてそう意地の悪いことを言うのか。

「お互い他人のフリをしていたのに最終的に一緒に帰ったというのは、そういうことじゃないのか」
「違うよ、お互い収穫なしでさっさと帰ろうとしたのに家の方向が同じだから一緒に帰る羽目になったってこの話何回も風間さんにしてんじゃん」
「そうだったか?」
「苗字、風間さんもう結構酔っぱらってんぞ」

太刀川の一言にマジで?と風間さんの顔を見るが顔色は全く変わらないいつもの風間さんが居る。風間さんは酔いが顔に出ない分酔っているかどうかを判断するのが大変だが、観察しているとところどころ様子がおかしい場面が出てくる。いまだって刺身に醤油と間違えてソースをかけるなんてベタなことをやっているし、それを気付かぬまま口に放り「まずい」と言って無理やりビールで流し込んだ。普段太刀川の方が酔って潰れていることが多いのに、今日は珍しく風間さんの方が酔っぱらっているらしい。

「これ太刀川の迎えより風間さんの迎え呼んだ方が良かったんじゃないの?」
「心配するな、俺はどれだけ酔っていても自分の家にはちゃんと辿り付ける」
「いや、普通に心配なんだけど……」

もう飲むの止めた方がいいんじゃない、と風間さんに声を掛ける前に「風間さんももうこんなだし帰るか」と太刀川が席を立つ。私来たばっかなんだけど、と言うのは飲みこんで風間さんの為にタクシーを呼んでやる。久しぶりにあんなに酔った風間さんを見たな、と思っている内にお会計を済ませた二人が帰ってきた。二人共思ったよりしっかり歩いていて安心だ。

「苗字、悪かったな」
「いいよ、そのかわり今度は太刀川なしの時に奢ってね」
「分かった」
「なんだよ、仲間外れにすんなよ」

タクシーに乗った風間さんを見送ってさて私達も帰るかと別のタクシーを呼ぼうとすると太刀川に止められた。風が気持ち良いから今日は歩いて帰る、と言った太刀川にそれに私も付き合わせんのかよと思ったが家からそう離れてはいないし、確かに風が気持ち良いので乗ってやることにした。
珍しくあまり酔っぱらっていない太刀川が隣で歩いている。
ボーダーのこととか大学のこととか、お互い恋人が出来ないとかそういうことを話していたが、会話が途切れるタイミングというのがある。
暫く無言で歩いて、再び口を開いたのは太刀川の方だった。

「なあ」
「何よ」
「手」
「手?」
「手繋ごうぜ」
「何を思いついたのか知らないけど絶対嫌」

太刀川の思いつきをばっさり拒否する。どうせ何かくだらないことを思いついたのだろう、と思っていたら無言で太刀川が手を攫おうとしてくるので意地になってそれを弾く。

「おまえ、ケチだな」
「何が」
「手くらい繋がせてくれたっていいだろ」
「嫌だっつってんでしょ。何が目的よ」
「目的も何も今ふと苗字と手を繋ぎたくなった」
「たとえケチだと言われても私は繋ぎたくない」

これ以上の攻防が面倒くさくて私が両腕を組んだのを見て太刀川もそれ以上は何も言ってこなかった。それから再び他愛も無い話をする。この前太刀川のところの国近ちゃんと偶然会ったからカフェに入ったらパフェをおいしそうに食べててかわいさと共に若さを感じただとか、最近防衛任務が深夜までだと肌が荒れて困るだとか、何だか歳を感じる話題ばっかりだ。
やめやめ、と太刀川に話題を求めると少し考える素振りを見せた後口を開く。

「あー、そういえば最近この辺出るらしいな」
「え?」
「若い女を狙う、男の霊が居るんだと」
「ちょっと、やめてよ……」
「その男の霊は、若い女が一人でいるところを狙うらしい」
「やめてってば……」

太刀川の急な怪談話に腕を組んでいたのを解いて、太刀川の腕を揺する。おばけとかそういうのに専ら弱い私はたとえその話が作り話であってもこれ以上は聞きたくなかった。
案の定にやっと笑った太刀川が「手、繋ぎたくなったろ」と言ったのに無言で脛を蹴っ飛ばす。

「太刀川の癖に頭使ってんじゃないわよ……」
「苗字を動かすならやっぱこれだろ」
「一回死んで」

ほら、と差し出された太刀川の手に渋々自分の手を重ねる。怪談を聞くと人肌恋しくなるのと、太刀川の執念に負けたのとで本当に渋々繋いだ手に太刀川は満足げだ。
手を繋いでからは無言だった。思ってたより気恥ずかしい。太刀川も同じなのかさっきから一切口を開く気配が無い。繋いだ手はお互いじっとりと汗ばんでいたが、不思議と不快ではなかった。
そうこうしているうちに自分の家と太刀川の家の別れ道に辿り着く。

「じゃ、私こっちだから」
「おー。……あ、ちょっと待った、やっぱ送ってく」

一瞬離れかけた手にまた力が籠る。
本当はさっきの太刀川の作り話の怪談が頭に残っていてまだ怖いから家まで送って貰えたらありがたいけど、太刀川相手にそんなことを言うのは癪だった。

「別にいいから早く帰りなよ」
「まあいいだろ」

いつも俺ばっかり送って貰ってるからたまにはと言った太刀川に確かに、と納得する。今日なんて私は一滴も飲んでないし、怪談聞く羽目になるし、本当に呼び出され損だ。

「百歩譲って送ってくれるのはいいとして手は離して」
「何で」
「実家だから親に見られると面倒くさい」
「ああ…。彼氏って言えばいいだろ」

少し考えた後太刀川に言われた一言にびっくりして太刀川の方を見たが、いつもの太刀川の顔だったので何の可愛げもない。

「彼氏じゃないでしょ」
「まあな」

相変わらずどういう意図でそれを言ったのかが全く分からない。今分かるのは握っていた手が離れそうにないってことだ。諦めて溜息を吐いた。
お母さん、もう寝ていますように。