小説 | ナノ


「お、」
「げっ」


大学内を一人で歩いていたら、ボーダーの先輩である太刀川さんと出くわした。にやにや笑いながら歩いてくる様子を見るに、嵐山とのことをからかってくるつもりなのだろう。「昼飯はまだか」と聞いてきた彼を何とか避けたかったのだが、つい先ほど友人からもらった学食の割引券を握りしめているのがバレてしまい、そのまま引きずられるように食事を共にすることとなってしまった。



「で、告白されたんだって?」
「は?されていませんけど」
「苗字、お前また口悪くなってねーか?……って、あれっ告白されてねーの?」
「されていません」
「本当に?」
「されていませんってば」


太刀川さんが奢ってくれると言うので、割引券の使える定番メニューではなくちょっと高い定食を注文した。はじめはお互い黙々と食べていたのだが、太刀川さんは自分の頼んだラーメンを食べ終わると早速話題を吹っかけてくる。


「でも出水が見かけたっつってたぞ」
「あー……一昨日のアレか」
「ほら、やっぱり何かあるんじゃねーか」
「あったって言えばあったんですけど、」


でもアレは告白じゃない。そうきっぱり言い切る私を見て、彼は首をかしげる。あまりいい加減な噂を流されたくないし、あとやっぱり誰かに愚痴を聞いてもらいたかった私は、先日の出来事を話してしまった。





つい先日、ボーダーの防衛任務が終わった私は嵐山に呼び出された。

今まで嵐山からわざわざ任務後に用件も言わず呼び出されるなんてことはなかったから、正直私も少し期待してしまっていた。だってあんなイケメンから「伝えたいことがあって、」なんて言われたら誰でもちょっとは告白の二文字が頭をよぎってしまうだろう。



「すまないな、わざわざ来てもらって」


彼の隊室に着いてみると、他の隊員は誰もいなかった。聞いてみると先に帰るよう言ったらしい。ほら、そういうことをするから期待してしまったんだ。私は悪くない。そりゃ多少自意識過剰だったかもしれないが、私は悪くない、はず。



「コーヒーしかないんだが大丈夫か?」
「うん、ありがと」


差し出されたカップを受け取る。砂糖なしのミルクだけ、何も言わず私の飲み方で出してくれる嵐山。トリオン体から戻った身体に、コーヒーの温かさが染み渡る。
ソファに腰かけ、今日の任務はどうだったとか、もうすぐ提出の課題の話だとか、何てことない内容を振ってくる嵐山。私もいつものように当たり障りのない返事をしていたのだが、本題が気になって仕方がなかった。


「じゃあ俺も図書館で参考文献を、」
「ねえ嵐山、話って何なの」


急かすように話題を振れば、嵐山が驚いた顔をして私の方をみる。呼び出してきたのはそちらなのに。彼は半分ほど飲んだカップを置いて、膝に手を置いた。


「突然こんなこと言われたら驚くかも知れないんだが、」
「うん」
「その、付き合ってほしいんだ」



あれだけ自意識過剰になっていたにも関わらず、彼の口から出た言葉にすぐ反応できなかった。少し間を置いて、何とも微妙な反応をしてしまう。しかし、あとになってみるとぬか喜びしてしまわなくてよかったなあとしみじみ思った。



「……えっと、それって、」
「っいや、そ、そのだな!」


私の返しを受けた嵐山が、急に元気な声になって言葉を続けた。





「で、何て言われたんだ?」
「『買い物に付き合って』って言われました。今週の金曜日」
「あー……うん、そうか、へえ」
「太刀川さんって慰めるとか出来ないんですね」
「いやあ、誰を慰めていいのか分からなくて」


誰をと言われても、どう考えてもこの場で私を慰めるべきではないのだろうか。ちょっといいなと思っていた男性から告白紛いのことを言われ、かつ別の女のプレゼント選びに付き合わされるんだ。それとも、私なんかに告白されると勘違いされた嵐山が可哀そうということなのだろうか。そう考えてみたらそれも一理あると自分で納得してしまった。



「出水は途中しか見てなかったんだなあ」
「というか嵐山隊の隊室だったのにどうやって見かけたんだって話なんですが」
「お前、そろそろちゃんと扉を閉める癖つけた方がいいぞ」
「……それはそれとして、出水くんにちゃんと訂正しておいてくださいね、嵐山にも悪いし」
「あー、まあそれは土曜日になってからかな」
「えっ何太刀川隊って土曜日まで任務ないんですか、ずるい」
「任務はあるけどほら、色々と都合があるんだよ」


この人、こんな噛み合わない会話をする人だったろうか。そう考えていたのが伝わったのか、またにやにや笑ってきた。「その内分かるさ」と言われたのだが、多分わたしは太刀川さんの言葉なんて一週間もしないうちに忘れてしまうと思う。





そして金曜日、約束通り私は嵐山の買い物に“付き合っている”。もしも私たちが高校生だったら彼の私服姿にいちいちときめいたりしていたかもしれないが、大学で会うといつも私服だ。あまり感動はない。しかしあまり見ない雰囲気の格好をしていたのがちょっと気になった。


「嵐山ってそんな服持ってたんだ」
「あーその……この間木虎たちと買い物へ行って、その時に選んでもらったんだ」
「へえ、そういうのもいいね」
「えっ!?ほ、本当か?」
「うん、結構好きだよ」


割と私好みな服だと思ったから、そのまま伝える。そしたら思っていたよりも喜んでくれてちょっと嬉しかった。が、わざわざあの木虎ちゃんに選んでもらったということは、“プレゼントをしたい女性”と会う時に着ていく予定なのかと、マイナス方面に疑いをかけてしまう。

実を言うと、嵐山のことを好きになりかけた時期もあった。顔よし・性格よし・おまけにボーダーとしての腕前も一級品だ。そんな男が近くにいればそりゃ多少なりとも興味を持ってしまうだろう。しかし彼は私に特別な感情を持っている素振りは全くなく、迅くんや他の隊員と接するように絡んでくる。「友人としているだけでも充分楽しいし」と思った私は特に行動を起こすわけでもなく、今の状態に落ち着いた。いや、呼び出された時はちょっと期待してしまったけれど。本当にちょっとだけ。

そんなこともあったが、今は本当にただの友人だ。見知らぬ女性にプレゼントを渡すというのは多少妬けてしまうが、嵐山も男だし仕方ないだろう。そう思っていたのだが。



「えっプレゼントって妹さんになの!?」
「言っていなかったか?すまない、佐補にプレゼントをしたくてさ」


そう言って笑顔を見せる嵐山。言ってない、一言も言っていない。無駄に詮索してしまった私が馬鹿みたいだ。だが安心した。


「なんだ、よかった」
「……よかった?」
「あっえーと、中学生なら練習見てあげているC級の子にも多いし、流行りとか分かるかなって」
「買いたいのは髪留めだから、多分流行とかはあまり関係ないと思うから大丈夫だよ」
「あれ、買う物決まっているの?私いらなくない?」
「佐補と苗字と髪の長さが似ているから誘ってもおかしくないんじゃないかって賢が」
「……あれ、佐鳥くんにも妹さんのこと相談したの?」
「いや、賢に相談したのは誘った後の……ち、ちがうそうそう佐鳥にも相談したんだ!そうだった!うん!」


突然ハキハキと大きな声を出し始める嵐山。なんだか引っかかったが、とりあえず本題は「妹さんに髪留めを買いたい」ということらしい。誕生日でもないらしく普段使えるような物でいいというので、私がいつも使っているお店へと足を進めた。





「私くらいの長さだと、こういうタイプかなあ」
「これどうやって使うんだ」
「ここの金具が開くから、こう留めるの」
「なるほど!苗字は頭がいいな!」
「そうでもないよ」


髪留めがほしい、そういった割に嵐山はヘアピンくらいしか想像できなかったようで、店に入ってからもずっと騒いでいる。あれこれ色んな物を持ちながらはしゃいでいる様子は、さながら女子高生だ。平日の真昼間ということで他の客もほとんどいなくて助かった。こんな店に嵐山がいたらすぐに見つかってある程度の騒ぎになっていたと思う。一通りアドバイスを終えた私は、嵐山がひとりで必死になっているのを見て、自分でも何か買おうと見繕い始めた。


「苗字」
「うん?」
「ちょっとこっち向いて」
「え、」


名前を呼ばれ振り向くと、なんとも自然な流れで横髪を耳にかけられた。


「え、ちょ、ちょっと待って」
「髪が短いとこういう形の方が映えるかな」
「いや、あの、」
「? どうしたんだ苗字」
「や、突然髪触られたから、びっくりしちゃって」


嵐山はなんてことない様子で私に触れてきて、私ひとりが慌ててしまっていた。動揺を隠しきれない私はすぐに離れてほしくてそう言ったのだが、伝えた途端嵐山の動きが止まった。


「……あ、」
「えっと嵐山、」
「……すっすまない!そんなつもりはなかったんだ!ただそのっ付けたららどんな感じになるかと思って!」
「わ、分かった別に気にしてないから」
「本っ当に申し訳ない!女性の髪に易々と触れてしまうだなんてっ!」


ここまで必死に頭を下げられてしまうと、逆に冷静になってしまう。恥ずかしかっただけで気にしていないのは事実であるし、そこまで謝られるとむしろ切なくなってしまう。
嵐山も目ぼしい物が決まってきたのか、店員さんから渡されたカゴにいくつか髪留めを入れている。「先にレジしてくるね」と言ってさり気なく離れた私は、彼が出てくるのを店の外で待っていた。





「おねーさんひとり?」
「あー……友だち待っているから」


店を出てぼーっとしていると、見知らぬ男性ふたりに絡まれた。この辺りは割かし栄えているため若者が多い。そのためか、私みたいな女でも声をかけられることがたまにある。


「友だちって女の子?」
「男だよ」
「えー残念、彼氏?」
「……ではないけど」


男を連れているといえば大体すぐに諦めてくれるのだが、“彼氏”と聞かれて私の声が落ちたことに気付かれてしまった。


「えーうまくいってない感じ?」
「いやだから彼氏じゃないって」
「そんなしょげた顔、俺たちならさせないよ?」


言う事だけはかっこいいなと正直感心した。しかし彼らに着いていくつもりなんて一切ない。いい加減どこかへ行ってくれないかと思っていたら、その願いが通じたのか彼らが踵を返した。

が、私の腕も同時に掴む。



「え、」
「そいつなかなか来ないみたいだし、ちょっとだけ他の店とか見て回らない?」
「いやいや無理です」
「そんなこと言わずにさ、何ならごはん奢るよ?お腹空いてない?」
「空いてませんし行きませんし離してください」



流石にそろそろまずい予感がする。何とか踏みとどまろうとするが、男性二人に引っ張られては私も力負けしてしまう。

いっそ大声をあげてしまおうかと考えてきたその時、彼らの手が別の腕によって引きはがされた。




「何をしているんだ」



現れたのは嵐山で、普段の彼からは考えられないような眼つきで男二人を睨んでいる。



「あ、あらしやま、」
「は!?ボーダーの!?」
「えっなんでこんなところにいるんだよ!つーかこの子の知り合い!?」



思わず名前を呼んでしまったが、そうだ、彼は有名人だったんだ。大学の講義がない日とはいえ、こんな真昼間からふらふら女と出歩いているだなんてちょっと印象が悪いかもしれない。なんとか適当な言い訳をして逃げるべきと判断した私は、自由になった手で嵐山の腕を引っ張る。

が、彼は動かない。



「ねえ嵐山、騒ぎになる前にどこかへ、」



「彼女は俺のものなんだ、気軽に触らないでくれ」





*****



男たちが去ったあと(正しくいえば男たちが何も言わなくなったので私が嵐山の腕を引っ張って逃げてきたのだが)私たちは手頃なカフェに入った。

嵐山か来てくれたおかげで何とかあの男たちから離れることができたのだが、いかんせん嵐山が黙りこくってしまった。



「ねえ、嵐山」
「っな、なんだ!」
「……さっきはありがと」


とりあえず落ち着くためにと、ちょうど空いていた喫茶店に入った。店員にすら口を聞こうとしない彼の注文を勝手に決めて、コーヒーと紅茶が届くのを待つ。
提供にはお時間がかかりますと言われたので、だんまりを決め込むのも気まずいしまずはと彼にお礼を伝えた。



「いや、礼を言われるどころか俺は謝らなくちゃいけない」
「なんで?」
「苗字があんな風になるまで気付かなかったんだ、本当にすまない」
「えっそれは嵐山が気に病む必要ないよ」



どうして黙り続けているのかと思ったらそんなことかと、私はほっとした。てっきりさっきナンパ男たちに言った言葉を気にしてくれているのかと思ったのだが、気にしているのは私だけだったようで。


「どうしようもなくなったら大声出したし平気平気」
「それならいいんだが……」
「でもまさか嵐山にあんなこと言われちゃうとはねー」
「あんなこと?」
「『彼女は俺のものだ』ってやつ」
「……そ、それはっ!」
「うそうそ、私も忘れるし気にしなくていいよ」


あからさまに動揺し始める嵐山。今でこそ美人アナウンサーの関係を疑われたり隊員との仲を怪しまれたりしているから流すことを覚えた彼だが、迅くんが言うには昔はそうでもなかったらしい。確かに恋愛慣れしていなさそうなのはすごく分かる。

流石にあの状況じゃ私も勘違いなんてしないから、軽く触れてその話題は流そうとした。しかし――





「苗字は、気にしてくれないのか」
「……は?」



気にしないんじゃなくて気にしたくないだけだ。そう返そうと思ったのだが、真面目な顔をしてこちらを見ている嵐山に対してそんなこと言えなかった。
待ってくれ、これは今度こそ、今度こそ本当に自惚れていいのではないだろうか。



「……ナンパ男に向かってじゃなくて、私の顔見て言ってくれたら気にするかもね」
「っ!」



私の言葉を受けて、口をぱくぱくする嵐山。ちょっと耳が赤くみえるのは、私の気のせいではないはずだ。